「…あ」
「……げ」

変なやつに会った。最悪だ、帰りたい。夕方のコンビニ前でそいつと私は顔を見合って固まった。

事の経緯を、話させて。
インターハイがもうじき始まる。自然とみんなの練習量も増えてくる。それに比例して、ドリンクや氷の消費も多くなる。当然マネージャーの私は買い出しに繰り出される、わけで。だから私は高尾の自転車(リアカーははずしてあるけど)を借りてここのコンビニまでやってきたのである。だから部活をさぼったとか暇だからという理由で来ているわけじゃないことを把握していてほしい。それに比べてこの男、花宮は。練習もせずに何をこんなところをふらついているんだと、声を大にして言いたい。けれど、この男に極力関わりたくない私はその思いを心の奥に閉じ込めて、そう、彼の横を大人しく通り過ぎようとした。

「先輩に挨拶ぐらいしろよ」
「おはようございます」
「殴るぞお前」

どうせ殴らないくせに。殴るとか殺すとか言うわりにそういう直接的な暴力は加えない男がこの花宮ってやつだ。その代わり裏から姑息な手を使ってきたりするから余計たちが悪いのだけれど。花宮の暴言を聞き流してコンビニの中に入ると心地良い冷気が私を包んでくれた。買い出しは疲れるけど、涼しい場所に居られるから嫌いじゃない。私の横に立つ男がいなければ、の話ね。というかいい加減帰れと思う。私が来た時にコンビニから出てきたのだからもう用は終わったんだろう。何でまた着いてくるんだ、こいつは。スポドリの粉が陳列されてある場所で立ち止まると、花宮が機嫌の悪そうな声を出した。

「何だパシられてんのか、相変わらず」
「仕事ですから。花宮先輩こそ、練習しなくて良いんですか」
「今日は敢えて休みにしてやったんだよ」

何だその上から目線は。というか、相変わらずって言うけど私の事をパシってたのはお前だ、お前。花宮さえ居なけりゃ普通のマネージャーを全うできたんです私は。毎度お馴染みの俺様何様花宮様発言に呆れながらありったけの箱をカゴに入れた。本当に秀徳は部員が多いから大変だ。買ったものをきちんと持ち帰れるか心配なところだが、まあいざとなったら誰かを呼べば良いか。後はテーピングも必要かなあ。それが並べてあるところまで歩きだそうとした時、ふと違和感を感じて未だに偉そうに私を見下している花宮に目をあげる。

「休みにしてやった?まさか霧崎で独裁政治貫いてるんですか」
「まあ俺が監督だからな」

こいつついにやりよったわ…。頭上に雷が落ちるような衝撃を受け、手からカゴががしゃんと落下した。何やってんだバァカと言って落ちたカゴを見下げる(決して拾ってはくれない)花宮に私は世界の終わりのような何かを感じる。あの花宮が、霧崎で監督を…だって。そんな事があって良いのか。だって去年はちゃんと居たはずじゃ…、まさかこいつ、いや、そんな馬鹿な。だとしたら、本当に霧崎は危険だ。どのぐらい危険かと言うと、そう、ハブと一緒にお風呂に入るくらい危険だ。例えが下手なのは許して欲しい。これでもかという程頬筋をひくつかせる私を鼻で笑った花宮が何の風の吹き回しか、落としたカゴを拾う。それを私に差し出す花宮に戸惑いを感じつつ素直に受け取ろうとした時、手が触れ合ったのと、あ、終わったなと思ったのはほぼ同時。

「安心しろよ、別にお前の事を傷つけようとなんかしてねぇからさあ」

ぐっ、と指を絡められて振り払おうにもできない状態になるのはあっという間で。こんな公衆のコンビニで何をするんだこいつ、と思いながらも別に花宮から無意味に触れられることは少なくないので頭の隅では諦めているところもあった。でも今、所謂恋人つなぎというものをしてくるこの男に感じるのは怒りや恐怖よりも疑問が一番大きかった。最近は中学のころにも増して触れてくることが増えた。一体この行動が何をあらわすのか頭の悪い私には何一つ理解できない。とにかく、先ほど彼が言った台詞はいただけない。私を傷つける傷つけないという問題ではない。

「誰も傷つけたらいけないって習わなかったんですか?小学校から道徳の授業受け直してくることをおすすめします」
「ふはっ…、誰も傷つけない?よくそんな事が言えたもんだな」

ふいにその繋がれた手を引かれる。躓きそうになりながらも着いていくとそこはコンビニのトイレだ。ああ、これは流石にまずいかも。早く帰らないと怒られるのに。宮地先輩とか宮地先輩とか宮地先輩に。本当にあの人、いつもは優しいところがあるのに部活のこととなると鬼のようになる。そんなところもひっくるめて好きなのだけれど。ドン、と背中を壁に付けられる。ああこれはよく漫画なんかで見る壁ドンってやつでは?と妙に冷静な頭は考える。まあこの場合ドキッ、も何もないのだが。あるのはゴキッと握られた指の関節が悲鳴をあげる音だけだ。

「俺はお前らが何でそんな馬鹿みてぇにへらへらしてられるのかが気持ち悪くて仕方ねぇよ。気持ち悪すぎて、壊したくなるね。それは自己防衛だ、そうだろ?」

この人は、何だか悲しい人だと思うことがある。最初から何でも出来てしまう人だからこそ、努力の価値を理解することが出来なくて、本当は理解してみたいと思っているのに。それが自分には出来ないから。…私の予想にしか過ぎないけれど。きっと、そう、もっと何か。何かのきっかけがあれば、変われるのにと。
せせら笑うかのように細められた彼の瞳に何だか複雑になりながら、目を伏せた。誰か、彼を心から愛してくれる人が現れたらいいのに。多分、愛というものも知らない花宮は、それが必要なんだと思う。完璧のようで、どこか大事な部分が欠陥している彼を。

「…とりあえず、今日はもう帰ります。あんまり遅くなるとうちの心配性のエース様が怒っちゃうので、あ、あと私のだぁりんが待っていますので」
「妄想も大概にしとけ、悲しくなるだけだ」

なぜ妄想と見抜いた…。やはり伊達に頭が良いってわけじゃないということか。まあでもあながち間違ってはいないはずだ。未来のダーリンです宮地先輩は。そして一向に離されないこの手は何。花宮の目とその手を交互に見ると不敵に笑われた。

「そういや、お前、この間つけてやった痕は?」
「頑張って消しましたよ!どれだけ苦労したと思ってるんですか?後、そういうものは恋人につけてあげるものです。いたいけな後輩にそんなもんつけないでください本当に!」
「所有の証だ、お前につけて当然だろバァカ」
「嫌です!そして手を離してください」
「お前って」
「はやく手」
「好きなやつでもいんのかよ」

かあ、と頬に熱が集まる。な、なぜ分かった…。こいつ、間違いねえ、天才だ!強制的に絡ませられた指をより強く握られながらじろりと目を向けられる。思わず乾いた笑いが漏れた。ははっ、大変だ。まさか花宮のやつと恋バナとやらをするときがくるとは。あ、いや、私はそんな語り合う気はないのだけれど。好きな人をバラしたら何だか私への当てつけってことで宮地先輩にまで危害を及ぼしかねないから。口が滑っても名前は出せない。というか口が滑るってどういう状況なんだろう…。口が、滑って…滑ったら何も話せない気もするけど、うーん。

「ふはっ、いるのかよ」
「あ、あのう、私と恋バナをしたいのは分かるんですけれどもうそろそろ本気で帰りたいのですよ、私の好きな人でしたらあと五年後ぐらいには教えてさしあげますので今日のところは勘弁していただけると」
「なワケねぇだろバァカ。何俺の犬の分際で色恋沙汰に浮かれてやがんだよ」
「い、犬!?犬ってわんわんってわんこじゃないですか!アイ、アム、ピーポー!」
「それを言うならヒューマンだな」

おっと、ケアレスミス!というわけで私はヒューマンでございます。ドッグでもバッグでもありません。そのことを諭すようにゆっくりとこの痛いほどに握られている手を離そうと試みる。しかしそれは離れるどころか更に深く絡められてしまった。そしていつの間にかもう片方の手も、ちゃっかりと壁に縫い付けられていて驚くのはこの私です。何で、と彼の顔を見上げると目元に陰を落としながらふ、と笑った。ポケットの携帯が震えているのをしっかり感じているけれど、それに出ることはもちろん、取ることもできない。ああ、今度は何の嫌がらせをしてくるつもりなんだろう。そもそも、これだけ私のことが嫌いなら関わらなければ良いのに。触らなければ良いのに。

「お前って、マジでイラつくんだよ。馬鹿なくせにいっつもいっつも…、頭に蛆でも湧いてんじゃねぇの」
「あの、」
「大っきらいだな、お前なんか。見てるだけで気持ち悪くなる。気持ち悪すぎて、吐きそうなぐらいにな」
「だったら、」
「お前は俺が必ず潰してやる。逃がすわけねぇだろ、バァカ」

べろり、と右の手首を舐められて(しっかり動脈の部分に沿って)。声の出ない悲鳴をあげると、すぐさまトイレから追い出された。バタン、と背後で閉まったその扉を数秒唖然と見つめる。…何だ、今の。

ぼうっとする私のポケットで、もう一度携帯が震えだす。あ、そういえば。急がないと。床に放り出されているカゴをひっつかんで会計に向かった。花宮はもう姿を現してこなかったけれど、何だろう、おなかでも痛いのだろうか。…まあ、気にすることはないか。でも、何か…変だった、よね?ゲスいのはいつものことだからもう何も言わないけれど、何だか他に違和感が。……情緒不安定だったんだな、きっと。うん、生理だったんだ。そういうことにしておきます。



「ただいま戻りましたァ!」
「おっっっっせ!!!」
「すみませんすみません!!」
「お前外周いってこい」
「えっ私が!?」
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