今日は私たちが入部して初めての練習試合だ。相手校はそこそこ名の知れているところらしいけれど、秀徳の敵ではない。どちらかというと今日の試合はレギュラーメインではなく二軍たちの試合がメイン、といってもいいのだと思う。その代わり緑間くんや高尾は退屈そうだったけれど。試合が終わったらしい高尾が緑間くんのラッキーアイテムで遊んでいる姿を横目に二軍の人らの試合に目を向けた。ああ、試合をしている宮地先輩を堪能できると思ってはりきって来たというのにこういうオチだとは。まあ、でもマネージャーとしても仕事はしっかり務めますよと私は泣きながらスコアをつけている。たぶん今頃宮地先輩は木村先輩や主将たちとお弁当を…ああ、うらやましい!私だって宮地先輩と一緒にお弁当を食べたかった、

「あっ、悪いみょうじ、ドリンク足してきてくれるか?」
「ハイ!」

中身が少なくなったジャグとスポーツドリンクの粉末タイプを持って水道へ急ぐ。手間はかかるけれど経費削減のため粉末を水割り。なんだかここの学校、水道がちょっと遠いんだけどこれはイジメですか?ダバーッ、と涙が溢れ出すのをこらえながらやっと水道前までたどり着く。過酷だ。宮地先輩をひと目でも見れたら元気百倍は余裕なのに、今日は朝会って以来まったく視界に入ってこない。ふう、と肩が落ちるのも仕方がない。
そんな私の憂鬱をさらに重くさせるように、背後からかかってくるのは聞き馴染みのない声。

「あれ、秀徳のマネージャーちゃんじゃん」
「お、まじだ!ラッキー」

いや誰だ。ジャージを見る限り、今日の相手校の選手だということはわかるけれど。ジャグの中にどぼどぼと水をぶっこみながらそちらへ視線をあげた。にこにこと笑いながら私に近づいてくる二人に邪魔だなあと思いながらも私は静かにどこかへ行くのを待った。なんといったって私にはおしゃべりをしている時間などないのだ。はやく飲み物を持っていってあげないと二軍の先輩たちが干からびてしまうのだから。妙な使命感に駆られつつジャグに無駄に大きい氷を入れようと試みる。氷が大きすぎてなかなか入ってくれない。こまった。

「ん?無視?それとも緊張してる?」
「おまえの顔が怖いからじゃね?ぶはっ、大丈夫大丈夫、おれは怖くないから」
「うっせーよ、あ、名前なんつーの?」

こうなったら氷が溶けて小さくなるのを待つしかないだろうか。ぺたぺたと氷を触ってみる。あと一回りぐらいは小さくなってくれないと入らないだろうたぶん。大坪先輩呼んで氷粉々にしてもらおうかな。うんうんと唸ってもこの小さな頭からはなんのヒントもでませんでした。この役たたずめ!全体の半分がジャグから飛び出た氷をどうしようかと触っていたところでいきなりその手を掴まれた。びっくりした。

「なあ聞いてんの?いいよなあマネージャー、俺たちの飲み物も作ってよ」
「おいあんまちょっかい出しすぎると監督に怒られんじゃねえ?」
「このぐらい大丈夫だって」

私の手を掴んだ人はにやにやと口元を緩ませてさらにこちらへ近寄ってきた。それに比例して後ろに下がろうとしたけどぐっと手に力を入れられたので動けない。え、なにこのひと練習試合中に相手校のマネージャーをナンパするなんてどういう神経してるの?愛想笑いを浮かべた顔がひきつるのが分かった。というかこんなところで喋っていたら普通に監督に見つかると思うんだけどなあ。と思っていまだに試合が続けられている館内を見やる。…んん?いま改めて見てみるとここはなにげに人目につきにくい場所なのかも、なんて。さあっと一瞬にして血の気が引いていく。

「あ、なんか顔色わるくね?俺が保健室連れていってやるよ」

ぐいっと腕を掴まれる。これは、どうしよう。まず、私の力で振り切ることはできない。かと言ってここに誰かが通りかかってくれるような気配もない。…叫ぶか?いや、いくらなんでも試合中に叫んだら迷惑か。あああ終わった、私の楽しい高校生活…!せめて最後に宮地先輩に抱きつきたかった…あのたくましい腕と宮地先輩の匂いに包まれて、あの心地の良い声で私の名前を、
「みょうじ」
そう、そうやって…って、え?

「なにやってんだー?こんなとこで」
「え…みっ、」
「なんだお前?」

私が先輩の名前を呼ぼうとしたらこの名前も知らない男に遮られた。くやしい。というか、まさか宮地先輩が来てくれるとは思っていなかった。いままでの恐怖とか驚きもぜんぶ吹き飛んでしまうぐらいに、嬉しい。その勢いにのって宮地先輩のもとへ走り寄ろうとしたらまた腕を強く引っ張られた。おい、なんてことをしてくれるんだ。はやく私はあの不気味な笑顔を浮かべた宮地先輩の胸に飛び込みたいのですが。この手を離してください。それよりなにお前宮地先輩にガンつけてるんだ、やめなさい。

「つーかお前こそ誰?なにウチのマネージャー様にちょっかい出してんだ?階段から突き落とすぞ」

ぴきぴき、と額に青筋をたてる宮地先輩の言葉に思わず息が止まった。…ウチの、を俺の、に変換して肩を震わせる私にこの場にいる男のひと全員が一瞬私を不可解なものを見るような目で見ていた気がする。だけどまたトゲトゲとした空気はすぐに戻った。たぶん宮地先輩にこれだけ強気で突っかかっていくのだから相手の人は一年生かなにかなのだと思う。秀徳の宮地先輩を知らないとは。生意気に言葉を返していく男の人に宮地先輩は終始ぶち切れそうだったけれど練習試合中ということもあって大分抑えているようだ。暗い笑みを貼り付けたまま私の腕を掴んでいるその人の手を叩き落とす。ああ、やっと開放された。

「ありがとうございます宮地先輩!」
「あっはっはー、なにお前も簡単に捕まってんだー?轢くぞ、軽トラで」

べしん、と笑いながらでこを叩かれた。ああ、そんなところも格好いいです!私が宮地先輩のところへ駆け寄っていくのを見た相手校の男はつまらなさそうに舌打ちをしてからこの場を去っていった。きっと私と宮地先輩のラブラブっぷりに圧倒されてしまったんだと思う。でもそんなことより私はいま宮地先輩に会うことができてすごく嬉しい。自然と笑みがこぼれてくる。んふふ、と笑うとため息をつかれた。宮地先輩心配してくれたんですね。

「私、いますっごく幸せです!」
「はあ?馬鹿なこと言ってないではやくソレ持ってけよ」

あ、そうでした。水道のところへ置きっぱなしにしてあるジャグを宮地先輩が指差して改めて当初の目的を思い出す。すっかり氷は小さく溶けていて、すっぽりとジャグの中におさまっていた。一件落着。ジャグの蓋をしめながらほっと息をつく私に宮地先輩は疲れきったような目を向けてきた。それでもちゃんと私の隣に立っていてくれる先輩はツンデレなのだろうか。胸がきゅんきゅんするとはこのことだと思います。どうしてこうも宮地先輩のとなりは居心地がいいのかな。ずっと宮地先輩の隣に居れたらいいのに。…あ、それ、すごく良い。

「先輩、私いま決めました!ずっと宮地先輩のとなりに立っていることを目標にします!」
「なんだそれ。ずっとは無理だろ」
「ずっとは、ってことはたまにならいいんですね!」
「あーうるせー、さっさと戻んぞー」

くるりと背を向ける宮地先輩の頬がわずかに色を帯びて見えたのは気のせいだろうか。慌ててジャグを抱えながら待ってください先輩、と声をあげれば渋々こちらを振り返って立ち止まってくれる先輩。なんで、こんなに、ああ。好きすぎる。大分重みのましたジャグに苦戦しながら宮地先輩のもとへ急ぐ。先輩はそのジャグを代わりに持つ、ということはしないけれど何気なく私の歩幅に合わせて横を歩いてくれた。そのさりげない優しさに無性に身体が熱くなる。いますぐにでもこのジャグの中身を頭からかぶってしまいたいぐらい。
遅くなってすみません、と二軍の試合に戻るとなんだか異様ににこにこした笑顔でみんなが迎えてくれた。どうしたんですか、と聞こうとしたらここまでついてきたくれた宮地先輩がそれ以上の笑顔でみんなを威圧してた。一体なにがあった。

「あ、そういえばみょうじの携帯光ってたぞ」

思い出したように二軍の先輩が教えてくれたので確認してみるとやっぱり着信が入ってた。およ、と誰からの着信なのか見たらまあ予想はしていたけれどそいつだったのでそっと携帯をもとの場所へ戻す。何も見なかったかのように携帯を伏せる私に先輩たちが怪訝な目を向けていたけれど気にしない。花宮なんていう人物も知らない。よし。と、気を取り直したところでふと思う。私、宮地先輩のアドレス知らない。なんでいままで聞かなかったんだ、ばかか。ばっと勢いよく宮地先輩に向き直るとちょっと驚いたような表情をされた。可愛いです先輩。

「宮地先輩、あとで電話番号とアドレス交換してください!」
「…なんでもいいけどお前ってなんで毎回人前でそういうこと言うわけ…?」

おお〜、と二軍のひとたちの歓声を浴びた宮地先輩がバツが悪そうに言う。恥ずかしいんですね先輩、本当に最高です。
(たぶん)許可をもらえたことにガッツポーズを決めるとみんなが祝福してくれた。お、おお…味方が大勢いるようで嬉しい。

「みょうじ、宮地のことは頼んだぞ」
「宮地は口も態度も悪くて悲の打ちどころしかない男でバスケにしか真摯じゃないけど、よろしくなみょうじ」
「式には呼んでくれよ」
「任せてください先輩方!宮地先輩はかならず私が幸せにしてみせます!」
「おいそこー、勝手に話進めんな」
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