まさかお前があの秀徳高校に入れたなんてなあ、なんて言葉を何度となく浴びせられた私は今日、その秀徳高校での入学式を終えた。
なんか本当に由緒正しい学校って感じだ。そんな秀徳に行くなんて言ったときはみんな面白いくらいに目をまるくさせてた。正直私だって自分がこんな厳しそうな学校に進学するとは思っていなかったけれど。とりあえず、バスケが強いっていうのと家からもまあまあ近くてあの二人がいないという点からあれやこれやとここに決まったというだけである。ちなみにあの二人というのは中学のころにバスケ部にいて散々いじめられた極悪先輩のことだ。とにかく思い出したくもないのでその話はおしまい。
まあ、そういうわけで。私はこの秀徳高校で三年間を歩んでいくのだけれど。早速、早速だ。
迷子だ。

新しいクラスでの説明やらも終わって次は部活動を見に行くのかあ、なんて思って浮かれていた結果がこれ。笑えない。何故か他の生徒の姿も見当たらないし、なにこれ神隠し?いつの間に私はこんなアンラッキーガールになっちゃったの?だとかふざけた事を考えながらも内心焦りまくりである。
だいたい秀徳高校なだけあって学校の建物自体がボロ…いや、歴史あるだけに、なんとも不気味。校庭のほうで部活動勧誘をやっているみたいだ。ふいに窓から見えた人だかりに少しだけ安心した。とりあえず外に行きたいけれど如何せん靴箱がある場所にいけない。そもそもここは何階?同じクラスの隣の席だった男の子が妙に背が高くて緑でなんだアレって思ったらあのキセキの世代の緑間真太郎で、えっ秀徳バスケ部って緑間獲得したのかなんて感心してる場合じゃなかったのよ。

「…はあ」
困った。でもどうしても私は一刻もはやくあのバスケ部に行きたい。マネージャーなんて中学でやめてやるとは思っていたけれどやっぱり選手を影からサポートしていくのは楽しい。いや、中学ではまったくそんなことはなかったけれど、高校でこそは輝いたマネージャー業を送ってやりますとも。ええ。そのためにはまずここから脱出しなければいけないのだけれども。
あ、でもあそこに体育館が見える。中に人が何人か見えたからもう部活をやっているのだろうか。何階かも分からない窓から身を乗り出して体育館を覗いてみる。人がいっぱいだ。選手層が厚いとは聞いていたけれどこれほどとは。ということはマネージャーも多いのかな?だったら、嬉しいなあ。
ぼーっと、ただ憧れるように体育館を眺めていると、ふと足音が聞こえた気が、した。なに怖い。窓から視線を外し、自分の左側に目を向ける。
…誰もいな、「なにやってんだお前」
「ぎゃあああああ!!」
「あっオイ!」
視線を向けた反対側から聞きなれない声を聞いた。から、叫んだ。逃げた。ら、手を掴まれた。やばい、え、何、幽霊、?
なかば半泣きになりながら恐る恐るその人物に目線をあげる。背が、かなり高い。緑間くんとさして変わらないぐらい、だから190はあるだろう、たぶん。でも同学年に緑間くんばりの背の人なんてそうそういなかったから、きっと先輩だ。とりあえず人が見つかってよかったけれど、ああ、びっくりした。いきなり叫んでしまったのは失礼だったかもしれない。
いまだに体を強ばらせている私を怪訝な目でじろじろと見てくる先輩は掴んだままだった手をぱっと離した。やっと自由になった手を反対側の手で掴みながら、改めて先輩に向き直る。

「え、っと。すみませんいきなり叫んで」
「いや、別に…ってお前、一年?」

入学式でつけられた花のようなものに気づいた先輩が声をあげた。それにこくん、と頷くと先輩は察しがいいようですぐに私が迷子だということを理解した。ううん、入学早々恥ずかしい思いをしてしまった。下駄箱まで案内するから着いてこいという先輩に感謝しながらこっそりため息をついてみる。はあ、はやくバスケ部に…ってあれ。ちょっと待て。この先輩が着ているジャージってなんだか見覚えがあるような。それにしても、やっぱりこの人ずいぶんと背が高い。
…秀徳バスケ部、ではないか。

「センパイ」
「あ?」
「もしかしてバスケ部ですか?」
「…そーだけど?」

あたりだ。どうしよう。テンションが上がった。ちなみにもれなく口角も知らず知らずのうちに上がっている。所謂にやにやというやつである。なんだ、私、ちゃんとバスケが好きだったんじゃないか。口元を隠しながらふふふと笑うとやっぱり察しのいい先輩は訝しげな視線を私に突き刺してきた。自慢じゃないけれどこういう視線を浴びるのは慣れている!俗に言う痛い視線を華麗に受け流し、すかさず先輩へと声をかける。

「じゃあ今から部活やります!?」
「…やるけど、何、お前経験者?」
「いえ、マネージャーです」
「ああ、マネージャーな。うちマネージャーはそれほど人多くねーから助かるわ」

無意識。本当に無意識、だったのだと思う。先輩が、そう、あまりにも綺麗に笑うのも。無意識。そしてそれを見てどうにも言えない何かが湧き上がってくるのを感じたのも、無意識。ぶわああ、と身体の中心から熱いものが顔に集まってきて、ああ、なんだろうこれ。咄嗟に顔を袖で覆って、深呼吸してみる。落ち着け、落ち着けなまえ。いままで性悪な悪童とかしか見ていなかったから、急に純真な微笑みを見たから、だからちょっと驚いただけだ。別に、そういうあれじゃない。落ち着け。深呼吸しよう。…うん、だいぶ落ち着いた。大丈夫。さっきのは入学式で疲れてたからなんか可笑しかっただけ。
惚れたとかそんなわけ、
「ん、ここが下駄箱な。つぎ迷ったら刺すかんなー」
「刺す!?」
「ジョーダンだよ、んじゃオレ一回部室寄ってくるから適当に体育館行っとけ」
ぽん、とすれ違いざまに肩を叩かれて。そこで私は確信したのです。
ああ、落ちたなあ、と。



「あれっ、みょうじサンじゃん。もしかしてマネ?」

やっとのことで体育館に着いたらなんだか見たことのあるような男の子に声をかけられた。名前はよく思い出せないけどとりあえず頷いてから監督らしき人を探した。うーん、いないなあ。こういうときは主将に言えばいいのかな。それにしても私以外の女の子はいないんだけれど、ほかにマネージャー志望はいないのだろうか。これじゃあ中学のときとあまり変わらないじゃないか、ううむ。なんとなく沈み込む私に不意に声が降ってくる。
「マネージャー志望か?」
「あ、はい!」
なんかこの人見たことある!緑間より大きい…あ、大坪先輩だ!中学でも結構有名だったような気がする。そうか、秀徳はあの大坪泰介が主将なのか。得体の知れぬ感動に浸っていると大坪先輩が入部届けなるものを渡してくれた。
う、わあ、これで私もあの秀徳のバスケ部のマネージャーに。入部届けに名前を書く手が僅かに震える。
「おーい宮地遅ぇーぞ」
「うるせーな、迷子案内してたんだよ撥ねるぞ」

ボキッ、と。その声と会話の内容を聞いた瞬間に、シャーペンの芯が折れたのが分かった。
…みやじ、宮地…って、いうのか。先輩。なんだか、最後に物騒な言葉が聞こえたけれど、そんなことは問題ではない。私は書きかけなのにも気に留めずに入部届けを力強く握り、その宮地先輩のもとへ歩き出す。私に気づいた宮地先輩があ、と声をあげた。そんな先輩の目の前に立ちはだかると、宮地先輩はもちろんのこと、大坪先輩を始めバスケ部の面々が目をまるくして私に視線を向ける。けれど私はそのいくつもの視線に臆することなく。

「私、みょうじなまえは貴方が、いえ、宮地先輩が好きです!」

「…は?」

それは、秀徳高校バスケットボール部が今年度初めて心をひとつにした瞬間でした。
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