▼崩壊する『世界』 (腐天国)
08/22 11:05(0

大王の裁きの時間が終わった。
その後、大王が事務仕事をサボらないか、の監視をしつつ、僕はその事務仕事を手伝っていた。
大王は頬杖をつきながら書類をペラペラめくっていた。


「もし明日世界が壊れるんだとしたら、鬼男くんはどうする?」


また大王のこれといった意味のないグダグダの話が始まった。集中力がきれたのだろうか。
僕もそろそろ集中力が切れそうなので、話に付き合うことにした。
「はあ?」と返事(と言えるかはわからない)をしつつ、僕は大王の机で書類をまとめた
「ねえ、どうする?」
大王はずい、と僕に顔を向けた。
「どうするって…どうもこうも、ただの獄卒には世界なんて救えないでしょう。いつも通り過ごしますよ。」
僕の返答は、大王を満足させるにはいたらなかったようだ。なんか渋い顔をしている。
「いつも通りってなんだよ…。」
「じゃあ、大王ならどうするんです?」
「知らない。」
これを聞いた瞬間の僕の表情は歪んでいただろう。
「セコいですよ、その返事は!」
大王はニヤニヤしながら続けた。
「明日の俺がしたいことは、明日の俺が決めるからね。明日の俺に全部任せちゃえばいいよ。」

「というわけで、残りの仕事は明日の俺と明日の鬼男くんに任せいたたたた」
僕の爪が大王の頭に吸い込まれていった。
実は『決めるからね』のあたりから僕は爪を伸ばし始めていた。
大王は「ごめんごめん。」なんてかるーく謝ってきた。こいつは…。

ふと気になることがあった。
「大王の言う、『世界』は何なんですか?現世ですか?冥界ですか?」
僕がこんな質問をしたのが意外だったのか、大王の目は瞬いた。
「俺の世界かあ…。何だろう。俺の手が届く範囲ってことかな。」
「現世や冥府や天国、地獄、ということですか。」
そう言うと、大王はんん、と唸った。
「…いや、ちょっと欲張りすぎたかもしれない。えっと、その…。」
もじもじ。大王は左右の人差し指を突き合わせる。やめろ、似合わない。
「お、俺は鬼男くんが全て、かな…。鬼男くんがいればそれでいい、いや、鬼男くんがいるのがいい!みたいナ!」
やめろ、オッサンが語尾をカタカナにするな。
そのオッサンは顔を真っ赤にし、「きゃー!」なんて言っている。
またふざけやがって、と思いつつ、僕がふーん、と何気なしに相槌をうつと、大王は眉をハの字にし、鬼男くんはどうなの、と聞いてきた。
「僕の世界は、大王ですかね。大王の背中についていき、お供する。大王の見る世界が僕の世界です。だから、大王が壊れるのは困ります。まあ、僕は自分で進まない怠け者ってことになりますがね。」
僕がそう言い苦笑すると、大王は顔を真っ赤にしていた。
「鬼男くんってさあ、なんでそんなことサラッと言えるのさ。」
「はあ?」
僕がそういうと、大王は「なんでもない。」と、机に突っ伏した。
すると、
「鬼男くんがいる冥界が壊れるのは嫌だ。」
空気のこもった小さな空間から、そんな言葉がフガフガと届いた。
「僕が壊れるのはいいんですか?」
揚げ足をとろうとしたつもりはないが、何気なしにそう尋ねると、大王はガバリと体を起こした。
「俺も壊れたら鬼男くんが壊れた、なんてわからないだろ。つまりは俺が壊れても、鬼男くんが壊れたら問題ないってこと。」
気のせいか、大王の笑みがいつもと違った。
「俺の世界は鬼男くんの世界。鬼男くんの世界は俺の世界。お互いがお互いしか見てないんだから、大丈夫だよ。」
なにが大丈夫なんだか。僕は大王のどこから湧くのかわからない自信に呆れつつ、仕事に戻ろうと大王の手元にある書類に手を伸ばした。
瞬間、大王にガシリと腕をつかまれた。何事だ。
「鬼男くん。」
大王はなぜだか切なそうな表情だ。今日の大王は、ころころと表情が変わるから戸惑ってしまう。
「…なんですか。」
大王はガタリ、と立ち上がって、ジッと僕を見た。
「ちょっと、本当になんですか。何か言っ」
「鬼男くんが好き」
「て…いいいい?」
口から勝手に奇声が漏れてしまった
今、僕は告白されたのか?
かの閻魔大王に、ただの獄卒が?(なんて思うには『今更』、なんてくらい今まで爪で刺しまくったが)。
僕の体が熱くなっていくのに、事の張本人、大王の顔はいつも通り青白いままだ。
「ふざけてんのか?」
僕がそういうと、大王はあからさまに焦りだした。
「へっ!?いや、俺の本気の告白なんだけど…。そんな、怒らないでよ。」
「えっ…えっ」
大王の返事に今度は僕が焦りだした。生まれてはじめてされた告白の相手が男。
恋愛経験なんて、0に等しい。(不覚にも『おっぱいミサイル』で顔が赤く染まってしまうくらい経験値は少ない)。女の子なら対応のしかたが何となくならわかるが、男となれば無知に等しい。
いや、女の子と同じ感じでいいのだろうか。わからない。
「さっさと返事してよー」
語尾をのばすな、くねくねするな、気持ち悪い。
それとも、大王のこの態度は僕への気遣いなのだろうか。肩の力抜けってか。
「や、その。あまりに突然だからどうすればいいのかわかりません。」
僕が大王から目線を外すと、大王はそれを逃がすまいとまた視界に入る。
「保留ってこと?」
赤い目が、僕をさぐる。
「…すみません、こういった経験はあまりないもので。」
僕がボリボリ頭をかこうとしたら、目の前が一瞬暗くなって、そして、明るくなったかと思えば、したり顔のイカ大王。
あれ?今。
「俺、壊れちゃったよ。」
大王の貧弱で真っ白な指が、僕の唇をなぞった。
「もしかして、初めてだった?」
わかっているくせに、大王はそう尋ねた。そして、そんな大王に生まれた気持ちは――
「コ ロ ス」
そう言った瞬間、大王は吹き出した。
「あっはははは!!初めてだったんだ!!チェリーボーイ!!チェリーボーイ!!」
顔を真っ赤に、ヒーヒーと苦しそうに呼吸をするイカ大王に僕は爪を突き立てようとした。
が、大王は顔を真っ青にしながらそれを間一髪でよけた。
赤くなったり青くなったり、面白いお方だ。
「ヒイィィ、そんな怒らなくていいじゃないか。本当のことを言っただけなん……あれっ、鬼男くん、どうしたの。」
大王がそうつぶやいた直後、僕の爪は大王に吸い込まれていった。


    **    


さて、先ほど惨劇が起こった部屋には、着物が血でドス黒くなった閻魔一人だけが取り残されていた。
床には血溜まりが出来、その中心には閻魔が大の字に寝っ転がっている。
物音ひとつしない。
閻魔が気絶している間に、獄卒達は皆帰ったようだった。
「みんな、薄情だな…。」
静かになった部屋。床に倒れたまま、閻魔は机をちらりと見上げた。
薄暗い部屋の中で、白い湯気がほわほわとたっている。
まさかと思い立ち上がると、湯飲みと、その下に紙がしいてあった。
湯飲みを手にとる。手にじんわりと熱が伝わってきた。
湯飲みをのみながら、その紙をとった。
『あとは判子をおすだけです。書類の確認もきちんとしてくださいね。休みも取りすぎない程度に。』
いつもの鬼男くんの、堅苦しい文字の列。

「無理っぽいなあ。」

まあ、長い付き合いとはいえ、そう都合よく「お付き合いしましょう!」なんて、いくわけないか。
…あれ?裏になにか書いてある。

そう思い、それを見た瞬間、閻魔は湯飲みを無意識に手放した。
ゴトン、と鈍い音が鳴り、床の変色がじわじわと広がる。
思わず手で口を押さえた。
「そんな、まさか。」
じわじわと広がる熱。ああ、体がすごく熱い。これは、茶のせいではない。

どうしよう。
明日、鬼男くんにどんな風に接したらいいんだろう。
いつも通り?そのいつも通りがわからないんだよ!!
恋人っぽく?でも、いきなり馴れ馴れしいなんて思われないだろうか。

うん、とにかくだ。この仕事片付けよう。
この鬼男くんとの問題は、明日の俺に任せよう。



紙にかかれたメッセージ。それは走り書きの荒々しい、しかし悩みに悩んでやっと絞り出した、たったの一言。
『すきです』


上司と部下の関係、という二人の『日常』という世界が壊れた。



(2011/08/02)
(08/06:書き足し)
――――――――――
閻鬼?
いえ、鬼閻と言い張ります。
今思うとビョンビョン話題がとんでますね...

お粗末さまでした。



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