「あのさぁ」

時は文化祭の数日前。教室の装飾やら何やらに追われるクラスメートを横目に見ながら高尾に声をかける。高尾は器用に色紙を切っていた手を止めて、私を見上げた。私はそれはそれはもう深刻な表情で呼んだから、察した高尾もいつも以上に真剣な顔をしてこちらを伺っている。いや、本当に…重要な事なんだけれど。

「高尾に頼みがあるの」
「…何?」
「文化祭当日、私の店番代わってほし」
「却下!」

びしぃ、と両腕をクロスさせて全力の拒否をされた。予想通りの返事にがっかりしながらも引き下がれない私は床に膝をついて食い下がる。

「午後!午後だけで良いから!」
「嫌だって!ギャー助けて真ちゃん!魔物が」
「魔物って言わないでください!」

代われ代わらないだとの両者とも引けをとらない戦いはクラス委員長によって制圧された。
クラス準備にも貢献せずむしろ邪魔ばかりしているとのことで罰として二人で買い出しを頼まれるハメになったのはもちろん高尾のせいだと思っている。だって、こんな必死に女の子がお願いしてるのに!あんなに拒否するなんて酷いじゃないか。ちょっとは理由ぐらい聞いて検討してくれてもいいと思う。
不満げに下駄箱から靴を取り出す私を一瞥した高尾はやれやれといった表情で口を開いた。

「どうせアレっしょ?宮地サンのクラスに行くだとかそういう」
「…………ちがうよ?」
「すっげぇ目泳いでるんだけど!?」

ギャハハと笑われる。女の子の顔を見て爆笑するのはとても失礼なんじゃないかと思いつつも見事言い当てられてしまって返す言葉もない。靴を履いて外に出ると雨が降っていた。何で、こう、運が悪いのかな私たちって!ザアザア降り続ける雨を眺めていると高尾がどこからか傘を取り出して自慢げに私を見た。ドヤ顔はとっても気に入らなかったけど雨に濡れるよりはマシだったのでその傘に入ることにした。

「高尾って雨男なの」
「なまえちゃんっしょ?」
「うん雨女かもしれない…だから店番代わってくれる?」
「どういう取引だよ!」

また拒絶された。さりげなく言ってみて思わず頷いちゃった、っていう作戦だったのにさすがは高尾だ。易々と引っかかってくれる男ではなかった。心の中で舌打ちしていると高尾はにやにやと笑みを浮かべながら言う。

「宮地サンのクラスって何やんの?」
「分かんない!でも絶対来んなって言われたから絶対行こうと思って!」
「マジで?オレも行く」
「よし行こう……って!だから店番代わってって言ってるじゃん!」

くわっ、と突っ込みをいれるとゲラゲラ笑い返される。わ、笑ってる場合じゃないだろうこの男め!高尾も一緒に行ったら私の代わりの店番がいなくなることを見落としそうになって焦った。高尾にとっては笑い事で済むかもしれないけれど私にとってはすっごく大事な事なんだから!ぐぬぬ、と考えてから高尾が持っていた傘を奪って近くのスーパーまで走った。やーい濡れろ!濡れてしまえ!と小学生さながらの言葉を吐きながら高尾を置き去りにする。
…はずが、ものの数秒で捕まった。

「女の子を、本気で追い回すって、おとなげ、ない…」
「いやぁ、濡れたくなかったから。自分の身は自分で守らねーとさ」

息も絶え絶えな私とは打って変わって高尾は爽やかなまでの笑顔だ。さすが秀徳高校バスケ部PG。甘く見た私がバカだった。そんなこんなやりとりをしているうちにスーパーに着いた。買うものが書かれたメモを見ながら高尾と分担して探す。うちのクラス委員長は私たちの使いが荒いから結構な量が書いてある。委員長へのあてつけにクラス会費でお菓子を買っていこうと二人で計画しつつほとんどの品を揃えた。そして、最後。

「何て書いてあんの?」
「…紙が滲んでて読めない」
「…ああ、なまえちゃんが走るから」
「高尾が追いかけ回すから」

あと一つで買い出しが終わる、といったところでこんなトラップがあるなんて。委員長の綺麗な字がじわりと滲んでいて読解不可能である。メモを眺めて唸る。ひとつぐらい買い忘れたって言えば良いんじゃね、と言う高尾にバカ野郎め!と思う。そんなこと言って戻ったらあの鬼委員長のことだ。もういっぺん行ってこいだなんて言うんだよ。そんな二度手間嫌だ…。げんなりする私を励ますように高尾がぽんぽんと肩を叩く。

「元気出せって!携帯で聞けばダイジョーブだって」
「高尾って委員長の電話番号知ってるの」
「……や!クラスのやつに聞けば答えてくれるぜたぶん」

自信満々に緑間あたりに電話をかけ出す高尾に少し納得した。それに一安心して、ロシアンルーレット式のお菓子をかごに入れた。戻ったら高尾と緑間でこれをやろうと思う。
とりあえず例のものを聞き出せたらしく一件落着。高尾は買ったものを持って私が傘を持つ、と言ったのにどうしても高尾は私に傘を持たせたくないらしく結局荷物を持たされた。女の子が荷物持ってるってこの光景どう見たっておかしい。疑問を抱えつつやっと学校に戻ることができた。

案の定雨に濡れて帰ってくるのも遅かった私たちはこっぴどく委員長に叱られた。そのついでに私の店番を代わってくれと頼んだらもっと怒られた。

「っていうわけで今日は大変だった…」
「ほとんどなまえちゃんのせいだわ」
「違うんだよ緑間、高尾が」
「どっちでもいいのだよ」

委員長の目を盗んでベランダへ出て一息つく。雨の音を聞きながら今日の苦労を語ったところ緑間はろくに相手にしてくれなかった。何か全体的に優しさが足りないような気がする。

「ところで緑間って文化祭の日予定ある?私の店番を代わってくれたら嬉し」
「嫌なのだよ」

ぴしゃりと言われてはもう諦めるしかないのか。じめじめとした風が吹く中今日何度目かのため息をついた。
…いや、ここで諦めたら私じゃない。いざとなったら店番を抜けて行くしかない。そう決心する私を、高尾はふっと笑った。

「とにかく、このロシアンルーレット菓子をやろう」

私の一言から、戦いが始まる。
そして。



「宮地先輩…」
「うわっ、何だなまえか」
「わ、私…負けました!」

そう言ってがばっと抱きつくと意味が分からないといった顔をされた。もう意味がわからなくても良いので宮地先輩の匂いを嗅がせてください…。そう変態まがいなことを思いつつすんすん。口の中に広がるとんでもない味を一刻も早く忘れ去るための行為だ。
そう、私は、ロシアンルーレットで見事はずれを引いた!思えば毎日のように宮地先輩には轢くぞと言われているのではずれを引くのも当然だったのかもしれない。訳が分からないことを考えてまた強く宮地先輩に抱きついた。宮地先輩はちょうど自販機の前で水を買っていたところで周囲には人がいない。助かった。

「今日は厄日でした…宮地先輩に清めてもらいたいです」
「はぁ?」

その嫌そうな顔もたまりません。宮地先輩は自分の胸に顔を押し付ける私を見て少し考えたあと、口を開いた。

「あのさぁ、お前と高尾って付き合ってんの?」
「…ぶふっ、何それ新しいボケですか?あんまり面白くないですね」
「よしお前今すぐ俺から離れろ」
「嫌です!私の付き合う人は今もこれからも先輩だけですよ!」

だから心配しないでくださいね、なんてへらへら笑って言ったらペットボトルで頭のてっぺんを叩かれた。

(駆け抜けろ、青春)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -