夏というのは、本当に天気が変わりやすくて。晴れていたのがいきなりゴロゴロピッシャン!と雷になったりはよくあることだ。だからといって私はそれほど雨も雷も苦手というわけでは無い。体育館にいるときだとか、家にいるときだとかは全く何が降ってきても構わないのだけれど。
…ちょっと、待って。

「雨?」
「降ってきたな」
「雷?」
「鳴ってるな」

私の問いに宮地先輩は淡々と答える。どうしてそこまで冷静なんだろうか、この人は。先ほども述べた通り私は雷なんてへっちゃらだ。しかしそれは屋内に居るときに限るのだ。だって今は部活が終わって帰る途中なんだから。屋外なのだよ、と思わず緑間口調になりつつ隣に立つ先輩を見上げる。段々と降ってくる雨の量が多くなっていくことに不安感を覚えた。ずぶ濡れになるのは避けたい。傘、と思えど生憎それはこの間壊したばかりだった。どうしましょう、と宮地先輩に助けを求めようとしたところで。

「こっち」

ふいに手を引かれて走った。ばしゃ、と跳ねる水しぶきに気をとられていると転びそうになる。後ろの方で鳴っている轟きから逃げるようにして駆け込んだのは公園の屋根下だった。店があれば良かったのだけど一番近かったのはこの公園のようで。私たちが一息ついた途端、雨と雷はより強くなった。間一髪か、と思いつつ少なからず私たちも濡れているので何とも言えない。ああ、でも雨に濡れる宮地先輩もえろい。エロチックで…ああこれは放送できない。この宮地先輩は誰にも見せられない。宮地先輩は本当に罪深い男だ。うんうんと頭を抱える。そんな私を見て頭でも痛いのかと心配されて更に頭を抱えた。

「えろい上にイケメンな発言なんて」
「おい本当に大丈夫か?頭」

心配しているようで馬鹿にされている言葉を聞いて我に返る。しかしこんなえろい宮地先輩をこれ以上外に居させるなんて、ああ、駄目よ!もし通りかかった女子大生のおねえさんに見られたりしたら。私がまばたきしている間に宮地先輩が攫われてしまうに違いない。大変だ、どうにかしないと…。悶々としている私をよそに宮地先輩は荷物をごそごそ漁っている。何を、と言いかけたところでふいに頭に違和感を覚える。宮地先輩が置いたらしい。何かと思って手にとってみれば部活用のタオルだった。

「それ使ってねーやつだから」

髪拭いとけ、とタオルごと私の髪をわしゃわしゃ。自分の髪型が悲惨なことになっていく。何てことを!と思いながらも宮地先輩の優しさに触れられて嬉しい気持ちもあって、だ。ああ、駄目だ!こんなにえろくてイケメンで優しさもある宮地先輩をこれ以上外に出しておくわけには…。もう宮地先輩以外の人間を思い出せないぐらいに私の脳は先輩一色になっていく。その時、一際大きな雷鳴が響いてびくりと身体が震えた。…いや、怖いんじゃなくてね。
「えっお前、雷」
「怖くないです」
「そうか怖いのか」

だから、違ってば!と思わず素になって言う。宮地先輩は相変わらずケラケラ笑うだけなのだが。しまいにはほら、なんて私に腕を広げて見せる始末。
「せんせい宮地くんが馬鹿にしてきます」
「馬鹿にされるのは慣れてるだろ」
やはり馬鹿にしていたんですね!ええいもう自棄だ!タックルをかますかの如く宮地先輩の腕の中に飛び込む。最近は何かと宮地先輩の腕と触れ合う機会が多い。優越感たっぷりである。ぎゅうと宮地先輩に腕を回す。さあ宮地先輩は一体どんな反応をしてくれるのか、と顔をあげようとした時。

「…なまえ?」

とっても聞き馴染みのある声だと思った。そりゃそうだ。

「…おっ、お母様…」

ついつい柄にもない呼び方をして。ふと気づけば宮地先輩の顔が真っ青になってた。



「もうびっくりしたわよ、傘を持って行ってあげようと思ったらあんなところに居るなんて」

おかあさんに促されるまま私と宮地先輩は家の中に。大事なことだからもう一度言うけれど、宮地先輩も一緒に家の中、だ。言わずもがな家というのはもちろん私の家で。これは、ちょっと…どうなんだろう。しかもおかあさんにはばっちりと先ほどのハグを見られている。…ハグ?いや、まあそれは良いとして…。

「本当いつの間にこんな格好いい彼氏作ったのよ」
「おかあさんすっごく残念な勘違いしてると思うの…」

おかあさんの勘違いを解こうとするも当の本人は私たちにタオルを渡すなりさっさと奥へ行ってしまった。部屋に案内してあげなさい、という言葉だけを残して。ああ困った。私の部屋なんかに宮地先輩をお連れするなど…恐れ多くてできない。かといってこのまま此処に立たせるわけにもいかず。仕方がない、ここはもう腹を括るしかないのだ。いけ、なまえ!宮地先輩の身体が冷えて風邪を引いてしまったら大変じゃない!あっ私が看病するというのもありだけれど、じゃない!

「す、すみません先輩…犬小屋のようなところですがどうぞお上がりください」
「自分卑下しすぎだろ」
「私の部屋にお連れしますがベッドの下にエロ本なんてありませんから探さないでくださいね!」
「しねーよ焼くぞ」

宮地先輩のツッコミに満足しながら部屋の中へ。辛うじて整理してあった部屋に安心した。感心したように部屋を見回す先輩に何だか恥ずかしい気持ちになる。ああ、これが逆の立場だったなら良かったのに!宮地先輩の部屋。行ってみたい!ああ、どうしてよりによって私の部屋なのでしょう神様。宮地先輩と二人きりという状況にはとても感謝しているけれど。あれ、というか何で宮地先輩を部屋にあげてるんだっけ。そう思ったとき外が物凄い勢いで光ったのでああ雷かと納得した。落ち着け、私。

「ええと、温かい飲み物でも持ってきますね」
「零すなよ」
「こぼしません!ちょっと待っててください」

使命感たっぷりで部屋から出る。キッチンまで行くとおかあさんがいた。ああ、そうだ。おかあさんの誤解を解かなければ。と、一通りおかあさんに宮地先輩のことを話す。絶賛片思い中ですとは言わなかったけれど。それを聞いたおかあさんは意外そうにあらそうなの、と呟く。とりあえず誤解が解かれたことに安心してお湯を用意する。それを見かねておかあさんはカップを出しながら再び口を開く。

「でも好きなんでしょう」
「…はずかしいな!やめてよ」
「分かりやすいから」

悪戯っぽく笑って、でも意外だわ、と付け加える。何が意外なのか首を傾げる。

「なまえはあの子と付き合ってるのかと思ってたわ、ほら、なんて言ったかしら…中学のときの」
「花宮のこと言ってるの?」
「そう、その子。仲が良かったでしょう?」

おかあさんは鋭いのか鈍いのかよく分からないな、と思う。あれのどこを見たら仲が良かったのか…。一緒に居る、否、居させられたときは多かったけれど。少なからずショックを受ける私に気づかないおかあさんはとにかくそいつの話を続ける。あの子すごく良い子だったわよね、とか、今はどこの高校にいってるの、とか。もうおかあさんが花宮と付き合えば良いんじゃないか、なんて思考回路がおかしな方向へ。ああそれじゃあ私のおとうさんが花宮に!地獄!やめよう。

「それにしてもすごい雷ね。当分やまないかもしれないわ、宮地くんには泊まっていってもらったらどう?」
「笑えない冗談やめてよ」

あらごめんなさいね、と微笑みながら。…まったくこの人は。お盆にカップを2つ乗せて足早にこの場を去る。おかあさんと恋愛の話になると大変なのだ。できるだけ避けようと思っていたのに。はあ、と疲労感をひしひしと感じて溜め息をつく。自分の部屋の前まで来て、ふと気付く。
…両手が塞がっていてドアが開けられない。
「あけてください」
言ってから数秒後。がちゃんと開いて。
「一旦置けよ」
「そういう手もありましたね」
「バカか」

もうバカでいいや…、と半ば諦めてくるのも無理はない。宮地先輩が開けてくれたドアを通過しやっと部屋の中へ。熱々の飲み物を宮地先輩に渡しながら先輩が猫舌だったら可愛いなと思う。かくいう私は典型的な猫舌である。私が猫舌でもひとつも可愛くないのに宮地先輩が猫舌だとすごく可愛い。この差はなんだ…。ただしイケメンに限る、というやつなのか。羨むような目で宮地先輩を見る。すると宮地先輩はその長い人差し指である一点を指差した。疑問に思いつつその指の指す先を追っていくとそこには一つの写真立てがある。

「中学のときのやつか?」
「あ、ああ…そうです、けど」

ふうん、と言うとひょいっとその写真立てを手に取られる。ああ、やめてぇ…と情けない声が漏れる。なんでこんな写真飾ってあるんだ、ああ、恥ずかしい。中学時代のまだ幼さが残った純粋な私を見られるなんて!しかもそれは部活の数人で撮ったものではないか。確か、私が二年のころの。…ああ、そうだ。三年の引退を祝った会で、
「ああっ!」
あることに気付いた私は咄嗟に叫び、宮地先輩の手にある写真を奪おうと、した、が。
「…ん?こいつあれじゃねえか、悪童」

そう。そうなのだ。あの時、私は。三年が引退する、つまり花宮が引退する!と喜び転がり、テンションが天まで届くほど上がりにあがった私は。その時の妙な勢いのまま花宮と写真を撮ったのだ。これでおさらばだ、と信じて疑わなかったからこその行為だったのだけれど。何故かおさらばできなかったわけだけれど。
ああ、黒歴史とはまさにこのこと!必死に先輩から写真を奪おうにも身長差というやつは容赦がない。もうすべてはおかあさんのせい。きっとこの写真だって私が引き出しの中に封印しておいたのをわざわざこんなところに!飾ったに違いない!

「先輩のえっち!やめてくださいぃ」
「へぇ悪童と同中だったのか」
「先輩の変態!返してください!ってば!」
「…ひょっとして、」
「先輩のドルオタめ!早く返して、くだ」
「元カレ」

数秒沈黙があった後、

「先輩なんかもう嫌いです」

そんな私の声はこの部屋によく響いた。
そんなこと言われたく無かったのに。嫌いなんて言いたくも無かったのに。何だか無性に気持ちが沈んだ。先輩にだけは、そう言われたくなかった。いや、確かに勘違いされてもおかしくない写真だけど。私だって、わるい。でも、そんなの。無いんじゃないの。
じわりと涙が浮かぶ。それをぐっとこらえて、宮地先輩を見据える。宮地先輩はいつもより何だかひどく冷たい目をしているようにも見えた。それを見てまた涙が零れそうになる。

「嫌い、宮地先輩の、腹黒やろう…」
「…あっそ」
「一生アイドルの追っかけしてれば良いんだ…」
「でも俺はな」
「それでアイドルとの叶わない新婚生活の妄想でもしてれば良いんです…」
「おまえのこと」
「みっちゃんとの新婚生活を送る木村先輩に哀れんでもらえば良、」
「好き」
「は、」
「だよ」
「は」

は?
なんて馬鹿みたいな声しか出せず。

「…は?」
「お前それ何回言うんだよ」

先輩こそなに言ってるんですか。

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