幼なじみがいる。
すごく活発で落ち着きがなくて騒がしくてやかましい。
昔からずっと、それに振り回されてきた。良く言えば元気、悪く言えばうるさい。
俺が見る限りあれは人間じゃないと思う。きっとバッタとかネズミとかの進化系だ。
むしろ退化と言っても良い。とりあえず人間以外の何か。
それが俺の幼なじみだ。
すごく、本当に…認めたくはないけれど。

中学二年の新学期。
毎年恒例のクラス替えがある。まぁ、どのクラスになったとしてもそれほど困る事もないから基本的に興味は無い。
でも、もし。自分の願いを聞き入れてくれるとして。それから強いて要望することがあるとするなら、せめて。

「今年は同じクラスになれるといいね!」

この虫みたいな何かと同じクラスには、なりたくない。
なまえが俺の隣を歩きながらへらへらと笑った。よくもまあ朝からそんなテンションでいられるのか俺には不思議でならない。まぁ、これは人間じゃないから…。仕方なかったのかもしれない。
同じクラスになろうね、とふざけたことを言ってきたなまえに冗談じゃない、と思う。
去年こそは別のクラスになれたのだがそれでも大変だった。教科書を忘れただのジャージが無いだの宿題が終わらないだの。俺はお前の兄でも親でもないのに。何を考えてるんだこのバッタ。
だからきっと同じクラスになんてなった時には胃潰瘍は確実だ。
それだけは、どうしても避けたい。

学校まで辿り着くと、なまえは目を輝かせながら貼り紙の場所まで走って行った。
後ろから見た彼女の髪が一束だけ妙な方向に跳ねている。未だに身だしなみも整えられないのか。
…そうか、虫だからか。納得せざるを得ない答えだった。

「あ、赤ち〜んおはよ〜」

ずしん、背後から重みがかかる。
紫原か、と顔をあげると妙に間延びした声が降ってきた。相変わらず口に菓子をくわえて。食べながらくっつくなと何度も言ったはずだけど、まぁ、紫原だから。仕方ない。
そんなことよりも一体あの大量の菓子に費やす金を何処から出しているのか甚だ疑問だ。
後、いい加減重い。歩きにくい。自分の身体の大きさを考えろ。

「あ、ごめん赤ちん、重かった〜?」
「当たり前だ」

わざとらしく聞いてくる紫原に素っ気なく返事を返すとごめんってばぁと言いながら俺から離れた。急に身体が軽くなった気がする。
先ほどより随分と進みやすくなった足を速めて貼り紙のもとへ向かった。
すごく混んでいる。さすがはマンモス校なだけはある。
ごちゃごちゃと集まる人の塊に気力を失いそうになった。ただでさえ今日は朝からバッタと一緒で。いつもなら朝練があるから、別々だったのに。
そういえばあの馬鹿は何処に消えたのだろう。
軽くあたりを見回したがなまえの姿は見えなかった。あわよくばそのまま消えていてほしい。

…まぁ、今の問題はそれではなくて。
どうやって自分のクラスを確認するか、だ。
残念な事にあの中を揉みくちゃにされながら進む気は俺には無い。かと言って、進まなければ始まらない。
人が減るのを待つという手もあるけれど。

「うわー、こんなんじゃ通れねーじゃん。赤ちん肩車して行こうか?」
「結構だ」

こいつわざと言ってるんじゃないだろうな。
じっと紫原を睨みつけると渋々黙った。こうして言うことを聞く分には、まだ良い。
良くないのは、俺がどうやってもどう言っても聞かない従わない我が道を馬鹿みたいに突き進んでいくやつ。例えば。

「あっ、征十郎!」

何か変な生き物がこっちに走ってきた。
ぶんぶんと手を振りながら戻ってきた彼女は数分前に見た時よりボロボロになっている。まさかあの中に飛び込んだのか、さすがというか何というかもはや何も感じない。
スカートについた汚れを払いながら、それはそれは嬉しそうに、嬉しそうに彼女は口を開いた。

「ねえ聞いて征十郎!さっきクラス見てきたんだけどね、それがもうびっくりしちゃったの!何でか分かる?教えてあげる!」

嫌な予感しかしない。思わず眉間に皺が寄った。
大体こいつの言うびっくりした事とか嬉しい事は俺にとっての嫌な事でしかない。そういった経験からしても今回の事も例外ではないと思う。
紫原が眠そうになまえを眺めている。その視線の先で、彼女はやはりとびきりの笑顔で言い放った。

「征十郎と同じクラスだったの!ねぇこれなんていうミラクル?運命、運命だよね!今日はお祝いだよね!」

一人でやってろ。お願いだから俺を巻き込むな。
俺の腕を掴んで嬉々とするなまえとは対照的に俺の気分は最悪だった。がくがくと身体を揺らしてくる手を振り払う気にもなれない。
ああ、何で寄りによってこのバッタと。肩が一気に重くなったように感じる。
まさかとは思っていたけれど本当にこうなるとは。運命云々ではなく呪いか何かだと思うのは自分だけだろうか。

「えー、なまえちん良いな〜」
「でしょ!あっちなみに紫原くんは隣のクラスだよ!」
「え〜」

不服そうに声を漏らす紫原と今すぐにでも入れ代わりたいと思った。
なまえはぴょんぴょんと髪を跳ねさせながら紫原を自慢気に見上げている。端から見ても馬鹿なことが目に見えて分かるのだからさすがだ。
これが幼なじみとは思いたくもないのだが。
しみじみと幼なじみの姿を眺めてみると、その呆れるほど輝いた目と目が合った。ふ、と花が咲くように笑って見せた彼女にいつもながら溜め息が出る。
ああ、見なければ良かった。

「征十郎と同じクラスって久し振りだよね!私、すごく嬉しくて!つい隣に居た人に握手求めちゃったよー!全然名前も知らない人だったんだけどね!」
「そうか、良かったな」
「その後、青峰に会ったから自慢してあげたの!そしたらあいつ、赤司が可哀相だって言ったんだよ!それって酷いよね?」
「そうか、良かったな」
「私の聞き間違えかもしれないけど征十郎それしか言ってないよね!」

大丈夫、聞き間違えなんかじゃないよ。耳はちゃんと機能してるみたいで安心した。
教室まで歩きながらもなまえの話は止まらなかった。いつものことだけど。
適当に言葉を返しておけば勝手に解釈して喋るから楽といえば楽だ。面倒といえば面倒。
あ、そういえばいつの間にか紫原の姿が見えなくなっている。なまえの声を無視して周囲を見渡したけどやっぱりいなかった。さすがの紫原もこのバッタにはついていけないと判断したのだろうか。あいつにしては懸命な判断だ。
返事すらしなくなった俺になまえが騒いでる。うるさい、うるさい。
それといい加減跳ねてる髪を直せ。
きゃんきゃんと吠える度に揺れるその髪を見ながら目を細めた。

「征十郎って中学入ってから冷たくなったよね!私、ちゃんと気づいてるんだから!」
「ああそれは安心したよ。お前の感覚がちゃんと正常で」
「私はいつだって正常だよ」
「そう言ってる地点で異常だ。後、髪跳ねてるよ」

えっ何処!?と自分の頭を手で確かめる。全然違うところだけど。もっと右…、まぁいいか。俺には関係無いから。
検討違いも良いところな場所を探るなまえにもどかしさを感じつつ、諦めて放っておくことにした。良いんじゃないか、新しいファッションとして。けどこのバッタはしつこかった。

「ねえってば征十郎!何処!こっち?」
「もっと下」
「ここ?」
「もっと」
「えっ、これ?」
「もっと」
「大変な事にこれ以上下に髪はないよ、どういう事だろう!」
「さあ?」

馬鹿だなぁ…。と、心の底から改めて思う。
ここまで客観的に他人を馬鹿だと思うことは滅多にないことだ。ある意味感心する。
自分の髪を弄くって考え込むなまえに呆れを通り越したものを感じながらその様子を傍観した。面白い、わけでも無いけれど。つまらなくもない。
ちらりと設置されてある時計に目をやると着席時間まであと十分あった。
さっさと席についてしまいたい。この馬鹿が居なければもっと早く教室に辿り着けたのに。
未だにぴょこんと跳ね上がっている髪に狙いを定めて、それを掴んでみた。
案の定なまえが尻尾を掴まれた猫のような声をあげてた。

「びっくりした!何、痛かったよいまの!」
「ここだよ」
「えっ、そこ?さっき征十郎が言ってた所と全然違うじゃん!嘘つかれた!」
「折角教えてあげたのにそういう事言っていいの」
「ごめん!ありがとう!ああ、でもどうしよう!直んない!」
「…切ろうか?」
「さっちゃんに直してきてもらう!」

そう言ったなまえは慌てて逃げていった。冗談だったのに。
何もない廊下につまずきながら隣の教室に飛び込んでいく彼女に少しの不安を抱いた。

これが一年間続くとなると、本当に憂鬱だと思う。唯一あれから解放されるのは部活のときぐらいだろうか。
気が遠くなるようなものがどっとなだれ込んでくる。ああ、ねむい。疲れた。
自分の席に着きながら欠伸をかみ殺す。新学期早々これとは先が思いやられる。
誰かが彼女の世話をしてくれれば良い。
現に自分こそがその立場になってしまっているのだが。非常に不本意ながら。

「あっ、間に合った!良かった、新学期から時間破っちゃったらどうしようかと思った!」

何かまたうるさいのが帰ってきた。
それは慌ただしく俺の隣までやってくると満足げに笑った。何笑っているんだこの馬鹿は。さっさと席に着け。
そう思いながらも飽くまでも他人のふりを突き通す。もうこのまま一年を過ごしてしまおうかと思った。
その後の、一言が無ければ。

「隣の席って、まさに運命だよね!」

はげろ。
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