「こんにちは黒子くん」
「毎回よく飽きませんね」

ええ、それはもちろん黒子くんに会いたいからです。
ところで今日は本を持ってきていないのですね。これは私と真剣にお話をしてくれる、という意思表示なのでしょうか。
とても大きな進歩です。今なら屋上から飛び降りても無傷で帰ってこれそうな気がします。本当ですよ。
頬杖をついたまま私をじっと見つめる黒子くんの熱い視線に射抜かれそうですが、私は負けません。
なんだかいつも黒子くんと本はセット、というイメージがあったので今日はそれが無くて新鮮ですね。
ああ、それはそうと今日のお話ですけれど、黒子くん。

「キスの格言、って知ってますか?」

元はオーストリアの劇作家であるフランツ・グリルパルツァーの『接吻』の台詞なんだそうですけれど。
キスをする場所によってその相手への感情とかが示される、ということらしいです。
私の言葉に珍しく首をかしげる黒子くん。その仕草をカメラに収めておけば良かったと激しい後悔の念に駆られます。
でも、黒子くんはキスの格言をご存知ないようですね。それなら、そうですね…。

「黒子くんは、もし恋人にキスをするなら、何処にキスをしますか?」
「…普通に考えて唇、でしょう?」

そうですね。唇へのキスは愛情のキスです。恋人には愛がありますから当然ですよね。
でもこのキスの格言が面白いのはこれからなのです。
私の目を見据えたままの黒子くんに少し笑って見せてから、言葉を続けます。

「さっき言ったように、唇は愛情です。そして後は、何処があると思いますか?」
「そうですね…」

じろり、と黒子くんはその綺麗な瞳に私を映しています。
私からキスの場所を探すなんて黒子くんも大胆ですね。嬉しいですけれど。
ふむ、と考える黒子くんは静かに落ち着いた声を吐きます。

「額、とかでしょうか」

額。それは友情のキスです。
もし私をその目に映して額を連想したのなら、きっと私は黒子くんにとってまだ友達の枠の中にいるということになりますね。多分。
それは少し残念ですけれど、まだまだこれからだと思うのでめげないで頑張ろうと思います。

「でも日本じゃ友達であっても額にキスなんてしませんよね、だからこれが全て日本人に当てはまるかどうかはよく分かりませんけど」
「…そうですね。日本は何処にキスをしても全て愛情になっていそうですから」
「まあ、向こうの国では挨拶としてキスがされますからね。文化の違いがありますよね」
「頬にするんですよね、向こうでは」

はい、そうです。頬へのキスは満足感のキス、ということになっています。
それを聞いた黒子くんは少し考えるようにしてから再び口を開きました。

「挨拶として満足感を表すんですか」
「うーん、どうなんでしょう。会えて嬉しいですよ、っていう満足感でしょうかね?」

へえ、と納得する黒子くんに詳しくは分かりませんけれど、と付け加える。
どちらにせよ、もし私が挨拶の勢いで黒子くんに頬にキスを落とされたときには昇天確実です。
日本で良かったと思います。あ、でもキスしてもらえることはすごく嬉しいと思います。
黒子くんからのキス、なんて夢のまた夢ですけれど。
いつかはしてもらえたら、ということを目標に私は生きます。

「ちなみに手の上は尊敬のキスだそうです」
「ああ、それはよくありますよね」

でも、どうして唇をつけるという行為がそんなに大きな意味になるのか不思議ですよね。
愛情を表すのだって、唇じゃなくても良かったのではないかと思います。鼻とかじゃ駄目だったのかな。
まあ、昔からの言われで唇と唇、というのは大事なことだってもう染み付いていますけどね。
考えてみるとなぜ唇なのかと疑問に思うことがあります。
まあ、こんなこと考えたって何の意味もないんですけれど。

「そして面白いことに手のひらへのキスは懇願のキスらしいです」
「懇願、ですか」
「ええ、お願いするときに手のひらにキスをするということでしょうか」
「恋人ならまだしも、ただの友人にそうお願いしたら流石に引かれますね」

そう言う黒子くんは火神くんにでもそうするつもりなんでしょうか。それは許せません。
明日にでも火神くんのペンケースの中にセミの抜け殻を大量に入れてあげようと思います。
あ、ちなみに私は黒子くんからそんなお願いの仕方をされたら何だってやってみせる自信があります。

「本当に何でも?」
「……あ、冗談です」

さすがに私にも限界というものはありますからね。
ちょっと私の天使黒子くんが名前のごとく黒く見えましたがあれはきっと目の錯覚ですね。
さて、気を取り直して次にいきましょうか。

「閉じた目の上が憧憬のキスです」
「瞼の上ってことですか」
「そうですね!私はこのキスはすごく綺麗なイメージがあります」
「キスに綺麗汚いがあるんですか」

汚い、というか。瞼の上にキス、っていうものがすごく神聖なものに見えるんです。
それで憧れを表すだなんて、ますます素敵だと思います。
ちなみにせくしぃで良いなと思ったキスの場所は腰です。
他の本で見ましたがこの腰へのキスは束縛を意味するみたいです。
かと言って私が束縛したいされたいという望みを持っているわけではないのでよろしくお願いします。

「それと、腕と首は欲望だそうですよ」
「…へえ、そうなんですか」
「ちなみに黒子くんは私にキスしたいところがありましたか?」

なんて、冗談のつもりなんですけれど。
また黒子くんの鋭いお言葉をいただくんだろうと覚悟していましたが意外なことに、黒子くんは真剣にふむ、と考えています。
あれ、これはどういう風の吹き回しでしょう。すこし興味が湧きました。静かに黒子くんの答えを待とうと思います。

「…そうですね、敢えて言うなら」

背中。

「今までになかった場所ですけど」
「ああ、黒子くん。言い忘れていましたけれど、最後にこういうものがあったんです」

さてそのほかは、みな狂気の沙汰。

「ふ、それは面白いですね」

黒子くんが綺麗に笑っています。
でも何故だか、彼のいつもの穏やかな表情とは違った、何か黒いものが見えたような気がします。

「あながち間違ってはいないかもしれません」
「え?」
「なんてね、冗談です。それじゃあ僕はこれで」

最後にいつものように柔らかく微笑んでから、黒子くんは行ってしまいました。
…あれ、なんだか今日の黒子くんはいつもと違った感じがします。気のせい、でしょうか。
黒い、というか、小悪魔というか…ああ、そう、せくしぃ、と言えば良いんですかね。
そう、せくしぃでした。今日の黒子くんは、せくしぃ。
あ、それと今思い出しましたが、背中へのキスは確認を示す、と何処かにありました。
確認、というのなら黒子くんは私に何を確認したいんでしょうか。
今度聞いてみようと思います。
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