とある大会の日。
今日も我らが秀徳高校は快勝。こんなに気持ちのいい勝利を教えてくれたのは紛れもなく秀徳のみんなで、しみじみと感動に浸るのももはや恒例になりつつある。幸せに満ち満ちた、そんな心地で一人突っ立っていると突然誰かに首根っこを掴まれた。母猫に運ばれる子猫のような格好のまま視線を後ろへ向けると、思わずくらっとしてしまうほど麗しい先輩の姿があった。

「宮地先輩!お疲れ様です。今日も今日とて美しかったです!時々吐かれる暴言の数々も、みっちゃんはテクニカルファウルとられないか怯えまくってましたけど、私は楽しみにしているんですよ」
「とんだマネージャーだな。それはそうとちょっと付き合え」
「えっ!」

付き合えって宮地先輩、そんな大胆な。ロッカールームにはまだみんながいるというのに!というかそもそも私たちはもうお付き合いしているではありませんか。なんて少しツッコミを入れてみるがそういうことではないらしい。いや、分かってはいたのだけれど。ちょっとした宮地先輩とのじゃれあいだ。最近はあまり乗ってくれない先輩に多少の寂しさを感じつつ。ずるずると構わず私を引きずってあるく先輩の背中を見た。

「あれ、今日はまだ学校に帰らないんですか?」
「どうせだから後の試合も少し見てくってさっき監督言ってただろ。その耳はただの持ち手か、みょうじ」
「宮地先輩専用の持ち手にならなってもいいですよ!ところで今からどちらへ?試合会場からちょっと離れてますけど」
「ああ、自販機の飲み物買いにきただけだけど」

そのためだけに私を犬の散歩のようなノリで連れてきた、という解釈でいいのだろうか。否、そうに違いない。嬉しいような悲しいような、どうリアクションすべきか悩んでいるうちにも自販機の前へとたどり着いた。何はともあれ、私の位置が宮地先輩の隣、ということで定着し始めているのは喜ばしいことこの上ない。スポーツ飲料かお茶かで迷う宮地先輩の悩ましげな表情に釘付けになりながらふっと口角があがった。ああ、なんて幸せなとき。数年前とは大違い、誠にまったくもって、おおちが
「ご機嫌よう下僕チャン」
「いっ!?」

転んだ。何故かってそれは、急に膝が砕けたからだ。だから転んだ。まるで後ろから両方を膝かっくんされたみたいに。というか、されたのだけれど。幸せのときをマシンガンでぐちゃぐちゃにされたような、そんな感覚を覚えながら床に座り込んだまま上を見上げた。誰がいるかなんてそんなのは分かりきっている。ガコン、と自販機からお茶を取り出す宮地先輩の顔が嫌悪感を余すことなく露わにする様子を横目で見つつ、そんなもの一つも気にする様子もなく冷たく私を見下げる男に冷や汗を流した。

「ご、ご機嫌麗しいようで…何よりです花宮先輩、あはは…」
「そりゃあ可愛い後輩とこんなところで会えたんだから、嬉しいよ。機嫌もよくなるってもんだよ…なぁ?」
「ひぃ…」

にやり、ともにこり、ともつかない笑みを浮かべた花宮はちらりと宮地先輩を一瞥してから私の腕を引っ張って半ば無理やり立ち上がらせた。ふらりとよろけそうになりながらも何とか堪える。最悪だ。こんなところで会うなんて。ましてやこんな状況で。違った意味で倒れそうになるのも無理はないだろう。私が宮地先輩と結ばれる直前の花宮との一件以来、ヤツは必要以上に私と接触してくることは無くなった。それはいいのだ。しかし前と関係が改善されたかといえばそういうことではない。決して。無駄な接触はないにしても会えば以前と変わりなく意地悪く接される。
これが花宮なりのコミュニケーションなのだろうとは、最近すこし思い始めている。あくまでもすこし。

「つーか」

ここで癒しの声が入る。その声にはっとしてすぐさま花宮から離れて宮地先輩のもとへ戻った。あぶなかった。宮地先輩の隣へ戻るなり彼から軽快に後頭部からバチンと叩かれたけれど気にしない。宮地先輩もそのまま花宮へ視線を移して怪訝そうな顔つきで言葉を続けた。

「お前、今日試合じゃねぇだろ。何でここに居るんだよ」
「ハッ、今度はどいつを潰してやろうか選んでただけだバァカ」
「相変わらずゲスい真似してんな。それと先輩への言葉遣いには気をつけろって前も言ったよな?焼くぞコラ」

とんでもない暴言のオンパレードが開催された。何ということでしょう。花宮はいつもの乾いた薄笑いを携えたまま、宮地先輩もいつもの可愛らしくも恐ろしい笑顔のままで。大坪さんでも通りかかってくれないだろうかと儚い望みを抱いた。館内の遠くで響く試合の歓声がやけに大きく聞こえるのは気のせいではないはずだ。険悪なムードを醸し出す口の悪い先輩二人を交互に見やって思いきり顔がひきつる。この二人って相性が悪そうだとは前々から思っていたけれどこれほどまでとは。因縁か何かでもあるのだろうか。なんて変なことに首を突っ込んで断ち切られるのは御免だ。とりあえず気を取り直そう。極力当たり障りのない笑みを浮かべつつ、宮地先輩の服の裾をきゅっと掴む。

「宮地先輩、それよりそろそろみんなのもとへ戻らないと!宮地先輩がいないとあのチーム、結構なツッコミ不足に陥るんですからね!」
「ボケに加担しまくってるお前が言うな」

ごもっともな返しをありがとうございます。その宮地先輩の的確すぎる返答に思わず言葉が詰まった。ええと、とかううん、とか意味をなさない声を吐く私に容赦なく二つの冷たい視線が突き刺さる。とても怖い。なんというかこの人達、手を組んだらバスケ界を制圧することも不可能ではないんじゃなかろうか。そんなことを考えつつ視線を泳がせる。端から見れば修羅場のようで居心地が悪い。実際はまったくもってそんなことはないのに。というか花宮のやつはいつまでここに居るつもりなのだろうか。さっさと去ればいいものを。…しかしあまり冷たくするのも云々。例えるなら反抗期を終えかけの娘が父親に少し優しくしようと苦悩する、そんな感覚をいま、私は花宮に抱いているわけなのだ。

「それでお前はいつまでここにいるんだよ花宮」
「久し振りに会った後輩ともう少し接したいという淡い先輩心は貴方には理解できないでしょうね宮地センパイ?」
「何を言ってるんでしょう花宮先輩」
「それとも…まだ知り合って一年にも満たない後輩を、自分に好意を抱いているのをいいことに私物扱いですか?…ふはっ、ウケるな」
「みょうじを私物扱いしてんのはテメーだろうが締め上げるぞ」
「いや私は物ではなく人間なんですけれど」

あれ、私ちゃんとツッコんでいるじゃないか。この場合二人がボケているとは言い難いけれど。まぁいいでしょう。一人で納得した。何はともあれ、まさに一触即発という言葉が相応しいこの現状は危険極まりない。どうにかして宮地先輩と共にこの場を去りたいものだ。かといってまるで鬼から逃げるように花宮を避けるなんて、何というか嫌な気分だ。まさか花宮に対してこんな気遣いをすることになる日がこようとは、思いもしなかった。成長ってこういうことを言うんだなぁ。妙に感慨深く頷いていると気だるげに腰に手を当てた花宮と目があった。何となく考えていたことが伝わっているのではないかと思ってしまう。ふと、小さく私に手招きをした花宮に首を傾げた。木村先輩かららしき着信を受ける宮地先輩を見やってから、掴んでいた彼の裾を離し恐る恐る花宮のほうへ近寄る。何ですか、とヤツを見上げると妙に真顔で、そして、まるで内緒話をする子供のように私の耳へ顔を寄せて言った。

「なまえおまえ…未だに名字呼びされてんだな…」
「…………はっ!言われてみればそうでした…。私としたことが…そんな初歩的なことを忘れていたなんて…」
「気づいてなかったのかよ。オレにすら呼び捨てされてるのにな…」
「まぁ花宮先輩ですからね…」
「なんだそれ」
「とにかくこれは由々しき問題です…早急に対応せねばなりません…」
「つーかなんでこんな声潜めてんだ…?」
「花宮先輩が先に潜め出したんじゃないですか」

ぐっ、と花宮の顔がしかめられるのを笑い飛ばして。こそこそと繰り広げた内緒話を終了させる。木村先輩から早く戻るよう電話で言われたらしい宮地先輩は携帯をポケットにしまいながら私へと視線を移してそろそろ戻るぞ、と相も変わらずカッコ良く言った。ひとつひとつの動作が抜かりなくクール。そんな宮地先輩に名前を呼ばれたものならどれほど幸せなことだろう。そのときに想いを馳せながら、どうすれば私の名前をその声で呼んでもらえるか考える。直球に、呼んでくれと言うのもまぁムードがないというもの。どうしたものか。なかなか戻ろうとしない私の様子を不思議そうに、且つ遅いと言わんばかりに目を細めて見つめる宮地先輩。その細められた目のセクシーさに一瞬息が止まるとほぼ同時に、尻に衝撃を感じた。蹴られた。尻を。

「い、痛い…」
「大したことねぇ頭で考えてるとこ悪いがどうせお前が思い付くことなんて成功するわけねぇんだ。せめて唯一使える言葉で話せよ」
「…花宮先輩…蹴るのか貶すのかアドバイスするのかどれかにしてくださいよ」
「ふはっ、じゃあななまえ。と、宮地センパイ?」
「…あぁん?」

身を翻してひらひらと手を振る花宮に少しだけ感謝をした、ようなそうでなかったような。とりあえず今度カカオ100%のチョコの写メを送ることにしよう。写メを。
残された宮地先輩と私は少しの間無言だったけれど、すぐに先輩が大きく溜め息を吐いたためその時間はそれほど長くなく終わった。ふ、と先輩の様子を伺うように見上げると先輩もゆっくり私へと視線を落とした。宮地先輩は何かを言おうとした素振りを見せたけれど、一瞬考え留まった後なにを思ったのか先程買ったお茶を私へ渡してくる。どういう意味なのだろうか。

「いらないんですか?これ、」
「ああ。やる。有り難く受け取れ」
「どうも…」

じっとペットボトルのキャップを確認してみるもどこからどう見ても未開封。…なんだ、間接チューを狙っていたのに。残念だ。ぼんやりとペットボトルを見つめたまま、みんなのもとへ戻る宮地先輩の後を歩く。どのタイミングで例の件を言い出すべきか見計らいながら。…しかし、思い立ったらすぐ行動の私がこう考えたところで仕方がないのかもしれない。花宮の言葉を汲み取るというわけではないけれど、確かにそうなのだ。だてに長い間共に行動をしていたわけではないようで、若干癪だが花宮は私の性質を分かっている。そうとなれば、言うか。いつ言うの?と聞かれれば例のおきまり文句が返ってくること間違いなしだ。

「…あの、宮地せん」
「なまえ、」
「べぇっ…!?」
「誰が宮地煎餅だ吊るぞ」
「えっ、でも、いまっ」

名前を呼んだ。宮地先輩が、私の…名前を。
あれ、私、まだ呼んでくれと口にしていなかったはずなのに。もしや宮地先輩は私の心を読んだのか。やっぱり先輩ってエスパーだったんだ。…いやいや。驚きのあまりその場で足を止めて、ふるふると震えながら目を丸くさせた。がやがやとした雑踏が徐々に近づいてくるのを脳の片隅で聞く。どうやら今日のぶんの試合が終わったらしい。選手らが戻ってくる足音や声が段々と大きくなってくる。未だに固まる私の腕を、苦虫を噛み潰したような顔をした宮地先輩が引っ張って歩きを再開させた。

「…と、りあえず。戻るか」
「……せんぱい、耳が真っ赤ですよ」
「…うっせぇ刺すぞ」

何とか出した言葉に、宮地先輩は更に照れたように歩きを早めた。少しだけ夢心地で、ぽやっとその様子を見つめていたけれどこれは現実だと認識した瞬間、これまでないほど表情筋が緩んだ。掴まれた腕を器用に動かして先輩の指と自分のそれを絡ませる。

「ふ、宮地先輩!うれしいです!本当に、大好き」
「おーおー…そーかよ」
「これからもそう呼んでくれますか?」
「…呼ばない」
「えーっ!」

(おんなじ心臓に溺れる)
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