「ピクルスあげる」

そう言ってつい数分前に買ったハンバーガーを開いてみせた。きれいに二つ並んだピクルスを視界の中に入れた氷室は少し呆れたように私を見る。次に言われるであろう言葉を予測しながら私も氷室を見上げる。
「自分で食べたら」
予想通りの言葉に内心満足しながら不服の声を漏らす。二人で向かい合って席に座るといつも以上に氷室の表情がよく分かる。氷室は私の声に構わず自分の飲み物を手にとってストローをくわえる。どうやらあまり機嫌が良くないみたいだ。何か嫌なことがあったのかと聞こうか迷ったがそういえば最近はずっと機嫌が悪かったような気がする。触らぬ神にたたりなしということで敢えて探索はしないことにした。

「氷室はピクルスが好きだって聞いたのに」
「誰から?」
「紫原が言ってたよ」

ふうん、と然して興味無さげにつぶやかれたそれを聞きやはり機嫌が悪いことを確信する。困ったな、と思ったのは氷室に対することとピクルスに対することの二つ。確かに氷室の機嫌が悪いのは気にかかるけれど今の問題はそうじゃない。このハンバーガーにはさまれている緑の強敵をどう倒すか、だ。なぜピクルスが食べることのできない私がわざわざハンバーガーショップになんて来たかというと氷室が食べてくれると信じていたから。しかしそれは儚く砕け散ってしまったわけだ。残すのは何だか子供のすることのようで気が引けたけどこの際仕方がない。ピクルスとのにらめっこを始めた私に、氷室は妙に真剣な表情でピクルスが可哀想だなんて言うのである。ついにピクルスにまで感情移入してしまったようだ。

「ひむろ、」
「なまえよく考えて。勝手に人に育てられて勝手に狩られて、その上ざくざく切られて訳のわからないパンと肉に挟まれて…しかも食べてもらえないで捨てられて行くなんて」

可哀想だと思わないの、なんて言われてしまっては私もあれ?言われてみたら可哀想かも、なんて思ってしまうわけで。大概私も単純だなと思いつつ仕方なく再びピクルスと向き直る。そして腹をくくって。

「わかったよ食べるよ…」

そうは言ったものの、この美味しいハンバーガーと一緒に食べるなんてことはできない。せめてピクルスは抜いた状態で食べたいのだ。そうとなれば私がすることは一つ、ピクルス単体で食べるだけ。言ってしまえば簡単だけど私にとっては難関もいいところ。二枚あるピクルスの片方をつまみ、ごくりとつばを飲み込む。だいたいどうしてたかがピクルス相手にこんなに必死にならなければならないんだ。そもそも氷室がひょいっと食べてくれたらこんなことにはならなかったのに!意を決してピクルスを口に含む。噛む。想像していたなんとも言えない味が口いっぱいに広がった。思わず顔をしかめる。
「まずい」
「あともう一枚あるぞ」
その言葉に絶句。もう一度この苦痛を味あわなければならないなんて。絶望と同時に氷室への憎しみさえも生まれてくる。あと一枚ぐらい食べてくれたって良いんじゃないの!口直しにと飲み物を勢いよく吸ってから、じとりと氷室を見る。

「もう氷室とハンバーガー食べに来ない」
「なまえのことを思ってたべろって言っただけなのに」
「福井先輩は食べてくれるのに!」

拗ねるように言ったその言葉はああそう、と流されると思っていた。しかし実際はそうでなかった。一見穏やかそうに見える氷室は時折紫原でさえ怯むような恐ろしいオーラを放つときがある。そう、まさに今みたいな真っ黒の。

「先輩とここに来たんだ」
「うん」
「二人で?」
「ううん、アゴ先輩もいたけど」
「俺は誘わなかったのに?」
「誘ったけど無言で電話を切ったのは氷室だよ」

その私の言葉に氷室は今までのピリピリとしたオーラを一変し、きょとんと首をかしげた。そんなことあったっけ、と言う氷室に絶対あのとき寝起きだったなと思う。彼の寝起きはそうとうひどいから。どうせ電話をかけたことさえ忘れているのだろう。納得がいかないようにハンバーガーを弄る氷室を見かねて、今ならラストのピクルスを食べてくれるかもしれないと目論む。いつもより可愛らしい声を出すよう心がけながら、氷室を見つめる。

「だから本当はその時氷室が来てくれたら、氷室に食べてもらおうって思ってたんだよ」
「…なまえ」
「私のピクルスは氷室に食べて欲しいの、だから」
「いいよ」

食べてくれる?と続くはずだった私の声を遮り、承諾の言葉を吐いた氷室に思わず口角があがる。よし、これでピクルスを食べずに済む。氷室の口元へ持っていかれるピクルスに安心するのもつかの間。ふいに私の両頬へ彼の手が伸びてくる。なんだなんだと思っているうちにもピクルスを唇に挟んだ氷室の無駄に端正な顔が近づいて。こいつまさか、とぐっと口を閉じようと試みたがそれを氷室は許さない。両頬を力強く鷲掴まれたおかげで否が応でも口を開くことになった、そのせいで。唇が重ねられると同時に口内へ例のものが入れられる。完全に入ったことを確認するように一度私の唇を舌でなぞってから、口を離される。…なんていうやつだ。

「私は食べてって言ったの、食べさせてなんて言ってないよ」
「そうだっけ」

わざとらしくいう氷室にこの口の中のものを返してやろうかとも考えたがここが公共の場であることを思い出してやめた。…あれ?そういえばここはハンバーガーショップじゃなかったか。もちろん私たちのほかにも客はいる。そんな場所で、目の前の男はさっき何をした?
…一気に肝が冷えた。あんな、恥ずかしいことを…、氷室め!この帰国子女だからって、調子に乗って!

「誰も見てないよ」
「その自信はどこからくるの!もう信じられない絶対雅子ちゃんに言いつける…明日の練習3倍にしてもらう。それでへとへとになった氷室にジャグリングさせる」
「監督に言うのか?俺にキスされたって」
「ぐっ…」

「また一緒に来ようよなまえ」
「やだよ」
「今度はちゃんと食べてあげる」
「本当に?」
「うん。今度はなまえから食べさせてよ」
「その口移しってピクルスじゃないとダメなの?」

せめてもっと可愛らしいものにしてよ!
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