昨日の遊園地の観覧車内で、みっちゃんは宣言通り木村先輩に告白したらしい。それなら、じゃあもう二人は、と思ってみっちゃんの顔を見上げればみっちゃんはすごく困ったような顔をしていた。その雰囲気に引っ掛かりを感じつつ恐る恐るどうだった、と訊けば、振られちゃった。と、言うので。最初こそは何の冗談かと思ったけれど、みっちゃんのどうにも言えない表情に思わず言葉を飲んだ。何だか自分が今までしてきた行為がいけなかったように思えて仕方がなくて唇を噛む。それでもみっちゃんは飽くまでも優しかった。協力してくれてありがとうねって笑って、泣かないみっちゃんの代わりに泣いた私の頭を撫でる。…何で、こう、うまくいかないのかなぁ…。

「みっちゃんは優しいから何も言わないけど、きっと悲しかったですよね」

部活の帰り道を歩きながらぽつりとつぶやく。私の隣を歩く宮地先輩はその言葉を黙って聞いていた。いつもなら宮地先輩と帰れるということ自体に浮き足立っているに違いないのだけれど今日はそうにもいかなかった。…まぁ、昨日の宮地先輩の観覧車内での行為も少しは原因のひとつでもあるけれど。とにかく今は、みっちゃんに対して申し訳なくて顔を上げることさえも億劫になる。私が告白までを急かしてしまったから、私が余計なことまでしてしまったから。だからみっちゃんは振られてしまったのかもしれない、なんて考えてはぎゅっと胸が締め付けられる。何で木村先輩は断っちゃったんだろう、と譫言のように言う私を一瞥した宮地先輩はぱたぱたとシャツの中に風を送り込みながら歯切れ悪く言った。

「…まあ、木村なりに思うことがあったんだろ」
「思うこと、ですか」
「おう、少なからず木村はあいつのこと好きだよ」

え、と顔をあげた私に先輩は多分な、と付け加えた。好きなのに、断るの。私には理解し得ない行動に頭を抱えた。好きならそれで良いんじゃ、ないのか。私は今までずっとそうしてきたのに。…やっぱりみんなはいろいろたくさん考えてるんだなぁと改めて思ってはやるせない気持ちに至る。木村先輩は木村先輩なりに考えた結果がこれだったってことなのかな。よく、分からないけど。そんな私を見かねた宮地先輩ははあと呆れたため息を漏らしながらまっすぐ前を見つめて口を開いた。

「木村はとにかくバスケ馬鹿だからな」
「先輩も人のこと言えませんけどね」
「轢くぞ。…と、まあ、バスケより大切なもんを作りたくなかったんだろ、今は」
「………」

バスケより大切なもの。…もしみっちゃんの告白を受けて、恋人になったら。みっちゃんという彼女は今彼が一番大切にしているバスケより、大きな存在となってしまうから。それは、いまの木村先輩にとって、なってはいけないことだと思ったから。だからそうなる前に断った。…そういうことなのだろうか。それなら、分からないこともないけれど。今は、ってことはもし部活を引退して大学も決まったらみっちゃんは木村先輩の一番になれるのか。それはまだ分からないけど、きっといつかはそうなるんじゃないかと。私は思う。そして、それと同時に思うことは。

「…宮地先輩もそう思うんですか」

宮地先輩も、バスケが人一倍大好きでバスケ馬鹿でバスケ一筋だから、きっと木村先輩と同じことを思っているのではないのかと考えて。率直な疑問を投げかけてみると宮地先輩は間髪いれずに頷いた。その迷いのない答えにやっぱり宮地先輩だなぁと思う反面、落胆する自分が居る。…そうか、宮地先輩も木村先輩と同じで、彼女は作らないと。そういうことなのか。道理で今までいくら好きだと伝えても効果が無かったわけだ。何だか、いい雰囲気のように見えたときも、あったけど…それは多分飢えきった私が生み出した妄想に過ぎなかったという事なのだろう。新事実の破壊力にノックダウン寸前の私に宮地先輩は少し笑いを堪えるように口元を手で隠す。

「ちょっと何笑ってるんですか先輩」
「…いや、別に…笑っ、てねー、よ」
「思いっきり声震えてるじゃないですか」

じとりと宮地先輩を睨めつけると我慢の限界に至ったのか小さく声を漏らして噴出された。酷いです先輩。悔しさでぐうう、と唸る私の頭を鷲づかんでぐりぐりする宮地先輩。やめてください私はボールじゃありませんと言いたいところを抑えてされるがままにされていると宮地先輩は今までにないぐらい愉快そうに言う。

「お前ってホントに馬鹿だな」
「面と向かっての悪口ですか!?」
「別に?ああむしろそんな馬鹿なら隣にいたほうが良いのかもな」
「…何の話です?」
「馬鹿は例外だよなって話」
「意味が分かりません褒めてるってことで良いですか」
「どーぞ」

やったー、と訳もわからないまま喜ぶ私を宮地先輩はやっぱり馬鹿にしたような笑みを浮かべて見ていた。そんなに馬鹿なのか…私。せめておバカじゃないだろうか。おバカってなんかほら、可愛い感じがあるでしょう。馬鹿はなんかその、どうしようもない感じがあるけれど。阿呆は…、よく違いがわからないな。おバカって言葉はあるのにおアホって言葉はないのか。ってそんなことを考えている場合ではなくてだな。馬鹿は例外だと先輩は言ったけど、それはつまりどういう事。ああもしかして馬鹿は例外だから彼女にしてあげるよってそういう事。ああダメだな、日に日に自分の妄想がひどくなっていく気がします。宮地先輩に頭の方の病院を紹介されるのはそう遠くないと思いました。

「ところで宮地先輩、何だか来週あたりに合宿があるという噂を聞いたのですが本当ですか」
「ああ、つっても一軍だけの調整合宿だけどな」

街灯はあるものの薄暗い路地を二人で歩く。何てことない風景のようだけど私にとっては大層なことで。会話がないまま終わってしまうのは名残惜しいのでふと思いついた話題を振ってみる。まだ詳しい話は聞かされていない、来週の合宿についての事。毎年行われているというその合宿は秀徳の伝統でもあるんだとか。足元に転がっていた小石を軽く蹴る。

「一軍だけって迫力ありますよね〜、私も行ってみたかったです」
「は?何言ってんだよお前も行くんだろーが」
「え?いや、一軍だけって…あっもしかして私って一軍メンバーの一人だったんですか」
「思い上がるのも程ほどにしろ小指折んぞ」
「地味に痛い!」

笑顔でえげつない事を述べる宮地先輩に顔を引きつらせる。優しかったり怖かったり可愛かったりかっこよかったり色んな顔があるんだなぁ、としみじみ感じつつ宮地先輩を見上げる。

「マネージャーも全員同行するんですか?」
「全員っつーわけじゃねーけど、お前は同行だ」
「宮地先輩と一夜を過ごせるってことですね!ちゃんと新しい下着買ってきます!」
「燃やすぞ」
「ひどい」

ちょっと顔を赤くするとかしてくれたって良いじゃないですか、とぼやく私の横で宮地先輩がハッと冷ややかに笑った。ああそんな笑い方もすごくかっこいいですけど…、あっこれじゃあ私がエムみたいだな。私は決してエムではないけれど宮地先輩になら、なんて思う私は相当末期。合宿はもちろん頑張ってマネージャー業を務めるけど、同時に宮地先輩のまた新しい一面も見つけられたらななんて思ってみるのです。お風呂上がりの宮地先輩とか寝起きの宮地先輩とか、ああもう想像しただけで心臓が
「じゃあな」
「えっ?」

気づけば目の前に自分の家。あ、もう着いたのか…。とても短い時間だった…と思いつつ視界の端で宮地先輩がさっさと帰っていこうとする。あ、と思ったときには私は宮地先輩の腕を掴んで引き止めていた。何だか、別れがあまりにも呆気なくてこのままさよならはしたくないと、思ってしまったのでつい咄嗟に。怪訝そうに振り向く宮地先輩に言葉を詰まらせる。何も言う言葉なんて考えていなかったから。
「何?」
掴まれた腕と私の顔を交互に見ながら首を傾げる宮地先輩にう、と声が漏れる。…何を、言おうか。さようなら?気をつけて帰って?また明日?どれも不自然な気がしてどうにも口に出せない。どうしよう。ぐるぐると頭を回転させる。でも空回りするばかりで採用できそうな言葉が全く浮かんでこない。この、脳みそは、飾りか、ばか、と自分自身に罵りながら少し掴んだ手の力を強めた。

「みょうじ?」
「……あ、宮地せ」
にゃーん
と。私の声を見事に遮るように聞こえた猫の鳴き声に思わず先輩の腕を離す。…よし今だ、逃げよう。ぽかんとする宮地先輩に罪悪感を感じながらさようなら!と言い逃げて家の中に駆け込んだ。バタン、と玄関の扉を閉めてからそれにもたれかかる。何だか自分で引っ掴んで離すって変だったかもしれない。その証拠に宮地先輩は大量の疑問符を浮かべていた。ちょっと変なことをしてしまった。…これからは気を付けないと。居間のほうでお母さんが何か言っている気がするけど全然耳に入ってこない。何か宮地先輩の前だと不安定になるなあ、私じゃないみたい。
「あ、これが恋…か…」
「何馬鹿な事言ってるの、早くしないとご飯冷めるわよ」

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