赤ちんには幼なじみがいる。
とにかくいつも忙しそう。走り回ったり転んだり。…犬、犬に似ているかもしれない。
到底あの赤ちんの幼なじみとは思えないけど、何だかんだであのふたりは仲が良いと思う。
赤ちんは毎度毎度なまえちんに振り回されてうんざりしてるって言ってたけど。実際は違うと俺なりに踏んでいる。

「あっ、むららきばらくん!」

いい加減俺の名前を噛まないで言えるようになってほしいところ。
その失礼極まりない呼びかけに振り返ると何やらなまえちんが必死の形相でこちらへ走ってくる。面倒事に巻き込まれるのだけは勘弁だ、とかなんとか思いながらこちらまでやってくるなまえちんを見た。なまえちんは俺のもとへ来るやいなやさっと俺の背後に隠れ、周囲の様子を警戒したように伺っていた。

「何してんの」
「征十郎さんが追ってきてないか見てるの」
「また何かしたの」
「またって何!?」

赤ちんが追って来ていないことを確認したなまえちんはそろりと背後から出てくると納得がいかないといったように眉間に皺を寄せた。
…そんな顔されても、本当のことじゃん。とは敢えて口には出さずに、とりあえず話を聞いてやることにした。誰のものかも分からない席に構わず座るなまえちんを見ながら自分も適当な席に腰を下ろした。立ってると大変なんだよね。ほら、なまえちんって小さいから。
だらーっと机に顔を伏せる俺を横目になまえちんは口を開く。

「だって!聞いてよ、征十郎ったらね、すぐ怒るんだよ!」
「ふ〜ん」
「私はただ宿題のプリントを借りてただけなのに!さっきの征十郎の背後には鬼以上の何かが見えた気がしたよ」

それは怖そう…、と密かに同情しつつ顔面蒼白させながら話を続けるなまえちんに耳を傾けた。

「でも征十郎って私に対して厳しすぎるよね!確かにほかの人にも怒るけどもうレベルが違うよね!あれってどうかと思うの。いくら幼なじみとはいえ…」
「赤ちんは甘やかさない主義なんだね〜」
「何?私って征十郎の娘なの?」

まあ、似たようなものだろう…。いや、正確にはもっと違うのかもしれないけど。
不服そうななまえちんを眺めながら、おそらく今頃は殺気を放ってなまえちんを探しているであろう赤ちんを想像した。どうせすぐに見つかると思うのだが。
…にしても、そのプリントを借りただけでそこまで赤ちんが怒るとは…。ただ機嫌が悪かっただけなのか、はたまた他に何か理由があるのか。俺の知ったことじゃないけど。

「やっぱり返すときに感謝の気持ちを込めて征十郎の似顔絵を書いたのがいけなかったのかな」

それだ。

何で長年一緒に居ておいてしてはいけないことを把握できないんだろう、と思いながら。ふと廊下付近に目を向けるとまさに噂をすればなんとやら。氷のような薄い笑みを浮かべた赤ちんが壁に寄りかかりながらこちらを見ている。
ひっ、と引きつった声が隣から聞こえた。
…あーあ、見つかっちった。

「何だこんなところに居たのか、なまえ」

普段よりもいくらか低いトーンで発せられたその声に、なまえちんの肩が強ばったのが分かる。ゆっくりとこちらへ近付いてくる赤ちんになまえちんはもうこの世の終わりのような顔をしてた。いつもはあれだけ赤ちんのこと振り回してるくせに、いざこういうことになると駄目なのか。勇気があるというか何というか…。
この二人って本当におもしろい。

「なまえちんが書いた赤ちんの似顔絵ってそんなに酷かったの〜?」
「あれを似顔絵と呼べるならこの世の人間の顔という顔は恐ろしいことになっている…」
「アララ〜」
「…その上、」

がっしとなまえちんの頭を鷲掴んだ赤ちんは一層うすら笑いを冷たくさせて言った。

「油性って」
「ごめんなさい」
「消えない」
「ごめんなさい!」
「提出は今日」
「ごめんなさい!!」

赤ちんに頭を握りつぶされそうになっているなまえちんはかつて見たことがないくらい必死。何でやる前にこうなるって分からなかったんだろうか、と甚だ疑問だ。それがなまえちんらしいといえばそうなのかもしれないが。
無表情に戻った赤ちんは大きなため息をつくとようやくなまえちんの頭から手を離した。やっと解放されて安心したのかなまえちんは大きく胸をなでおろしている。大分怒りは収まったらしい赤ちんだけど今度は逆に疲労感が襲ってきているようである。大変だ…。
まあでも、いつも俺たちをしっかりまとめてていつだって完璧な赤ちんのこういう姿を見れるのってなまえちんが居るときだけなんだよね。俺には幼なじみっていうのがどういうものかなんて分かんないけど、きっと大切な存在なんだろう。

「でも征十郎、あの似顔絵を青峰に見せてあげたんだけどね!青峰ってばそっくりって言ったんだよ!これって青峰も同罪だよね?罪は半分こずつだよね?」
「どう言おうが書いた張本人の罪が100パーセントには変わりないよ」
「ギルティー!」

…やっぱり、なまえちんといるときの赤ちんって俺たちといるときの赤ちんと違うよねー。なーんて、しみじみ思ってみたりして。

「征十郎って私に厳しすぎると思うの!」
「躾はしっかりしないと…」
「やっぱり私は征十郎の娘なのねっ?」
「こんな娘嫌だ…」
「ひ、ひどい!征くんのばかっ!もうしらない!」

うわーん、とわけのわからない言葉を残してなまえちんが走り去っていく。その後ろ姿を呆然と見つめる俺と赤ちん。
…なんだったんだろう今の茶番は。
分かったことはこの二人は思った以上に仲が良いってことぐらいで。赤ちんとなまえちんの間にはきっと誰も入り込めないんだろう。
そんなことを改めて確信した、中学二年の春。

「なまえちんっておもしろいね」
「ただの馬鹿だろうアレは」

そんな馬鹿なアレが一番大事なくせにね?

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