合宿先の宿に着いた。
思った以上に建物は古びていて、心の中で少しだけ落胆してみた。…なんだ、宮地先輩とのラブラブな一夜を期待したのに。なんて馬鹿なことを考えながら早速みっちゃんと共に練習の準備へ取り掛かる。急ぎ足で宿の中へ入るとどことなく奥の方から声が聞こえた。先客だろうか。こんな外れた宿屋に泊まりにくるなんて、やはり私たちと同様にどこかの部活の合宿なのかもしれない。合宿での荷物をこんもり抱え歩きながらそんなことを思った。
「ねえ、なまえ」
既に荷物を運び終えたらしいみっちゃんは空のカゴを両手に持ったまま私へと声をかけた。大量の荷物を抱えているおかげでみっちゃんの姿はあまりよく見えないがその声だけを頼りに何、と返すとみっちゃんは少しだけ言いにくそうに言葉を詰まらせながら。それでもしっかりとした声調で、口を開いた。
「さっきの話の続きなんだけど」
「さっきの話?」
「バスの中で話したこと」
バスの中…とは。花宮のことを悪魔に喩えた話だったっけ。なぜその話を今になってぶり返すのかみっちゃんの真意は分からないけれど、彼女がとても真剣な面持ちだったのでとりあえず耳を傾けてみることにした。ありったけの荷物を無理に抱え込んだおかげで歩くたびにぼろぼろと荷物が落ちていく。それを拾い集めていくみっちゃんに感謝をしながらも。

「さっきはどんなことがあっても宮地先輩に一直線ななまえが良いって言ったけど」
「うん」
「でも、やっぱりその”なまえの命を狙ってる悪魔”のこともちゃんと考えてあげるべきだと思う」

滅茶苦茶なこと言ってごめん、そう付け足してみっちゃんは苦い笑みを浮かべる。そのなんとも言えない表情に思わず目を丸くした。…やっぱりみっちゃんって優しい子。的はずれなことを思いつつ、心配げな目をしたみっちゃんに頷いて見せる。私がヤツのことを考えたところでどうにかなるような、そんな簡単な問題ではもはや無くなってきているとは思うけれど。頷いた私にみっちゃんは安心したのか、先ほどより柔らかい笑みを浮かべ、良かったと言う。ああ、難しいことなんて苦手なのに。

「あっ、宮地先輩のことを好きじゃなくなれって言ってるのとは違うからね?これは誤解しないで!」
「うん、ありがとうみっちゃん」
「う、うん…じゃあ私、先に行ってるから!なまえもそれ置いたら早く来てね」

申し訳なさそうに体育館方面へ小走りで行くみっちゃんを見送りながら、自分の仕事へと戻る。…ええと、ここの部屋に一旦ぜんぶ置いておけば良いんだっけ。まったく中谷監督もマネージャー使いが荒い。仮にも女子だというのに、こんな大荷物を持たせて。メンバーもメンバーで、一人で大丈夫かと気遣ってくれたのは木村先輩だけという…悲惨な…。まあ、木村先輩も心配したのは私ではなくみっちゃんという…大惨事…。いや、いいんだ。宮地先輩の場合、きっと心の中ではとっても心配してくれているんだ。そうに、違いない…。……。
だんだんと宮地先輩への信頼度が薄れていくのを感じながら重たい重たい荷物をどさりと下ろす。とんでもない重量から解放されて今なら飛べそうな感覚に浸って。
「……」
…しかし、だ。
あんなに憎くて恐ろしくてたまらない花宮だけれど。あそこまでみっちゃんにお願いされてしまっては、無下にもできないわけであって。散々な目に合わされ何度も泣きを見た私としてはとても、非常に不本意なのだが…みっちゃんのお願いだから、仕方なく。飽くまでも、仕方なく。近いうちに、そう、私は本当は絶対に嫌なのだけど、仕方がないから近日中に。
「あの」
ヤツと、しっかりと話をしてみよう。前みたいに険悪なムードにならないように、気をつけて。なるべく普通に話をしよう。言われてみればいつも私の方から尖って花宮と自然に会話をしようとしたことが、あまりなかったような気がする。次は私も宇宙のように寛大な心を持って接してみることにしよう。
「…あの、」
そうすればきっと、花宮とも分かり合える…気が(3パーセントぐらいは)する。何だか今からすごく緊張してきた。殺されないと良いなあ、なんて他人事ではないことを考えてみる。いや、でも。もうそろそろ逃げないで話をつけなければならないのだと思う。いつまでも逃げてばかりでは、宮地先輩との幸せな家庭は築けないと!私は、そう!気づいたのだ!
「あの、すみません」
「ギャアアア」

背後から突如聞こえてきた声に、思わず背筋を凍らせて叫んだ。だ、だって、今まで何の気配も無かったのに、そんな、突然こんなに近くから声がするなんてどう考えたっておかしい。ああ確かにここはとても古い宿だし少しは出るかもとは思っていたけれどまさか本当に幽霊が出るなんて!混乱に混乱を重ねたような頭で何とか背後の幽霊を視界におさめる。少年の幽霊、らしい。いや、それにしてはやけに実体がはっきりとしている。…それに、この顔、…何処かで?

「あの、驚かせてしまってすみません」
幽霊が喋った。とても落ち着いた穏やかな声をしている。
…あ、違う。この人、緑間と同じ中学校の…ええと。確か。

「セイレーンの」
「誠凛です」
「白子くん」
「黒子です」
「ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」

私のとんでもないボケ具合にも冷静に対処してくれ、その上なんのお怒りもなく受け流してくださった誠凛の黒子くん。そうだ、私もこれぐらい広い心を持たなければいけないんだ。見習おう。…いや、待てよ。どうして誠凛の黒子くんがここにいるんだろうか。バカンス?一人で?いやそんな馬鹿な。バカンスや旅行ではないとすれば、もしかするともしかするのか。

「誠凛も合宿で?」
「ああ、はい。秀徳もなんですよね」
「うん、でも黒子くんはこんなところでどうしたの」
「道に迷いました」

道…?と、首をかしげつつもとりあえず黒子くんが迷ったということだけは把握した。こんな単純な作りになっている宿で迷う人なんているのかと半ば感心する。案外黒子くんって抜けてるんだなあ。緑間も黒子くんを一目置いてるしこの間のインターハイの予選でもすごい活躍をしてみせたから、どんな気難しい人なのかと思いきや。私の、ごほん、うちの宮地先輩のほうがよっぽど気難しかった。

「体育館に行くには、どこから行けば良いんでしょうか」
「ああ、体育館ならあっちから行けばすぐ着くと思うよ!」
「そうですか。ありがとうございます」
ぺこり、と丁寧にお辞儀をしてから踵を返す黒子くん。あれ?でも体育館って、秀徳のみんなと同じところを使うってことだよね。もし合同練習とかそういう展開になったとしたら私はもう笑ってしまうけれど。
ああ、それよりも早く宮地先輩の練習姿を拝まなければ!この合宿でラブラブな雰囲気は望めなくとも、私は宮地先輩の姿が見れるだけで満足!それなんていうストーカー?なんて突っ込みはお呼びではないのです。先に進んだ黒子くんの後を追って走ると、黒子くんが少しこちらに目を向けて思い出したように口を開いた。

「そういえば、合同で練習試合をするとかって言ってました」
「えっ!?」



「先輩!私は感激しました!まさか今日、今からここで宮地先輩の試合に励むお姿を見れるなんて!中谷監督と誠凛の皆さんにはもう何と感謝を伝えれば良いのか…!」
「お前どこまで荷物運びに行ってたんだよ」
「宮地先輩と一緒ならどこまでも!」
「何か急に言葉のドッヂボール仕掛けてきたんだけどみょうじ」

諦めろ宮地、と木村先輩が残念そうに宮地先輩の肩を叩いている。私が体育館に入ってくるやいなやそんな顔するなんて宮地先輩は照れているんですか?それとも素ですか?いいえ今の私にとってはどちらであれど些細なこと。宮地先輩の試合姿を見れるのなら、私は。
そう、私は宮地先輩が好き。バスケ一筋で懸命に頑張っている姿が、とてつもなく好き。だから、私はアイツを止めよう。

「頑張ってくださいね宮地先輩」
「……、ったりめーだバカ」

宮地先輩は一度何かを考えるような間を置いてから、私の頭を乱暴に叩いてコートへと行った。ああ、宮地先輩のこの最後の一年が素晴らしいものでありますように。


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