「弱っ」

信じられんとばかりに歪められた宮地先輩の目が私を捉えた。そんな蔑んだ目をしなくたっていいじゃないかと思いつつ私の手元にただ一枚だけ残ったジョーカーカードを見つめる。…そう、ただババ抜きなるものを三回ほどやって見事全敗しただけのことで。それに宮地先輩だって一回も一抜けをしていないではないか!有り得ないほどババ抜きの強さを見せつけたのは何とみっちゃん。三回やったうち全て一抜けである。とんでもない実力だった。

「今日は調子が悪かっただけです!次こそは勝ちます」
「お前それ何回目だよ。それ言ってて全敗したんだろ」

うぐっ。宮地先輩の的を射た突っ込みが私に容赦なく突き刺さる。効果は抜群だ!私が戦闘不能になったことにより私と宮地先輩とみっちゃん、そして木村先輩による四人のババ抜き大会は幕を閉じた。ああ悔しい!罰ゲームだなんだと私の腕に落書きをしていく宮地先輩はとても昼間のバスケ命だった男とは思えない。しかしそのギャップは私の心を射抜くには十分な威力だった。きゅきゅっと腕に猫ともたぬきとも言えぬ落書きを施されながらも恍惚な表情をする私に木村先輩はドン引きしている。なにか勘違いされているような気がする…。いや、それにしても

「宮地先輩って絵描くの下手なんですね!可愛い!」
「おーい木村、トラック貸して。出来るだけスピード出るやつ」

可愛い!と言った勢いでつい宮地先輩に抱きついてしまった、けど。意外にも宮地先輩はそれを気にする様子もなくいつも通り物騒な言葉を吐いている。おや、これはどういう風の吹き回し?と思うのは私だけではないらしい。みっちゃんは口元に手を当て固まり、木村先輩は宮地先輩の呼び掛けに答えようにも答えられず幽霊でも見ているかのような目をこちらにやっている。恐る恐る宮地先輩の表情を伺おうと顔を上げてみた瞬間、ぐっと先輩の腕が首に回って、えっ

「なっんでお前はどさくさに紛れて抱きついてんだ」
「うっああ!ごめ、ごめんなさい!!」

ぎぎぎ、と物凄い力で抱き締められる。苦しくて痛いのだが、そんなことよりもだ。宮地先輩の温もりが痛いほど伝わってくるこの状況に私はもうどうしたら良いのかさっぱりわからない。ええと、これは一体どういう…。もし無意識でやってるんだとしたら、嗚呼!どうしよう!
もう苦しいやら嬉しいやら恥ずかしいやらで気を失いそうになった頃、いつの間にやってきたのか緑間の声がやけに大きく響いた。

「みょうじ、携帯が鳴っているのだよ」

さすが空気を読めない男、緑間はこの状況になんの疑問も持たずそう言った。助かったと思いながらも少し残念だと感じてしまったりして。緑間が来たことによりぱっと私を離した宮地先輩を見かねて素早く立ち上がる。火照る頬を手で冷ましながら鳴っている携帯を拾う。その画面に映る名前を見ればさっきまでの熱は一気に冷めていくわけで、私は携帯を抱えたまま部屋を出た。後ろの方で宮地先輩が緑間に蹴りを入れてるのが見えたけど、ああ不憫な緑間。そして私も、負けず劣らず不憫なのだ。

「はいもしもし」
「ツーコール以内に出ろって言ってんだろがノロマ」

廊下に出て通話ボタンを押した直後にこの暴言。やはり先程までの気持ちの高ぶりはとんでもない勢いで吹っ飛んでいってしまった。しかもツーコール以内ってそんな…暴君にも程があるって話だ。まあ今更この男、もとい花宮に何を言ったって無駄だという事は分かり切っている。あ、いやでも…この間みっちゃんと約束したんだった。花宮をどうにかするって。具体的にどうしたら良いのか未だによく分かっていないんだけど、ううむ。それにしても何で急に電話なんて掛けてきたんだろうか。

「どうしたんですか花宮先輩」
「別に」
「…切ってもいいですか」

あぁ?とドスの利いた声で返されてしまっては仕方がない。用も無いのに電話を掛けてくるなんてお前は彼女か、と突っ込みたいのを抑えて…。まあ花宮の考えていることが理解できないのは今に始まったことではないのでこの際気にしないでおこう。とにかく、今は改めて花宮としっかり話す機会を作らなくては。私のマネージャー業も無くこいつの部活も無い日なんてあるものなのか不安で仕方ないけれど。ああ、なんだか緊張してしまう!

「オイ」
「あっ、ちなみに今はマイダーリンとお泊まり中ですので申し訳ありませんが花宮さまの命令を承ることはできませんよ」
「ああ、合宿か」

何故分かった。
少しくらい彼氏とお泊まり?邪魔しちゃってゴメンとかちょっとくらい騙されてくれても良いじゃない。やっぱり花宮は天才の様子。ああそんなことより話をする機会を…、と焦ってみても普段から私のほうから話を切り出す事なんて無かったから何と言っていいものなのか…。今思えばそうやって逃げ続けてたことが原因だったのかもしれない。でも、宮地先輩のことを思えばどんな困難だって乗り越えられるような気が、しないでもない。いや、乗り越えられる!そう信じて私は。

「花む、みや先輩」
「噛むな」
「すみません、じゃなくて…。今度、いつ空いてますか」
「…………は?」

たっぷりと間を置いて、花宮は意味が分からないといった声をあげた。電話越しにでも今あいつがどんな顔をしているかが分かる。何だかちょっと面白い。

「話があるんです」
「……気持ち悪ィな」

怪訝そうな声色で言う花宮に少し同意する。私だって花宮にいきなり話があるなんて言われたら警戒するもの。それでも何とかして私はちゃんと話をする場を設けたいと思っている。花宮だって、話をすればほんの少しぐらい、分かってくれることがあるんじゃないかって。思ってしまうわけだ。想像もつかないけれど。でも私は何とかしたい。きっとこのままでは駄目なのだ。私の意外な発言に何やら興味を持ったらしい花宮は少し考えるようにしてから、再び口を開いた。

「来週の日曜、夜の七時」
「…え、あ」
「場所は前のファミレス。いいな」
「は、はい」
「遅れたらはっ倒すぞ」

そんな脅しを聞き身体を強ばらせているうちに電話を切られた。結局本当に何も用が無かったらしい。なんという人だ。今日のところは目的も果たせたことだし良しとするけれども。何にせよ来週の日曜、ね。夜の七時なら猛ダッシュで急げばなんとか間に合うだろう。とにかく忘れないように、とふと自分の腕を見たときに宮地先輩が書いた猫?いや、たぬき…まあそんな生き物の絵が目に入って思わず和んだ。はあ、でもちょっと素敵じゃない。好きな男の人のために魔王に立ち向かっていく女なんてさ!
「みょうじ?」
そんな妄想の世界から引き戻すように名前を呼ばれはっと我に返る。振り返ればそこには飲み物を二本持った木村先輩。どうせ宮地先輩に頼まれて買ってきてあげたとかそういうことだろうと一瞬で察した。

「ああ、木村先輩。お疲れさまです」
「あ、ああ…。今まで電話してたのか?宮地が苛立ってたぞ、遅いって」
「はは、それは恐ろしい…」

何げに木村先輩と二人きりで話す機会なんて無かったものだから少し気まずい。話す話題がないというわけではないけれど。…そう、私はずっと木村先輩に聞きたかったことがある。しかしそれを私が聞いてもいいのか分からずに、ずるずると引っ張って今に至るのだ。せっかくのチャンスだし聞いてみようかと口を開きかけたところで木村先輩が先に言葉を吐いた。

「随分仲良くなったんだな、宮地と」
「…え?ああ、まあ…私が勝手に押しかけてるだけですけどね」

むしろ女とさえも見てくれていないような気も薄々している。あはは、と乾いた笑いを零す私に木村先輩はそうか?なんて首を傾げた。どうせ宮地先輩からいろいろ聞いているんでしょう木村先輩は!まったくみょうじは俺に襲いかかってくる獣みたいでさぁ、とかそういう会話をしているんでしょう!そんな知らないフリしたって遅いんですからね。もう木村先輩がその気なら私だって容赦はしない。もうこの機会に聞いてやる!

「どうしてみっちゃんの告白を断ったんですか!」

問いただすように強気で投げかけた私の問いに、木村先輩はあからさまに動揺した。ずっと聞きたかったんだ、これは。だってあのみっちゃんなのに、木村先輩だってまんざらでもないような感じだと思っていたのに。どうしても納得がいかなくて。聞かずにはいられなくて、ついに聞いてしまった。木村先輩はどう返すのかな。じっと木村先輩を見つめる。少し照れるように、居心地が悪そうにした木村先輩は一旦息をついてから言う。

「あれは振ったんじゃないんだがな…」
「え?」
「もっとちゃんとした場で、俺の方から気持ちを伝えたかったんだ」

だから、部活がキリのいいところまで進んだら、と続ける木村先輩に構わず私はこみ上げてくる感情を堪えきれすに叫びながら部屋へと駆け出した。

「木村先輩のカッコつけー!!」
「おい!!」

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