「あ」

日が沈みかけた頃。何となくコンビニに立ち寄ってみたら珍しいやつと出くわした。すげぇタイミング、と我ながら感心する。
そいつは俺の顔を見るなりこれでもかというほど顔を歪ませてくるので一発轢いてやろうかと思った。

「…げ」
「げって何だよオイコラ」

先輩に対しての言葉遣いがなってねーなと言いながらそいつ、もとい花宮の横を通り過ぎると盛大な舌打ちを聞いた。びきびきと青筋を立たせつつもここは公共の場だと言い聞かせ花宮の無礼極まりない行為を受け流した俺は相当な大人である。
それにしても花宮の野郎、俺のことを知っていたのかと少し驚く。みょうじめ、あいつ余計なことを話していないだろうな。そんなことを悶々と考えながら飲み物を手に取る。適当に選んだスポーツドリンクのラベルに視線をやったが、意識は背後に集中した。

「ついてくんな轢くぞ」
「俺の行きたい場所にアンタがいるだけだろ」
「あぁ?ちょっとお前マジで焼いていい?俺センパイなんだけど」
「ああそうでしたねわすれてました」

とんでもない棒読みの台詞を吐く花宮に思わず殺意さえ湧いた。こいつ、改めてこう話すのは初めてだが相当いらつく。中学時代のみょうじに同情と尊敬の念を抱いてしまうのも無理はない。よくもまぁあのバカがこの悪童と一緒に居たもんだ。そんなことを考えて生まれたもやっとした得体のしれない感情に気づかないふりをして。

「つーかお前って家この近くなの」
「…興味あるんですか」
「ねーよ!調子のんな!」

ふと気になって訊いた問いにすら無表情でそんな言葉を返してくるのだからもう轢くだけでは物足りないような気がした。戦車で轢いた後に大砲ぶちかますぐらいは最低しないと…。だとか現実味のないことを考える。いや、やっても良いというんなら本当にやるぞ俺は。
そんな俺をよそに花宮は適当に雑誌を選んで会計へと向かっていく。俺とてこんなコンビニに長居する気はないと思い、同じくレジへ行くと花宮は鬱陶しそうに俺を一瞥した。

「ついてこないでもらえます」
「行く場所がかぶってんだよ!いい加減マジで刺すぞ!」
「箸一膳」
「かしこまりました〜」
「聞けよ!」

笑顔のまま拳をぎりりと握る。今ならパイナップルぐらい握りつぶせそうだとわりと本気で思った。
会計を済ませた花宮はさっさとこの場を去ろうとする。しかし俺より先に帰られるのもすげぇ癪だしやられたままじゃ気分悪いしと。意地とプライドで待つよう言えばやはりこの上ないほど嫌そうな顔をされた。いちいちいらつくんだよなぁマジで。

「…なんなんだよ」
「先輩より先に立ち去るのは無礼だっつってんだよ」
「面倒くせぇな…」

でかいため息をつく花宮を買った物が入っているレジ袋で叩く。悪童という名の通りやり返してでもくるのかと思ったがさすがにそれは無いらしく、嫌悪感丸出しの舌打ちだけ返された。それもどうかと思うが。
…それにしても、だ。不幸にもせっかくこう会ったんだから何かを聞くべきかと悩む。今後花宮と会うことなんてそうそう無い(と思いたい)んだ。仕返しとして少し訊こうか。そう口を開きかけたところでじっとこちらを見つめる花宮と目が合う。

「何か言いたいことでもあんのか」
「…ふはっ、そっちこそ」
「……オメーはどうなんだよ」
「べつに」
「…そうかよ」
「…ただ死ねばいいのにぐらいには思ってる」
「もういっぺん言ってみろお前それ撲殺」

ぼそりと言われた言葉に少し静まりかけていた怒りゲージがいとも簡単に限界点を突破した。…いや、冷静になれ。こいつにキレてもキリがねぇんだから落ち着け。
冷静になって考えてみれば、花宮は今までみょうじを散々好き勝手してきたんだからまぁそう思うのも分からなくは、ない…。いやそれでも死ねばいいのには無いか、ああでもこいつそもそも悪童だし…。なんてどうでもいいことを考えている場合じゃない。
この、人をイラつかせることしか言わないこの花宮が。あのどうしようもないバカに本気だったのかと甚だ疑問で仕方がない。

「…いい加減帰りたいんですけど」
「口答えすんな」
「……チッ」
「つーかお前さ…」
「………なんだよ」
「……いや、なんでもな」
「何オレ相手に言いよどんでんだよバァカ」

一応こいつも人の子だと思いやはり聞かないでおこうと先輩からの優しい計らいをしようとすればこの台詞だ。ひくり、と口端が引きつるのも自然の現象である。俺のせめてもの優しさが木っ端微塵になる中、花宮はせせら笑うようにして言う。

「俺はそもそもアンタに負けてる事なんかねぇし…」
「おいお前身長をみろ身長」
「でかけりゃ良いってもんじゃねーだろ、バァカ」
「ホントお前何、そんなに轢かれてーの!」

ようし分かった。こいつに気なんか遣おうとした俺がバカだった。もうこいつを人の子だとは思わねぇ。そう強く心に決めた夕暮れ。
これほど俺が嫌われているということはそれだけあいつへの執着心が強かったのかと実感する。もやっ、ともむかっ、とも似つかない気持ちが膨れ上がりつつ目の前の花宮に目をやる。別に、昔に何があったとか聞くほど女々しくもない、けど。まぁ気になるものは気になる。その俺の葛藤すらもきっとこいつは見透かしてる。

「何か言いたいなら早く言えよ」
「とりあえず敬語使えよ」
「…これで満足デスカ、宮地センパイ」
「……お前それわざとやってんじゃねーだろうな」

宮地先輩、っつー言い方がどこかの誰かさんと似せられていて腹が立つことこの上ない。もう早くハゲねぇかなこいつ。とか大人気ない事を考えては精一杯怒りを鎮めた。くそ、こいつと比べたら普段の緑間のワガママだとか高尾のおふざけすらも可愛く見えてきやがる。何なんだよこのイラつきは…。
花宮はそんな俺を黙って眺めていたかと思えば静かに口を開き、言葉を紡ぎ出した。

「…まぁ、知っての通り俺はアイツが好きでした」
「……は?おい、」
「中学のころから何となく気になって、最初はこの気持ちが何なのか分からなくてなまえには本当に酷く当たったこともありました。でも高校になって離れていくアイツを見て気づいたんです。…アイツが好きだってことに」
「お、おいちょっと待」
「だから、貴方と付き合ったと聞いて驚きました。でも、最近思うんです。…アイツのことが好きなら幸せを願うべきだと」
「い、いやお前何を」
「だから、アイツを幸せにしてやってください。貴方になら、アイツを任せられます」
「………」

あれ、こいつは誰だ。
と、自分の耳を疑った。
さっきまでの態度とは打って変わって礼儀正しい口調、話の内容でさえ優しさが伺える。一体何なんだと頭が追いついていかない。表情を固まらせる俺に、しまいには手まで差し出してくる。…握手、か。おずおずと促されるまま手を差し出す、と。

「…なんて言う訳ねぇだろ、バァカ!」

そんな言葉と共に、俺の手は花宮の手を握ることなく何も入っていないレジ袋を持たされる。
一瞬の沈黙の、後。
ビキッ、と血管が切れるんじゃないかというほど額に筋が立つのが分かった。
…あ、の、や、ろ、う、!

「おい待てゴラァ!三発、いや十発殴らせろ!!」
「ちなみにあいつのファーストキスももうねぇから」
「はあ!?」

最後に爆弾を投下して去っていく花宮をもう追う気力さえ無かった。怒りとか憎しみとか苛つきとか、すべての負の感情があいつへ向く。あんな人間がこの世にいていいのかとすら思うほどに。もう言葉さえ出てこない。ただ呆然と立ち尽くす俺を嘲笑うかのように、カラスが間抜けな鳴き声をあげた。

(ロマンチックな告発)
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