「言いたかったのはそれだけです!」

にっこり。そうして未だに硬直したままの宮地先輩を置いて身を翻す。よし、言いたいことは言えた。すっきりした。あとは、そうだ、入部届を書かないと。
体育館にはさっきの男の子、そう、高尾くんがゲラゲラ笑っている声だけが響いていた。ううん、我ながらシュール。でもやっぱり、伝えておきたいことってちゃんと伝えておかないとダメだと、私は思っているので。ああやって勢いに身を任せて言ってしまったわけだけれど。まずかったかなあ。

「ったく、今年の一年は…」

大坪先輩が頭を抱えてた。あ、やっぱりダメだったみたい。



今日は新入部員の顔合わせがメインだったので部活は早めに切り上げられた。ちょっと残念。一日目というだけあっていそいそと帰る人がほとんどだ。部員の波に流されそうになりながらも宮地先輩を探した。べつにストーカーじゃない。単なる興味だ。
きょろきょろと見渡すとジャージ姿の宮地先輩を見つけた。帰る人はみんな制服だったから、宮地先輩はきっと自主練をするのだろうと思う。ボールを持つ先輩の後ろ姿に思わずときめいた。ああ、なんて様になるのだろう。反対側のコートでスポスポシュートを決めている緑なんて目に入らない。キセキの世代といったら目を輝かせていたのは私なのに。シュートをうつ体勢にはいった先輩に近寄る。なるべく邪魔にならないように。宮地先輩の手から放たれたボールは綺麗に放物線を描き、…あ、でも、それは。

「外れちゃいましたね」
「……もー何なのお前、轢くよ?」
「迷惑でした?」
「…今更なに言ってんだよ、ただその視線が痛いんだよ」

目元を引きつらせながら言う先輩に多少なりとも優しさを感じる。なんだ、てっきり迷惑だから帰れとでも言われると思っていたのに。はずれて転がったボールを拾う。バスケットボールはなんだか久しぶりに触ったような気がする。しっかりその感触を身体に染み込ませながら宮地先輩へとそれを投げる。ボールを受け取った宮地先輩はバツが悪そうに目をそらした。まあ、私がマネージャーとして強いて先輩にかける言葉があるとすれば。

「軸がずれてました」
「は?」
「宮地先輩の軸は、ここ」

ぶすり。人指し指を宮地先輩の身体の中心に突き立てる。なるべく力をこめて。案の定宮地先輩は痛みに顔を歪めたけれど、これぐらい強く刺さないと身体の軸を認識してもらえない。
私はマネージャーとして月並みなことしかできない。帝光のマネージャーだった桃井さんのように情報収集もそれほどできないし、選手の力具合を見てメニューを作ることもできない。ただできることといえば、そう、ただ選手の軸のずれを修正することくらい。小さなことだけれど、それはきっとやらないよりはマシで。
シュートしてみてください、と言うと渋々宮地先輩は従う。さっきより整った体勢で、ボールはゴールに吸い込まれた。

「ナイスシュートです先輩!惚れました!」
「はっ、お前、なかなかやるじゃん」
「え?決めたのは先輩じゃないですか!」
「あー今日はどっかのチビのおかげで疲れたー」

私の言葉を遮るように宮地先輩が声をあげる。チビ…?チビって、もしかして私?…なわけないよね!うん自意識過剰「おめーだよ」
私だったか。宮地先輩に頭を鷲掴みにされた私は引きつった笑みを浮かべる他ない。やだなあ先輩、私はボールじゃないですよ?勘違いなんて可愛いところもあるんですねっ!と、別に口に出していたわけじゃないのにさらに強く頭を握られた。なに宮地先輩ってエスパー?それとも愛の力?というかいい加減頭が痛いです先輩ごめんなさい。頭ぶわあってなりそう。

「先輩頭破裂しそうです…」
「当たり前だろ破裂させようとしてんだから」
「ぬぁあ…!せ、先輩!練習!練習しなくていいんですか!?」
「はぁあ?誰のせいでこんな疲れてると思ってんだ」

私なんですよね。はい。
ニコォ…といった感じに微笑んで私の頭をギリギリする宮地先輩。痛い痛い。愛…そう、これは私に向けられた愛!?愛の試練…!?そう考えるとなんだか、堪えられそうな気がする!一瞬のうちに全身からお花を飛ばさせた私に宮地先輩はドン引きしてた。そのひくついた表情も素敵。

「はー…、ジュース」
「…はい?」
「ジュース買ってこい。先輩命令な、それで今日は許してやる」
「えっ、あ、ハイ!」

ぱっ、と頭を解放されて跳ねるように自販機へと走った。途中休憩していたらしい緑間くんとすれ違った。そのときにあからさまに目をそらされた気がしたけど、気のせいかなあ。あれか新入初日に三年生に向かって愛を叫んだからか。だよね緑間くんそういうの苦手そうだもんね。隣の席なだけあって、仲良くしたいなあと思っていたのだけれどこれはしくじったかな。
自販機を前にしてふと考える。緑間くんにも買っていってあげよう、うん。これもマネージャーの務めだ。宮地先輩と緑間くんのぶんのスポーツドリンクをポチポチ押した。ついでに自分のぶんということで麦茶も買う。おいしい麦茶って書いてあるけど本当においしいんだろうな…。
半信半疑で買った麦茶を片手に戻るとちょうど緑間くんがキレーなシュートを決めたところだった。爽快な音が体育館に響く。さすが。

「緑間くん」

ふう、と一息吐いてから緑間くんが振り返る。やっぱりキセキの世代なだけあって、迫力があるというかなんというか。汗を腕で拭う一連の動作を目で追いつつスポーツドリンクを差し出してみる。一瞬疑うように彼の目が細められたけれど。無難な笑みを浮かべてそれを手渡すと緑間くんはくいっと眼鏡をあげて誰も頼んでいないのだよ、と言いのけた。なるほどツンデレ。…ん?なのだよ?…なんだギャグか。緑間くんも面白いところあるじゃん。
私から受け取ったスポーツドリンクをなんだかんだで飲んでいる緑間くんに少し親しみやすさを感じた。ああ、そうだ。緑間くん、ってなんかよそよそしい感じがする。どうせならもっと親近感が沸くような呼び方をしたい。緑間…みど、みどり…み、
「それじゃ、また明日ね!みっくん!」
「ぶっ!!」
うしろで緑間、もといみっくんがスポーツドリンクを噴いてた。よっぽど嬉しかったんだと思う。

緑間くんの反対側のコートでドリブル練習に励んでいた宮地先輩のもとへ戻ると、にっこりという真っ黒な笑みが迎えてくれた。そんな腹黒いところも良いと思います!先輩!
グッ、と親指をたてて宮地先輩の前まで走る。

「ただいま戻りました宮地先輩!任務達成です褒めてください」
「おっせぇんだよ何?わざわざ販売者のとこまで行ったか?」
「うあぁ…すみません!緑間くんにもあげてきました」
「…緑間ァ?」

ああ、これは失言だったかもしれない。緑間くんのことは地雷だ。思ったとおり宮地先輩は殺気立ち私からペットボトルを奪い取りベコンと握力でへこませた。まあ、そうなるのも無理はない。いきなり来たキセキの世代だとかいう一年に当然のごとくレギュラーを奪われるのだから。…でもあれだけ練習積んでて、ただ一言にキセキの世代だからで括られるのもどうかと思うけどなあ。
気だるそうにTシャツの中に風を送り込む宮地先輩をみやりながらそんなことを考えてみる。なんだか観察力のある宮地先輩はそんな私を一瞥して呆れたように溜め息をついた。

「ま、見る限り実力は相当だし、もてはやすのも分かるけどな」
「でも中学のころは目の上のたんこぶでしたし、正直そんなに早く受け入れられませんよ」

本当、キセキの世代のおかげでうちの悪童さまは無冠の五将なんていう名をつけられるし散々だった。だから実際のところそれほど好感をもっているわけじゃない。でもこれから同じチームとしてやっていくなら、というわけで。なんか酷いことを言っている気もするけれど本当のことなのだから仕方ない。まあ仲良くなるなら自然とそうなっていくだろうし今どうこうすることもない。

「ぶっ、は!お前、なにそれすげー面白い」
「へ?」
「なんだお前ただの馬鹿じゃねえんだな」
「失礼ですよ先輩!私やるときはやる子なんです!」
「あーハイハイ、まあ、お互い頑張ろうぜ」

そこで初めて、宮地先輩が私を認めてくれたような気がしたのです
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