「宮地サンと喧嘩でもしてんの?」

ふと部活の帰り際、高尾にそんなことを言われた。その言葉を聞きううーん、と首を傾げる。喧嘩をしているわけではない、と思う。ただちょっと距離が開いてしまったというか、私が避けてしまっているような。そう、きっと後者だ。嫌いなのではない。嫌いになんかなるはずない。ただ、少し心の整理がついていない。よく分からない不安感がぐるぐると渦巻いている、そんな感じがして仕方がないのだ。何がここまで不安なのか、どうしても自分だけでは分からない。本当に面倒な女だなと我ながら呆れた。

「なまえちゃんが様子おかしいからさ、宮地サンもピリピリしてるし部員もビビるしで」
「私のせいじゃありませーん」

ぷいっと高尾に背を向け、じゃあと手を振る。その私の行動に高尾は目を丸くした。
「えっ、もう帰んの」
「みっちゃんが残ってくれるから、自主練していっても大丈夫だよ」

いつもなら部員の自主練が終わるまで待っているんだけれど。今日ははやく帰りたかった。否、帰らなければならない。そんな私を見かねたみっちゃんがいつもの私の役目を交代してくれたのだ。きっと木村先輩も残って練習するだろうから、とその好意に甘えた。高尾は妙に深刻そうな顔をして私を見る。…そこまで深刻にならなくても良いのに。私の気持ちのことで他の人にまで迷惑はかけたくないと思ったから。
また明日ね、と高尾に言って体育館を出る。途中すれ違った部員にすごく驚かれた。そんなに私がこの時間に帰るのは珍しいのだろうか。うーん。

「帰んのか」
「っわ、」

気配もなくかけられた声に思わず肩を震わす。更にその声の主を見て身体を強ばらせる。な、何で…。冷や汗がたらりと背筋を流れた。
宮地先輩、と呟けば怪訝そうに首を傾げる。いや、首を傾げたいのは私のほうだと思いつつ。ずり落ちた鞄を肩にかけ直してから、改めてどうしたんですかと尋ねる。宮地先輩は壁に身体を預けながら別に、と返した。何だ特に用があるわけじゃないのか。しかし自分から避けているくせに、声をかけられて嬉しいと思うとは私もわがままだなと思う。

「ま、気ィつけて帰れよ」

ぽん、とすれ違いざまに頭を叩かれた。
「…………」
不意打ちすぎる宮地先輩の行動に数秒固まる。…いまの、は、ああ!やっとのことで我に返りばっと後ろを振り向くも、もうそこに宮地先輩の姿は無かった。ちょっと寂しい、なんて甘えてばかりではいけない!
きっと宮地先輩は私のちゃんとした答えが出るまで待っていてくれるのだ。私の気持ちが、晴れるまで。

…本当は、本当は。もう言ってしまいたい。宮地先輩が大好きだと。こんな私でいいのなら、宮地先輩が良いと言ってくれるなら。
けれど、こんなもやもやを抱えたままで、いいのか。それは、駄目だと。私は思うのだ。
そう、だから。今日ならそれを晴らせるようなそんな気がしていた。

意を決してファミレスの中へと入る。中はとても穏やかな空気で満たされていて、どことなく安心した。きょろきょろと辺りを見渡すと暫くしないうちに目的の人物は見つかった。この空気に似つかわしくない雰囲気を纏った、そいつのもとへ。

「おにいさんお一人ですか?よければ僕とお茶しませんか」
「…ああ?」

凄まじい殺気を放たれた。一瞬で黙り大人しく向かい側に座る。私が座るなり、この男、もとい花宮はその羨ましいほど長い脚を私の脚にきっちり絡ませホールドさせた。逃げられないようにというわけなのか、プレッシャーをひしひし感じる。ああ、今日は私、死ぬかもしれない…。そんな予感がして、もうあと一歩だった宮地先輩とのラブラブ生活に思いを馳せた。ここで死んだら一生恨むぞ花宮め…、と気合い十分になったところで。

「ええと、花宮先輩!今日来て頂いたのはほかでもありません」
「パフェひとつ」
「聞いて、聞いてください!」

私の決死の覚悟もさらりと砕かれる。けろりとした表情でウエイトレスにパフェを頼む花宮に怒りを通り越して殺意さえ感じた。花宮がパフェを頼む姿はなかなかに面白いけれど。いや、そんなことを言っている場合ではない。私の声を聞きうざったそうにこちらを向く花宮に内心拳を握る。しかしテーブルの下の密着した脚にぐっと力を込められ白旗を上げた。脚を折られては困る。
…気を取り直して。

「あの、先輩、仲直りをしましょう」
「ヤダ」
「………」

ヤダってこいつ…。結構な勇気をもって言った言葉だったのに、それはあっさりと叩き捨てられた。少なからずショックを受ける私を花宮はなんともない表情で見つめ置かれていた水を飲む。この、非道!とか悪童!ガキ!とか心の中で思う存分罵ってからうつむいた。思った以上にうまくいかない。どうしたらいいだろう。次の言葉を探していると今度は花宮が口を開いた。

「仲直りもなにも、別に俺はお前と喧嘩なんかしてねぇよ」
「いや、そう、なんですけど…違うんですよ」
「何がだよ」
「だから、その、なんと言えば良いのか」
「はやくしろ」
「ええ、だからつまり…」

はっきりしろカス、と言われたと同時に足を物凄い勢いで踏みつけられた。痛みに悶える私をいつも通り鼻で笑う花宮。うん、それだよ、それ!そういういじめというか、虐待というか、暴力とかだよ。それをやめようと、私は言いたいのである。…あれ、そうだよね?そうだろう。そして私はいまはっきりと分かった。まずは私たちの仲を清いものにしよう。この荒んだ仲はもう今日をもって終わりにしよう。

「花宮先輩、私は思うんです。どうして私たちってこんな殺伐とした関係になってしまったのかって」
「ふーん」
「だから、もうやめましょう。これからは、もっと綺麗な間柄にしま」
「お待たせしましたパフェになりま〜す」

とんでもないタイミングでパフェが運ばれてきた。今日はツイてないような気がする。せっかくの私の訴えをパフェに遮られるとは、とがっくり肩を落とした。花宮はパフェを受け取りスプーンでクリームをすくう。この人本当に食べるのか。初めて見る花宮がパフェを食べようとする姿に目を見張った。しかし実際はそうではなかったようで。クリームがのったスプーンはそのままこちらへひょいっと差し出された。何がしたいんでしょう。訝しげに花宮を見ると彼はどこか愉しそうに言う。

「たべろ」
「…あの、食べても良いですけど、だったら自分で食べるのでその手は」
「ん?なに?」

ぎりぎり。足を踏み潰す力が増す。当の本人はにこりと、美しい笑顔を見せているけれど。ああ、恐ろしい男め。足を潰されるわけにもいかないので渋々差し出されたスプーンに口をつけた。うん、美味しい。花宮が食べさせるんじゃなかったらもっと美味しかったんだろうと思う、けど。口内でクリームの甘さを感じながら再び口を開く。

「で、さっきの私の話聞いてました?」
「何か言ってたのかよ」
「だから!もう私たち、こういうのはやめたほうが良いと思うんです」
「なんで」

なんでって。ぐるぐると長いスプーンでパフェをかき回しながら花宮がこちらを見つめる。鋭い眼光だと思った。この人って目力だけでも人を殺せるんじゃないの。言葉につまる私を冷たく見ながらまたスプーンを私へ向ける。今度はチョコレートものっていた。食べるまいとしたのだが有無を言わさず口に突っ込まれたので仕方なく飲み込む。美味しいと感じてしまったことに、べつにパフェが悪いことをしているわけじゃないし、と言い訳をしつつ。花宮はやはり刺すような視線を私に浴びせたまま冷静な声色で言い放った。

「好きなやつがいるからなんて言うんじゃねぇよな」
「残念ですがそのとおりです先輩」
「ふはっ、馬鹿も休み休み言えよ」

そう笑ってざっくりとパフェにスプーンを突き刺す。パフェに何てことをするのだ。心底呆れたように口端を釣り上げる花宮に緊張した。

「何度も言わせんな。お前に恋だなんだと浮かれる権利はねぇんだよなまえ」
「どうして花宮先輩に決められなきゃいけないんですか」
「仕方ねぇよ俺はお前が気に食わない、だから自由になんかさせてやらない」

そんなの勝手すぎる!そう声を荒らげようとしたところで再び口にスプーンが飛び込んでくる。もうやけになって、それにのるものを一気に飲み込んだ。苦しい、と思いながらも振り切って、花宮に牙を剥く。

「私はもう縛られたくない!」
「…今までだって縛られてたくせに、何を今更そこまで必死になる」
「……っ」

じわりと視界が滲んだ。ああ、泣くな私。ここで泣いてしまっては、また面白がられるだけだ。泣くな。そうして今までどんなに泣きたくたって耐えてきたじゃないか。何が何でも、花宮の前だけでは泣かないと。俯く私に痛いほど花宮の視線が刺さる。痛い、苦しい、逃げたい。いますぐに、ここから。
十分な決意をしてここに来たはずなのに、いざとなると怖くて仕方がない。逃げようにも、花宮の脚はそれを許さない。逃げたらいけない。逃げられない。
ぐっと唇を噛んで、耐える。

「…だって、すきなんだもん」

そう言ったときにはもう涙は止まらなくなった。一粒落ちればまた二粒三粒ととめどなく涙は流れた。ぼろぼろと泣く私に、花宮はこれまでに見たことがないぐらいに目を丸くし、圧倒されたように言う。

「おまえって、泣けたんだな」

そうだよだって私はあなたの玩具じゃないもの。

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