「そんな、ことで!私の機嫌が直ると思ったら大間違いなんですから!」

宮地先輩の信じがたい発言に、やっとのことで返すことができたのはその言葉。ばっと立ち上がって言い捨てる。だって、そんなことをいきなり言われたって。しかも、このタイミングで。そんなの、私の機嫌が悪くなったからその場しのぎで私が満足するであろう言葉を言っただけと思うのも、私だけではないはずなのだ。私をそう簡単な女だと思ってほしくない。それに、こんな状況で好きだなんて言われても困る。
私の言葉を聞いて宮地先輩は訳がわからないといった表情を浮かべる。

「お前なに言っ」
「っも、もう帰る…帰ります!」

いやお前の家ここだろという宮地先輩の声を無視して、部屋を飛び出て、階段を駆け下りて。途中でおかあさんの心配した声が聞こえたけどそれも流して、きっと過去最高タイムで家を出たのだ。外に出てみるともうすっかり雨も止んでいた。私の心は土砂降りだけど。雨が上がったあとの特有の匂いを感じながら、ため息をつく。せっかく外まで来たのだから少し歩こう。
「………」
こんな、子供みたいなことをしてしまうなんて。外の風に当たり少し冷静になってみてそう思う。また迷惑をかけてしまった。
…いや、でも宮地先輩だって酷い。私はいつも本気で気持ちを伝えていたのに、そんな、好きだから許せとでもいうような!よく分からないけど、あの状況じゃそういう風に聞こえてもおかしくはない。

…宮地先輩のたらしめ、と胸の奥で毒づいてまた落ち込む。理由は何であれ、話もろくにしないで飛び出してきてしまったのは悪かったかもしれない。しかも自分から家に連れてきておいて、勝手に置いてきてしまった。せめておかあさんに連絡をしておこうか、と思ってポケットを漁る。しかしポケットは空っぽ。ああそういえば携帯はバッグに入れたままだった。
どうしようもない。
だって今更帰るなんて私にはできないもの。一人芝居でもやってたのかなんて言われてしまったらさすがの私も泣くぞ。
行くあてもなくふらふらと歩く。もう陽も落ちて暗い。誰か知り合いとばったり会えたらいいのに、と思って再びため息をつくと。

「なまえ?」

ふと後方から声がかけられた。その声に一筋の光を見出し、勢いよく振り返る。するとそこには予想通り、自分の親友である人物と、
「あれ、みっちゃんと木村先輩?」

思わぬ二人に出くわし、目を丸くする。みっちゃんだけならまだしも、木村先輩と一緒にだとは。首をかしげる私に木村先輩はバツが悪そうによう、と返す。まさかこの二人、私たちが知らないところで実は一緒に帰っていたのか。知らなかった。ちらりとみっちゃんを見れば真っ赤な顔で慌てたように頭を振ってみせた。

「ちっ、違うのなまえ、こ、これは…」
「ははーん、いいんだよみっちゃん隠さないで」
「なまえってば!」

顎に手を添えてうんうん頷くと真っ赤なみっちゃんにお尻を叩かれた。みっちゃん照れちゃって、可愛いな…。木村先輩はというと厄介なやつに見られたとあからさまに頭を抱えている。心外だ。それと気のせいかもしれないけど木村先輩って私に対して冷たいと思う。みっちゃんへの扱いとを比べているからかもしれない。それなら仕方ない、許そう。納得する私に木村先輩は呆れながらも声をかける。

「それはそうとなまえは何でこんなとこほっつき歩いてんだ」

そう言われて少し忘れかけていた出来事を思い出す。一気に表情を曇らせた私をみっちゃんが心配そうに覗き込んだ。…これは言うべきなのだろうかと考える。でもせっかく二人きりの帰りだったのに、私が邪魔するわけにもいかない。悩みだした様子を見かねた木村先輩は一瞬考えるようにしてから言う。

「宮地のことか」
「木村先輩ってエスパー」

もうバスケではなくそういった関係を極めたほうが良いのではないかと思った。やはりとでも言いたげな表情で私から視線を外す。みっちゃんは状況についていけないのかそわそわと私と木村先輩を交互に見やった。そうしてから、私の反応を伺うようにしながら何があったの、と尋ねる。みっちゃんがそう言うと木村先輩も同じく私を見た。

「別にたいしたことじゃな」
「うそ!」

私の言葉が言い終わらないうちにみっちゃんが声を重ねた。せめて最後まで言わせてほしかったと思いつつみっちゃんを見れば、いつになく真剣な表情で見つめ返される。
「私、なまえにはいっぱい助けられたの!だから私もなまえが困っているなら助けたい」

みっちゃんはもう木村先輩なんてやめて私の家に嫁げばいいと思う…。わりと本気でそう思うまでに、みっちゃんの言葉は優しかった。静かに私たちを見守る木村先輩にも感謝しつつ重い口を開く。

「…喧嘩した」
「ぶっ、け、喧嘩?」
「みっちゃん今笑った」
「笑ってないよ」

絶対笑ったよ!と言い切る私に、喧嘩できる仲って良いよねと無理やりまとめるみっちゃん。みっちゃんじゃなかったら今の絶対許さなかったよ。
ふいに木村先輩の先を急かすような瞳と目が合う。ああ、今はそんなことを言っている場合ではなかった。ごほん。気を取り直して。

「どうして喧嘩になんてなったの?」
「先輩が…、変なことを言うから」
「変なこと?」

実際、花宮との関係を疑われることは初めてのことではなかった。おかあさんの発言でも分かるとおり中学時代はほとんどと言って良いほど花宮といたから。…あれ、今思えばなんであそこまで一緒に居たのだろうか。嫌いあっているのに一緒にいることが多いなんて、すごく馬鹿らしいような気もする。それも花宮の嫌がらせのひとつだったのかもしれないけど。とにかくだ。中学時代には花宮と付き合っているんだろうなんて会話はしょっちゅうだった。花宮は見えないところで私をいたぶるのが上手かったから、傍目では分からなかったのだろう。
だから、そんなことを言われるのは慣れていた。でも、いざ自分の想い人にそう言われるとなると、思いのほか突き刺さるものがある。

「っ、あああ」
「…なまえ?」
「どうしようみっちゃん私、宮地先輩に、嫌いだって言っちゃった」
「え!?」
「マジでか」

私が言った言葉に今まで黙っていた木村先輩までもが目を見開いた。まあ普段から宮地先輩宮地先輩とうるさい私がその単語を彼にいうことがあろうとは思いもしなかったのだろう。信じられないといった風に固まる二人に思わず乾いた笑いを漏らした。正直嫌いだなんて言うつもりはさらさらなかった。だけどあまりにも宮地先輩の言葉が胸をえぐったので、咄嗟に。そう、嫌いなわけがないのだ。好きだと言われた時も全くこれっぽっちも信じなかったけれど嬉しかったことは事実。

「それで、飛び出してきたの」
「言い捨てて?」
「うんまあそんなところかな」

みっちゃんは開いた口が塞がらないようで口元に手を置いたまま動かなかった。今になって落ち着いて考えてみれば、やっぱり飛び出してきたのは悪かったと思う。宮地先輩いまごろどうしてるかな。のんきなことを考えている私とは裏腹に、木村先輩は冷や汗を流しながら自分の携帯電話を取り出した。その携帯電話でなにをするかって、私は許しませんよ!

「木村先輩ちょっと、誰に電話を」
「ああもしもし宮地か?」
「ちょっと」

私の声を完全に無視し、私が今まさに想像している人物と同じ名前を言う。この、木村この野郎…!と拳を握る私をみっちゃんが抑える。なんで、そう掛けちゃうのかな!たった今、嫌いだって言っちゃったという話をしたばかりなのに。その耳はただの筒なのか。そんな私の心情を知ってか知らずか木村先輩は構わず電話越しの宮地先輩と話を続ける。

「ここでみょうじが迷子になっててな」
「木、木村先輩…!」
「いや、偶然保護して…ああ、今?いるけどよ…、分かった」

何が分かったんだとはらはらしながら木村先輩を見守る。一通り話し終えたらしい木村先輩は自分の携帯電話をすっとこちらへ差し出した。
「ほら」
「はい?」
「宮地。代われって」
「いやです」
「いいから」

そう言った木村先輩に半ば強引に携帯を握らされる。突き返そうとするも木村先輩は頑として受け取ってはくれなかった。こうなってしまっては仕方がないのでおそるおそる携帯電話を耳元に当てた。

「も、もしもし…」
「おっまえいきなりドコ行ってんだよ」
「ごめんなさい、つい」
「ついじゃねーよバカ、ドバカ」
「うう、ところで先輩いま私の家にいますか」
「いるわけねーだろ」
「ですよね、それではそろそろ私も帰、」
「みょうじ」
「は、はい?」
「俺はオメーの機嫌取りのためにあんな事言ったわけじゃねーからなバカ」
「……そ、うですかそれは良かった」

本当に良かったと思う。それなのに、素直に喜べないのはなぜなのか。なにかが奥で引っかかる。このもやもやと晴れない気持ちは一体、何なんだろうか。宮地先輩は一瞬黙ってから、じゃあ大人しく帰れよと言って電話を切った。それは、良いんだけど。…なんなんだ、これは。今も相変わらず宮地先輩のことが好きで好きで堪らないことだけは確かなのだけれど。それは、変わらない、けど。

「どうしたみょうじ」
「あ、いえ…今日はありがとうございました」
「もう大丈夫なの?」
「大丈夫だよみっちゃんありがとう」

この二人には本当に感謝している。ただこのもやがかかった感じはきっと私の気持ちの問題で。ううむ。
まあ、それはさておき。二人との別れ際に結構前から聞きたかったことを言ってみることにする。

「二人って付き合ってるの?」
「ばばばばか何いってんだよみょうじ」
「そ、そそそうよなまえなにいってるの」

嘘をつくのが下手すぎると思った

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