「あ、宮地サン、こんちは〜」
「ああ宮地先輩こんにちは!」
「おー、…ってお前ら何やってんの」

ちょうど一年の教室前を通りかかった宮地先輩が私たちを見て怪訝そうに目を細めた。私と高尾は教室の出入り口付近で中を覗いてはにやにやしているのだからそう反応されるのも当然といえば当然なのだけど。ちらり、ともう一度教室内に目をやった高尾が腹を抱えて笑い出すと宮地先輩は首をかしげながら私を見た。ああ、意味が分からないといった顔の宮地先輩がすごく可愛い!ばっと抱きつきにいったのは良いものの寸前で宮地先輩に頭を押し返されたのでそれは叶わなかった。私に1000のダメージ!

「で、お前らはどうせまた馬鹿なことやってんだろ」
「よくぞお分かりで!ちょっと見てくださいよあの緑間!」
「はあ?」

今日のいつにもましてテンションの高い高尾が教室内の緑間を指差す。緑間という単語を聞いた途端目元を暗くさせた宮地先輩は渋々といった感じで中を覗いた。そんな最中も私は宮地先輩に抱きつこうとした、けど失敗した。さすが宮地先輩、ガード高いですね。ぐぬぬと苦戦する私をよそに二人は緑間に視線を送っている。ずるい緑間、そんなに注目されちゃって。私だけ仲間はずれは悔しかったので私も二人同様に教室内を覗いてみる。そこにはいつも通り自分の席に座った緑間。そしていつもと違うことといえば、緑間の周りに人がいる、ということだ。何だあいつ友達居たのか、と失礼極まりない言葉をさらっと述べてみせる宮地先輩にハートを撃ち抜かれながら事の経緯を話した。

「今日のみっくんは語尾にだっちゃを付けることになってるんです。それでみんなが面白がって喋っているというわけです!」
「それ緑間が了承したのか」
「もともと拒否権なんてねぇっすから!」

私と高尾で良い笑顔を見せつけると宮地先輩は初めて緑間に同情の色を表した。でも緑間もなんだかんだで私たちに付き合ってくれるのだから意外だと思う。キセキの世代なんていうから鼻高くしてツンケンしてるだけかと思っていたけれど。根はちゃんと高校生だし、ツンツンしてるけど優しいところあるし、やっぱり仲良くなってみないと分からないことってあるんだね!まだ先輩たちには理解してもらえないところがたくさんあるみたいなのは残念だけど、いずれは打ち解け合えるだろうと思った。他のキセキの世代のお方は知らないけれど、うちのエース様は最高だよね!緑間が何かを発言する度に周りの数人が爆笑する様に微笑ましいものを感じた。その緑間を眺めながら宮地先輩は有り得ない、といったような表情をしてみせたけれど。

「それはそうとなまえちゃんそろそろ弁当食べに行こうぜ?もちろん二人きりになれるバ、ショ、で!」

ああそういえばこいつも変態ごっこ継続中だった。語尾にハートマークをつけながら言ってくる高尾にげんなりしつつ宮地先輩の背後に隠れた。今日の高尾は一緒にいたらダメだ。宮地先輩の制服の裾をぎゅっと握ると先輩は疲れきったため息をついた。そこで私は、自分がマッサージをして宮地先輩の疲れをとってあげる、という素晴らしいシチュエーションを思いついたのである。それを言おうとしたところで先輩の声に遮られてしまったのだけど。

「何かこのカチューシャ見たことある気がすんだけど」
「似合ってますか!」
「まあそうめん並みに」

そうめん並みってなんだろう。似合ってるってことでいいのか。いいんだよね、良かった!先輩に褒めてもらえた!歓喜する私のカチューシャを宮地先輩が凝視している。何だろう、そんなに違和感あるかな。それとそうめん並みって本当なんだろう、うどん並みじゃ駄目なの?うーん、と混乱し始めた私の横でさっきまで緑間を観察していた高尾がああ、と声をあげた。

「それ俺のやつなんすよ」
「高尾の?…ああ、そう言われりゃ付けてたな」
「先輩、どうですか可愛いですか?」
「よし俺そろそろ行くわ、じゃあな部活遅れたら轢くかんな」

了解っすーと無難そうな笑みを浮かべて言葉を返す高尾と、私の言葉をスルーして去っていく宮地先輩。その様子を私はただ呆気にとられるように見ていましたとさ、めでたしめでたし。
…じゃ、ありません。何でスルーするんですか先輩、あっいまのギャグだ!やばい私天才だ!ってそんなことやってる場合じゃない。おろおろ、と宮地先輩が行ってしまった方を見つめていると高尾がにっと口元だけ笑って言う。
「追えば?」
やっとのことで教室から出てこれた緑間にぶつかりそうになりながら、走った。



「宮地先輩いいいいっ!!ストップ、ストップです!!」

異様に歩くのが早い宮地先輩に追いついたのは三階へと続く階段の踊り場。階段ということもあってか声がよく響く。宮地先輩は笑顔で、それでいてドス黒い何かが見える表情を引きつらせながらこちらを振り返った。そこに通りかかった生徒たちが驚いたように私たちを見てきたけれど私がそんな視線を気にしないことは言わずもがな分かっているでしょう。切れた息を整えながら、宮地先輩の目の前まで歩く。この空気は初めて会った日に似ている気がした。私は必死になりすぎると周りが見えなくなると散々言われていたけれど、やっぱりそれは正しかったみたいだ。宮地先輩が額に青筋をたてながら口を開く。

「何でお前はこう毎度毎度でかい声を…」
「だって先輩が止まってくれなかったんですもん」
「だからってなぁあ…!」

まったく笑っていない宮地先輩の目に私が映る。ああ、いつも私は宮地先輩を怒らせてばっかりだなあ。本当はもっと良い後輩で居たいのに、私にそんなものは出来そうにないみたいです。私がこうなったらどうにもならないことを分かっているらしい宮地先輩は半ば諦めるように壁に背中をついた。とりあえず話は聞いてくれるようだ。それを確認してから宮地先輩を見上げる。やっぱり背が高い、なんて改めて感じながら声を出す。

「なんでスルーして行っちゃうんですか」
「ありゃスルーじゃなくて聞き流しただけだ」

同じです。スルー、イコール聞き流す、っていうことですからね。まあ宮地先輩のそんなところも好きですけど!でも、今日はちょっと許してあげません。どうして、と聞かれると微妙なところだ。スルーされたままだっていうのが嫌ということもあるけれど、それだけじゃない。ただ私が宮地先輩と一緒に居たいだけ、とか、どうしても可愛いという言葉を聞きたい、とか。最後のはどう考えたって私のわがままだけどね。嘘でもお世辞でもいいから、その言葉を宮地先輩の口から聞いてみたいなあ、なんて。でもとにかく、

「私のハートはバラバラに砕け散りました!」
「接着剤貸すわ」
「あ、本当ですか?ってそういうことじゃなくて…」

思わずノリツッコミをしてしまった。まさか宮地先輩が私に冗談を返してくるとは思っていなかったので。あ、もちろん宮地先輩の愛の接着剤、ということでしたら私のハートも修復可能ですけどね!とは口には出さないでおこう。べたーっと壁に寄りかかっている宮地先輩を見つめながらいいなあ羨ましいな私も壁になりたいなと思ってみる。本当は今すぐにでも宮地先輩に抱きついてしまいたい。ガードされてもいいから宮地先輩に触れたい。だけど、今日の私は大分わがままなのです。緑間もびっくりなほどに。

「私は、ただ先輩に可愛いって言ってほしかったんです」

さすがに目を見たままそう言うのは無理があったので、視線を下に落としながら。そのおかげで宮地先輩の表情は確認できないけれど。数秒の沈黙があった後、宮地先輩は堰を切ったように声をあげる。

「はっ?んな恥ずかしい事言えるか!」

再び、沈黙。
…ええっ?今、私の聞き間違えでなければ確か宮地先輩は恥ずかしい、と言ったのだろうか。あの宮地先輩が。あの毒舌腹黒宮地先輩が。そのジェネレーションギャップに心をぶち抜かれながら、なんとか平静を装ってみせる。ええと、本当に宮地先輩は可愛いと言う事を恥ずかしいと思っているのか。それは意外すぎてとても、嬉しい気がする。だとしたら、宮地先輩は可愛い、と言うのが恥ずかしくて私の言葉を華麗にスルーして行ってしまったということなのだろうか。まさか、そんな、照れていたとは。

「ええっ、宮地先輩って結構可愛いって言葉言ってそうなイメージあったのに!」
「どういうイメージだそりゃ、言わねーよ」
「本当ですか?他の女の子には言ってるとかそういう…」
「言ったことねーよ」

私の疑いの目に歯向かうように吐き出されたその言葉。その思いもよらない意外な言葉に私は再び変な声を漏らすこととなった。目からうろこ、というのはまさしくこの事だろうと思いながら宮地先輩を二度見する。こう言っては失礼かもしれないけれど宮地先輩は女の子とよく遊んでいそうなイメージがあったから。そういうこともさらりと言えてしまうんだろうなあと思ってた。でも、言ったことがないとは。いや、小さいころは言っていたに違いないけれど。少なくとも、高校になってからはそういう言葉を言ったことがない、と。

「……え!?本気で言ってるんですか!?」
「だっからお前、声でけえって」

宮地先輩が私の頬をつねる。あ、先輩私の頬を引っ張るの好きですよね。最近気づきました。…じゃなくて。なんだ、そういうことか。あまりそう易々とそういうことは言わない主義なんだ。なるほど、それなら仕方ない。ちょっと惜しいけれど、無理に言わせるのもどうかと思うし…まあ、いつかは言わせてみせる。とにかく今日は宮地先輩が意外と恋愛ごとにも真摯だということに気づけたので良しとします。そういうことなので私はちょっと安心しています。ますます好きになりました。ぐいーんと私の頬で遊んでいた宮地先輩が薄く笑う。ああ、その顔、宮地先輩の無意識に浮かぶ笑顔が、私は一番大好きだ。そしてそれがよく見れるのはバスケのときと、こうして私と遊んでくれているとき。ちょっとだけ、期待してもいいですか。

「…それなら仕方ないですね、今日のところは退散いたします!」
「おーおー、さっさと戻れー」

ぱっと私から離れていく手に少し名残惜しさを感じながら、先輩に背を向ける。なんだか今日は午後の授業も頑張れそうな気がする!いつもは寝てる古典だけど、宮地先輩の愛のパワーでやりきって見せようではありませんか。ふふふ、と不敵に笑う私を見て何を思ったのか、宮地先輩が急に私の手を引いた。何事、と振り返ると宮地先輩のバツの悪そうな表情。片手を腰につきながら、言いにくそうに口を開いた。

「…あー、みょうじ」
「はい先輩!」
「そのー、それ……ちょっと可愛かっ……や!やっぱ何でもねー」

すぐに掴まれていた手が離される。居心地が悪そうに目をそらす宮地先輩と、口を開けたまま固まる私。
…今?なんで、言わないはずでは…。可愛…ああ、もう!

「み、宮地清志先輩…っ」
「何でフルネーム」
「大好きですっ!!」



「木村先輩っ!!宮地先輩が!可愛いって言ってくれました!!」
「何…、宮地が!?こりゃ明日はパイナップルが降るかもな!」
「おいお前ら」
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