赤司には幼なじみがいる。
にわかに信じがたいことだが、この、目の前で机に伏せてうなだれている…いかにもアホそうな女が、その幼なじみなのである。本当にどうしようもないのだよ。
突然俺の教室に乗り込んできたかと思えばコレだ。俺の席に勝手に腰を下ろして机に顔を伏せるみょうじに思わず溜め息がもれる。

「一体なんなのだよ」
「み、緑間くん…聞いて、聞いてほしいの…」

ものすごく嫌だ。
しかし仮にも女子が、こうも落ち込んでいて、しかも俺に相談を持ちかけているとなるとだ。それを嫌だと一蹴するのもさすがに気が引ける。
いや、みょうじが落ち込んでいる原因を嫌と言うほど分かっているからこそなのかもしれんが。
返事もしていないのに机にべったりと顔をくっつけたままぽつりぽつりと言葉を吐き出していくみょうじを渋々見下げた。

「この間…灰崎にゲーム借りたんだけど、そしたらね…怒られたんだよ」
「はぁ、そうか」
「征十郎にだよ!」

言わずとも分かっているのだよ。
ばっと机から顔をあげたみょうじは怒っているのか悲しんでいるのかよく分からない表情をしていた。というかあまり大声を出すなと言いたい。クラスの注目を受けるのは勿論、当の本人に気付かれたらどうする。
そんなことを知ったこっちゃないこいつは構わず机にへばりついてぬぅう、と唸っている。変人の面倒を見てやる義理はないのだよ…。

「どうして怒られなくちゃいけないの?いい加減征十郎の思考回路について行けないよ私!」
「安心しろ。最初からついて行けたことなどないのだよ」
「それもそうだった!…いや、ちがうちがう!今の問題はそこじゃないの!」

せっかく解決しかけたのに。
ちっ、と内心舌打ちしつつうんざりとみょうじを見やった。…まあこいつに赤司の怒る意味が分かるとはこれっぽっちも思わないが。
俺から言わせてもらえば、赤司も些か過保護すぎるのではないかと思う。こいつのことを灰崎がどうこうできるわけがないだろう。心配せずとも。
赤司は本当に、俺が言えたことではないがもっとこう、素直になるべきなのだ。心配だったならそう言えばいい。何一つそんなことを伝えずに冷たくするからバカなみょうじは。
などと俺が思ったところでどうしようもない。

「…とにかく、俺のところに居たって仕方がないのだよ。さっさと謝ってこい」
「えっ!緑間くんも私が悪いって思うの!」

そういうわけではないが。赤司が謝ってくるのを待つというのなら何十年経ってしまうのか分からん。
そうとも言えず微妙な表情で眼鏡をカチャ、と掛け直してみる。それを肯定と受け取ったらしいみょうじは絶望した顔で再び机に顔を埋めた。
…ここまで落ち込んでいる彼女も珍しい気がする。そこまで強く叱られたのだろうか。まったくどっちもどっちなのだよ。
本当にみょうじのこととなる赤司はそれこそ人間らしい。さすが幼なじみといったところか。

「だって灰崎くんと話すことが悪いことだなんて、そんなのちがうって思って!だから!」
「じゃあお前はそのまま、喰われたいのか?」
「…は、」

突然の第三者の声。それに思わずみょうじも俺も、素っ頓狂な声をあげた。
はっとして視線をそちらに向けると、第三者というか、まぁなんというか。つまりは赤司征十郎本人がいた。そういうことだった。
…また面倒なことに巻き込まれそうで嫌な予感しかしないのだよ。
みょうじは机からガタッと立ち上がると食ってかかるように赤司に向かった。

「そんなこと言ってない!」
「そういうことだろう。あいつに簡単に近付けば喰われて捨てられて終わる、散々やっていたことだ。お前もそれを知っていた。それでも二人きりで会うわけなのだから、」
「ちがうってば!」

淡々と吐き捨てていく赤司の目は冷たかった。思わず関係のない俺でさえも背筋が凍る。それでも引き下がることがないみょうじはさすがとしか言いようがない。
…というか、俺はここにいて良いものなのか。できることなら図書室にでも逃げ込みたいところだが、何とも動けずにいるのが今の現状だ。下手に動けば面倒なことになりそうで。ああさすが今朝のおは朝で最下位だっただけはあるのだよ。ラッキーアイテムは用意したはずなのに。

「…っもう!征十郎なんて、嫌いだよ!大嫌い!」

もしかしてラッキーアイテムの青いハンカチが色落ちしているからダメなのか。

「…ああ、そう。分かった。勝手にしたら良い」

もっと完璧な青でないと、ダメだというのか!

「……………」
「…………」
「……………?」

……ん?何故急に静かになった?
足元をじっと見つめたまま震えるみょうじと窓の外に目をやったまま腕を組みながら殺気立つ赤司を交互に見やって首を傾げた。ついラッキーアイテムのことで考え込んでしまった。その一瞬の間に一体何があったというのだ。
呆然と立ち尽くす。ただ赤司の刺々しいオーラが痛い。本当に今日は厄日だ…。
どうしてくれるんだと目をやった先のみょうじは暫くぷるぷる震えたまま葛藤していたかと思えば。

「っううう、嘘!嘘だよ!好き!大好きなんだよ征十郎っ!!」

急に何を言っているのだよこいつは。
とんでも発言をしながらがばぁと赤司の腰あたりに抱きつく、否、突撃したみょうじに面喰らった。何事。突然の告白まがいなことについて行けない。
赤司は突撃された衝撃に耐えながら腰にぶら下がるみょうじを何とも言えない表情で見つめた。驚いているというよりは呆れとか諦めとかそういった感じだ。思わず興味深げに見てしまう。
ぎゅううとありったけの力で赤司にしがみつくみょうじは親に縋る動物の赤ん坊かなにかに見えた。…ああ、好きとはそういう好きのことを言ったのか。だから赤司もあの表情なわけか。
なるほど、納得したのだよ。

「…もういいから離れろなまえ」
「うっ、ごめんってば征十郎!ほんとに、これっぽっちも!嫌いなんて思ったことないから!大好きだからぁ〜!」
「分かったから。重い、離れろ」
「嫌だ離れない…」
「…なまえ」

ずっと冷たかった声から一変して。
慈しむような目をみょうじへと向けた赤司に驚きのあまり二度見しかけた。その声色を察知したみょうじはゆっくりと顔をあげると赤司を見つめる。相変わらずしがみついたままの体勢で。何故か俺は動けずに、奇妙な二人をただただ眺めた。
こんな、俺のクラスで何をやっているのだと声を大にして言いたいのは山々なのだが。

「なまえ」
「なに、征十郎」
「オレは」
「うん?」
「緑茶が飲みたいな」
「……うん!?」

みょうじが赤司を二度見した。
赤司はさっきの慈愛に満ちた表情はどこへやら、いつも通りのケロッとした顔でそう言い放った。赤司の言っている意味が分からないらしいみょうじはやはり彼の腰に引っ付いたまま固まる。そんなみょうじをきょとんと見つめ返す赤司はぽつりと呟いた。

「嫌いだと言われて、オレはすごく傷付いたんだ。少しくらい甘えたっていいだろう?」
「それは暗に緑茶を買ってこいって言ってるよね!それって甘えというかパシりだよね!」
「そんなことはないよ。ほら、早く」

「…まったく、傍迷惑もいいところなのだよ」

結局、みょうじは赤司と俺の分の緑茶を買ってきた。
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