「宮地先輩!」
「おー、行ってくらぁ」

ぽん、と私の頭を軽く叩いてコートに向かう。それに続くみんなを見送って、私はベンチに戻る。いつも通りの試合開始。いつものように勝って、みんなで祝勝会をやって、みんなで笑って帰る。それが当然で、当たり前で、必然的に今日も。
と、思っていた。

インターハイ都予選のブロック決勝で。まさか、あの秀徳が。みんなが。負けるとは。
確かに、誠凛は前々から緑間が注目していたから。キセキの世代の幻の六人目が居ると。だから十分に警戒はしていたつもりなのに。それでも、ああ。秀徳のマネージャーになって、今までみんなが負けるところを見たことなんて無かった。でも、いつかはこうなることを分かっていたはずだ。それなのに、私は。どうしようもなく、もどかしくて悔しくて仕方がない。新チームになって初めて経験する敗北に、メンバーのみんなも悔しさを滲ませている。みんなが顔を歪ませて重い空気になっている中、緑間が外に出ていくのを見た。その時に一瞬だけ見えたなんとも言えない表情に、歯噛みした。追わなければ。緑間はいつだって努力して、キセキの世代と呼ばれていたってそれに驕ることなんか無くて。きっと負けたら、一番辛いはずなのだ。だから。
緑間のもとへ向かうため一歩、足をそちらに踏み出した時、誰かに肩を掴まれた。振り返ると、いつになく真剣な顔をした高尾。
「任して。なまえちゃんは、先輩達のとこ行ってて」
そう言って緑間が向かった方へ歩いていく高尾の後ろ姿に何だか安心した。ああ、何だ。もう緑間は、キセキの世代の緑間じゃなくて。秀徳の緑間だった。

とは、言っても。私が先輩達にかける言葉なんて見つかる訳が無いのだけれど。高尾のやつ、簡単に言ってくれたな。大坪先輩にタオルを渡しながら言葉を探す。お疲れ様です、じゃなくて…惜しかったですねじゃなくて、格好良かったです…は、何かおかしいか。目を泳がせながら思考を巡らせていると大坪先輩が小さく笑った。笑われるような事はしていないはずだけど…、何だろう。大坪先輩を見上げると、ぐりぐりと頭を撫でられた。大坪先輩が私の頭を撫でてくれるなんて初めてだなあ。結構強い力でぐりぐりされるので首が痛かったけれどされるがままにしておくことにする。
「…有り難う」
「……え?」
お礼を言われてしまった。何でだ。意味が理解できないまま見上げていると、大坪先輩は少し身を屈めて小さな声で言った。
「宮地のところに行かなくて良いのか?」
口を開けて固まる私の背中をその大きな手がぽんと押した。
…でも、一体何を言えばいいのだろう。何度も言うように私ははっきり言って頭がよろしくない。気の利いた台詞なんて言えるわけもないし、行動もできない。そんな私が今宮地先輩の傍になんて行っても良いのだろうか。なんだか自分がすごく場違いなものに見える。うろうろと宮地先輩の周りをうろついていると、急に首根っこを掴まれた。ぐっ、と首が締まって思わず変な声を漏らしてしまった。ばか野郎、れでぃに何てことをするんだ!って、
「宮地先輩…!」
「なーに人の周りうろちょろしてんだ、轢かれっぞ」
「うっ、すみませ…」
「ちょっとこっち」
ぐいぐい、と後ろえりを容赦なく引っ張っていく先輩に首が締まる!と訴えるも聞き入れてくれませんでした。終始無言で引きずってこられたのが、人けの無い通路。宮地先輩と二人きりになれるのは嬉しいけれど…。混乱しながらも首が解放されたことに安心した。宮地先輩は通路の端に設置されているベンチに腰をおろすと、大きくため息をついた。ああ、そうだ。宮地先輩は、いつも人一倍努力をして這い上がってここまで来たのだから。落ち込むのも、無理はない。

「…負けた」
「……はい」
「…あー……」

顔を上に向けて声を吐き出す。その姿からもひしひしと悔しさが伝わってくる。その隣に腰掛けて、自分の手元をじっと見つめた。まったく何を言ったら良いのか分からなかった。宮地先輩もそれからは口を閉じたまま、何も言わなかった。この空間だけが静かで、すごく遠くから聞こえる選手たちの声が浮いているような気がする。でも、不思議とこの沈黙が痛いとは思わなかった。心地良い、というわけでもないけれど。何となく、このままでも良いかなと思える。…まあ、そういうわけにもいかないけどね。何かを考えるようにずっと上を見上げていた宮地先輩が、もう一度大きく息を吐いた。そして自然にこの沈黙は破られる。

「…次は勝ってやる」
「もちろんです!」
「…なあ」

おもむろに宮地先輩が私を呼んだ。その声に目線だけ隣に向けるとやっぱり何でもねー、と顔を背けられた。…かわいい。いまはそんな空気ではないということぐらい分かっているけれど、どうしても愛しさがこみ上げてくる。こうして、私の前で弱った姿を見せてくれることにさえ胸に湧き上がってくるものがあるというのに。いつもは決して弱音を吐いたりしない宮地先輩だけど。そういう人がたまに見せる本当の自分の姿は、すごい破壊力だと思う。いつの間にか私に背を向けていた宮地先輩の後ろ姿に、私は打たれたわけで。そっと後ろから抱きついてしまったのも、仕方ないことだと思うのです。

「みょうじ」
「…絶対勝ちましょうね」
「…ったりめーだ、バカ」

宮地先輩が今どんな顔をしているのか、私にはわからないけれど。その声色はどこか吹っ切れたようなものがあって、少しだけ安心した。きっと負けることによって、このチームはもっともっと強くなれる。どこから来たのかも分からない自信が胸に満ちて、宮地先輩の背中にひっついて少し笑った。ああ、これからがすごく楽しみ。はやくみんなで練習がしたい。…緑間も、今頃は。あ、緑間といえばあの二人どうしたかな。まあ高尾のことだから大丈夫だとは思うけれど。うまくいってるといいなあ…なんてぼやーっと考えながら先輩に回している腕に力を込めた。ああ、宮地先輩の匂い。ちょっと変態まがいなことを思ってから、はっと我に返る。
そういえば、そろそろ戻らないと監督に怒られるのではないだろうか。それはまずい、ということで腕の力を緩めるとその腕を先輩の手に捉えられた。戻らなくてはいけないのに、先輩を抱きしめる腕はしっかりと先輩の手に掴まれていて、それを解くことはできない。急にどうしたのだろう。とは思っていても、私も宮地先輩から離れたくはなかったので素直に嬉しかった。

「…宮地先輩」
「いーから、黙ってろ焼くぞ」

背中越しに聞こえる声に顔が火照るのを感じながらその言葉に従った。何で宮地先輩ってたまにこういうことしてみせるんだろう。私はもう本当に単純だから、こういうのは直ぐに期待してしまうんだけど、なあぁ。生殺しにされる彼氏のように悶々とする私をよそに宮地先輩は私の手を握ってみせる。ああ、こんなことなら正面から抱きつけば良かったかもしれない。多分恥ずかしすぎて耐えられないだろうけれど。宮地先輩の熱を持った手に密かに笑ってから、その手を握り返した。ずっとこのまま時間が止まっていれば良い。心からそう思ったのは初めてだ。

「…本気で認めたくねーけど、俺さあ」
「なんです?」
「マジで有り得ねーことなんだけどさ」
「はい」
「俺、」
ぴぴぴぴ。
もう、それは本当にアニメかっていうぐらいのタイミングで、宮地先輩の携帯が鳴った。ぴぴぴぴ。その音を聞きながら私と宮地先輩が数秒固まる。ぴぴぴぴ。やっと我に返った宮地先輩はすごく凶悪な顔で舌打ちをしてからそれを手にとった。私もぱっと宮地先輩から離れる。ちょっと名残惜しい気もしたけれど。さっきの言葉の続きが気になるけれど。俺、たこ焼きにマヨネーズかけない派なんだ、とかそういうことだろうか。だとしたらあと一段階上にいけばマヨラーの域になる私とは決別しなくてはならなくなる…。それは、大変だ…。携帯を耳に当てた宮地先輩はその相手の言葉を聞くなり、その大きな瞳をまん丸くさせた。あ、可愛い。と、思ったのはつかの間、すぐさまくわっと相手に食い下がった。…何が起きている。眉間に皺を寄せて納得がいかなそうにする宮地先輩だったけれど、電話が切られたのか携帯をたたみながら顔を引きつらせている。

「どうしたんですか先輩、浮気が発覚しちゃいましたか」
「馬鹿野郎。木村だよ」
「木村先輩?」
「なんか全員先帰ったらしい」

あー、あいつら覚えとけよ…と吐き捨てる宮地先輩。ああ先輩達、きっと私たちに気を遣ってくれたんですかね。なんて考えてみるも私たちは気を遣ってもらうような関係ではないことに気づいて撃沈した。でもまあ、みんな私を応援してくれてるんですよね。心強いです。先輩達の心遣いに感動しつつ、ふと思う。
…そういえばあの二人も帰ったのだろうか。呆れたように腰をおろす宮地先輩を見ながら考えた。電話をしてみようか。ちらり、と携帯に目をやると新着メールがあった。高尾からだ。何かあったのか、とメールを開いてみると真ちゃんとお好み焼きなう!とハートマークが散りばめられた文面に、美味しそうなお好み焼きの写真が添付されていた。う、羨ましい。私も行きたかっ…いや、宮地先輩と一緒にいるほうが良いけど!

「何、あいつらお好み焼きなんか食ってんの?」
「そうみたいですね、…って、ん?」

メールの下の方にもう一文あったことに気づき、スクロールしていく。海常の黄瀬笠松と誠凛のフルメンバーいる、真ちゃん機嫌悪い!カッコ爆笑、だ、そうです。楽しんでいるようで何より、というか何でそんなメンツが揃っているんだ。そればかりは緑間に同情した。宮地先輩もその文を読んで思いっきり顔を歪めている。

「……帰りますか」
「そうだな…」
「あ、そういえばさっきの話の続きって何ですか?」
「…あ、ああ…、後で…あー、次、誠凛に勝ったら言うわ」
「そうですか?じゃあ待ってますね!」

マヨネーズかけない派宣言じゃないことを祈ります。

「…帰りどっか寄るか」
「ほんとですか!?マジバ寄りましょうマジバ!」
「おー」
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