「あっなまえちゃん、ほいコレ!」
「…なにこれ?」
「妹ちゃんが行けなくなったからって貰ったんだけど俺その日中学の友達と遊ぶ約束しててさ、行けねぇの。だから貰ってやって!どうせその日部活休みだし、宮地さんとでも行ってくれば?あ、真ちゃんでも良いけどさ!」

と、いう会話を高尾としたのが今日の朝。そして今、私の手には高尾から貰った二人分の遊園地のチケットがある。ぞろぞろと帰っていく部員の人たちを見ながら考えた。二人分、かぁ…。本当は宮地先輩と一緒に行けたら良いんだろうけれど、でも。せっかくの宮地先輩の休日を邪魔してしまうのは申し訳無い。薄い紙切れ二枚をぺらぺらと振りながら体育館の壁に寄りかかる。もうすぐ体育館を閉めなければならない時間だというのに居残って練習をするレギュラーの五人に小さく息を吐いた。これだけ練習していれば疲れているだろうし、わざわざ遊びに連れて行くのも抵抗がある。…うーん、でもせっかく貰ったのだから無駄にはしたくない。ほかの人を誘おうか、とも思ったけれどあーちゃんは大会があるしふうちゃんも彼氏とデートって言ってたし…。ああ、どうしよう。チケットを体育館の照明に透かして見る私に、部誌を書き終えたらしいみっちゃんが声をかけてきた。

「どうしたの、なまえ?」
「あ、みっちゃん!」
「遊園地のチケット?」

うん、と頷くとみっちゃんは良いなあ、と言って笑った。…あ、みっちゃんを誘えばいいのか。何だ、簡単なことじゃないか。みっちゃん、と名前を呼ぼうと口を開いたところでふと新しい考えが頭に浮かんだので咄嗟に口を噤んだ。すごくいいこと思いついちゃった。木村先輩とみっちゃんを行かせてあげれば良いんだ。それならチケットも無駄にならないしみっちゃんと木村先輩の距離をぐっと縮められるし、一石二鳥だ。まあ木村先輩の休日を潰してしまうことにもなるけれど、木村先輩だって休日にこんなに可愛い女の子と遊べるのだから嬉しいはずだよね!なんて勝手に決め付けて納得した。それにあそこの遊園地ってなんかすごく大きい観覧車とかあったよね、ベタな話だけどその観覧車に二人で乗って何かすると何かがあるって聞いたことがある。すごく曖昧にしか覚えてないけれど。黙り込んだ私を不思議そうに見やるみっちゃんの肩を力強く掴むとみっちゃんは可愛らしい声をあげて驚いた。くそ、私も咄嗟にこんな声が出せるようになりたい…。

「これ、みっちゃんにあげるよ!木村先輩と行ってきて!」
「ええっ!?でも、悪いよ!なまえのものなのに」
「大丈夫!高尾からもらったやつだから」
「何が大丈夫なのかよく分かんないけど…え?高尾くんから貰ったの?」
「うん、なんか朝くれた」
「えっ、それはダメだよ!それってさりげないお誘いじゃないの?一緒に行こうっていう…」

いやそれは無いだろうと思うよみっちゃん。みっちゃんのあまりにも女の子らしい発言に和みつつやんわりと否定しておいた。なんて可愛いんだろう、みっちゃん。戸惑ったようにえ、とかでも、とか言うみっちゃんの両手を取ってチケットを握らせた。思わずそれを受け取ったみっちゃんが私に返そうとしてくるけど、もうそれは私のものじゃありませんみっちゃんのものです。返品不可です。頑なにチケットを引き取らない私に根気負けしたらしい。ちょっとだけ申し訳なさそうに目を伏せながらありがとう、と呟いた。うん、それで良い。

「今日のうちに木村先輩誘わないとね!」
「えっ…でも、断られちゃうかも、」
「断らないよ!」
「何で断言してるのなまえ」
「みっちゃんからデートのお誘い受けて断る男なんて居ないよ」

自信ありげに言ってみせた私にみっちゃんは納得がいかなそうに首をかしげた。自覚がないなんて本当にあざとい!あざといよみっちゃん…!みっちゃんの恐ろしいキュートさに悶えながら頑張ってね、と言うと照れくさそうに目線を落とした。ああ、何て可愛いんだ…私もこのぐらいの可愛さがあったら宮地先輩だってイチコロにできたはず…!自分の今までの数々の失態を悔いながらそれを発散するように声を大きく張り上げて叫んだ。

「そろそろ時間なので居残り練習も切り上げてくださーい!」

へーい、と高尾の間抜けな返事が返ってきたのを確認してから私たちも体育館の窓を閉めに向かった。がたがたとボールを片付ける音が響く中、ちょっとだけ。ちょっとだけ後悔した。みっちゃんにチケットをあげてしまったこと。本当は私だって宮地先輩と一緒に行きたかった。自分であげてしまったくせに今更こんなこと思ったら駄目だとは分かっているけれど。未だにプライベートな部分で宮地先輩と会ったことがないから、ちょっとみっちゃんが羨ましい。早くも木村先輩とお出かけができて、本当に。ああ、駄目だなー…。少し落ち込みながらかちん、と窓の鍵を閉めると後ろから遠慮がちな声がかかった。

「…あの、なまえ?」
「どうしたのみっちゃん」
「ううん、あのね、でもやっぱり本当に貰っていいのかなって…。なまえは宮地先輩と行かなくて良いの?」
「……うん!そんなことより、今はみっちゃんでしょ!ほら、はやく木村先輩のところ行かないと!」

ぐいぐいと私に背を押されるみっちゃんが慌てた声をあげる。でもそんなのに構っていられない。まさかみっちゃんがそんな図星をついてくるとは思わなかった。驚いた。つい本音を言ってしまわないかヒヤヒヤしたけれど、ああ良かった。心底ほっとしてから宮地先輩とタオルを手にしている木村先輩のもとへみっちゃんを押して行く。みっちゃんが顔を真っ赤にしながら私へ何かを訴えてくるけれど爽やかな笑顔を返してあげると更にみっちゃんはおろおろと慌てた。そんな私たちを怪訝そうに見る木村先輩にひとつ声をかけてから私はその場を去った。

「みっちゃんが話あるみたいなので聞いてあげてくださいね!」
「なまえ!?」
「話?」
「あっ、みょうじ!」

みっちゃんの上ずった声と、木村先輩の不思議そうな声と、宮地先輩の私を呼ぶ声。多分何かを察したらしい宮地先輩は私の後を追ってきた。そりゃまああの二人の間にいたらおかしいから。訝しげに眉をひそめてこちらへやってくる宮地先輩にちょっと申し訳無いことをしたなと反省しつつ部室まで歩いた。みっちゃんと木村先輩のお話が終わるまで部室で待機しようという魂胆である。私のあとに続いて部室に入った先輩が顔をしかめながら声をあげた。

「何なのあいつら?」
「え?わからないんですか?」
「いや、大体分かるけどよ…え、何、あれ木村のこと好きなのか」
「あれって…。まあ、そういうことです。あ、秘密ですよ!」

分かってるよ、と呆れ気味に言う宮地先輩は部室にあるパイプ椅子に腰をおろした。それにならって私も机をはさんだ向かい側にある椅子に座る。…あ、宮地先輩帰らないのか。木村先輩と帰る約束でもしているのだろうか。少しだけ疑問に思ってみるもそこまで気にすることでも無かったので考えを追いやった。ちくたくちくたく。部室の時計の針が動く音が妙に大きく聞こえる。気だるそうにだらっと椅子に座る宮地先輩は目線を下に向けたままおもむろに口を開いた。

「…何、告白?」
「いや、デートのお誘いです」
「デートォ?」
「はい!高尾から貰った遊園地のチケットをみっちゃんにあげたんですよ」

どやぁ…という効果音がつきそうな勢いで宮地先輩に顔を向けるも宮地先輩はまったくこっちを見ていなかったので無意味な行動だった。それに少し虚しい気持ちになりつつ気を取り直すように咳払いをした。宮地先輩ってツッコミいれてくれるときはすごくしてくれるけどスルーするときは徹底的にスルーなんですよね。まあ本当にそんなところも良いと思いますけど。宮地先輩は一度私にちらりと視線をやると、またふと目を伏せながら言い出しにくそうに眉間に皺を寄せた。その様子に首を傾げて先輩?と呼ぶと宮地先輩が短く言葉を切りながら吐き出した。

「…その、遊園地って、…観覧車あるとこだろ?」
「あ、そうなんですよ!あれすごく大きくて綺麗ですよねー!みっちゃんと木村先輩もそれ乗ったらきっと、」
「じゃーん」

私の言葉を遮って棒読みにそう言った宮地先輩が机の上に出したのが先ほど私が持っていたものと同じ紙。…え?確か私はさっきみっちゃんに渡して…木村先輩に……、あれっ?思考停止状態に陥った私を見かねた宮地先輩はその二枚のチケットを扇のように持つと不敵に笑った。

「大坪から貰った。何か母親がくじで当てたんだと」
「え、大坪先輩のお母さん?ぶふっ!」
「笑うな笑うな」
「す、すみませ…!あれ?でも何で大坪先輩は宮地先輩にあげちゃったんですか?」
「あ?そりゃあ俺とおま、……大坪はほら、絶叫と高所恐怖症だから。遊園地行けねえやつだから」
「本当ですかそれ!?」

にわかに信じがたい大坪先輩の素顔を知ってしまった。その真実に衝撃を受けながら大坪先輩のためにもこのことは胸の奥にしまっておこうと心に決める。大丈夫ですよ大坪先輩、そのギャップが素敵だっていう女性もきっと居ますから!心の中で無意味なフォローをしてからチケットで自分を扇ぐ宮地先輩を見た。所詮二枚の紙でしかないのだから起こる風も僅かなものでしょうに。ひらっひらと紙を振る宮地先輩を眺めながら思う。…なんで宮地先輩はいまここでそれを出して見せたんだろうか。もしかしたら、なんて考える私は思い込み激しいのか。待てをくらっている犬のようにそれを見つめる私に気づいた宮地先輩はにやりと口端を吊り上げた。

「つーか、お前普通そういうチケット貰ったらいつも世話んなってる先輩を真っ先に誘うのが常識だろうが」
「え…よ、良かったんですか!?私は宮地先輩が疲れてると思って遠慮してたのに、!」
「はあ?こんなんで疲れると思ってんのかよ馬鹿」
「…なんだ、良かったんですか…。本当はすごく行きたかったんですよ、宮地先輩と!あああこんなことなら衝動で誘えば良かった…!」
「ふっ、残念だったな。まあ、今ここにはこれがあるわけだけど…」

宮地先輩はその二枚のチケットをわざとらしく私の目の前に差し出す。ううっ、絶対面白がってやがるこの先輩…!ふりふりと揺らされるそれを思わず目で追いながらぐうと堪えた。今がっついたらきっとお預けされるのだと思う。ちゃんと、待ちます。良しと言われるまで私は、待ちます。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた宮地先輩が私を見ていつになく愉しそうな声色で言う。

「欲しい?」

こくんと首を縦に振る。だけど宮地先輩はまだ良しと言ってくれない。

「誰とどこに行きたい?」
「み、宮地先輩と!遊園地に…!」
「なんで?」
「宮地先輩が好きだから!」
「どのくらい?」
「えっ…と、いっぱい!ん?たくさん?ええと、宇宙一好きです!」
「ぶっ、なんだソレ」

噴き出して笑う宮地先輩にうううと唸りながら目をじとりと見つめる。すると宮地先輩は今までに見たことがないくらいに優しく笑うと私の左頬をぐいーっと摘んだ。痛い、けど宮地先輩が格好良すぎて直視できない。というか何で抓られているんだろうと疑問を抱いていると宮地先輩が二枚のうち一枚を私の頭の上に乗せた。あ、と咄嗟に頭上のそれを掴むとそれは紛れもなく遊園地のチケットで。思わずほころぶ口を隠すこともままならないまま、そのチケットを食い入るように見つめた。そんな私の頬を弄りながら眺める先輩はとても綺麗に笑っていた。…ああ、宇宙一じゃたりないぐらいに好きだなあ。ぐいぐい頬を遊ばれながら改めて実感していると不意に部室のドアが開いた。驚く程のスピードで私から手を離した宮地先輩がドアのほうへ振り返る。

「…あ、みっちゃん!おかえり!」
「た、ただいま…なまえ」
「よお、木村」
「お、おお宮地…」

未だに身体がこわばっているみっちゃんに抱きつくと泣きつきそうな声をあげられた。まさか断られたのか、なんて有り得ないことを思って尋ねてみるとふるふる首を横に振ったので多分デートのお誘いは成功したらしい。良かった、上手くいって。やったねー、とみっちゃんの身体を抱きしめるとみっちゃんは涙目になりながら私に引っ付いた。そっか、恥ずかしかったんだね。ちらりと木村先輩に視線を向けると照れくさそうに目をそらされた。ちくしょう、青春か!

「…で、宮地はちゃんと誘えたのか?」
「ばっ!木村!!」
「大分焦らされましたが見事に勝ち取れましたよ木村先輩!」
「素直に誘っとけば良いのによ…」
「うるせえ黙れ木村!刺すぞ!」
「そういや俺が貰ったチケットとお前がみょうじ誘うために貰ったチケットの日にち、同じじゃないか?」
「…はっ!?」

あ、ほんとだ。貰ったチケットとみっちゃんのチケットを見比べると見事に日にちが一致している。素晴らしいミラクルを感じているとみっちゃんがぱっと花が咲いたように私を見た。

「良かったなまえが居てくれると心強いし…!」
「え?あ、ああ…」

四人で行くんですか、あ、そうですか。まあ、宮地先輩と一緒に行けるなら良いですけどね!
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