「今日は何の日でしょうか!」

朝練の後。
なまえは突如として着替え中のオレたちの前に現れたかと思えばそう言った。パン一姿だったザキがきゃあっと信じられない悲鳴をあげるのを横で聞きながらとりあえず答える。

「耳の日」
「ひな祭りだろ!」
「七夕じゃん」

オレに続きザキ、原の順で発言したがなまえは思い切り顔を歪めてから違うと一蹴し、側にあったロッカーをばんと叩いた。なんて暴力的な…。いや、こいつが言いたいことは大体分かってはいる。しかし七夕と言った原はともかくとしてオレとザキは一応正解なんじゃなかろうか。
ずかずかと男子更衣室に足を踏み入れ、果てには置いてあったパイプ椅子の上に立ったなまえは高らかに言う。

「今日は紛れもなく、この私の誕生日だよ!」

その言葉を聞くなり動きを止めていた部員たちはいそいそと着替えを再開させた。面倒事には巻き込まれたくない。皆の考えはこのときばかりは一致したようだ。
さあ祝え奉れと言わんばかりにふんぞり返った女にほとほと呆れる。さっさと着替えを済ませその横を通り過ぎようとすればすかさず肩をがっと掴まれた。…ああ。

「待ちたまえよ古橋くん」
「やめろ触るな通報するぞ」
「そんなに全力で…」

地味にショックを受けているなまえに冷ややかな視線を送る。本当なんなんだろうかコイツは。肩に置かれた手を軽く捻りながら何か用かと尋ねた。痛みに悶絶しつつ椅子から降り立ったなまえはオレをじとりと睨む。
…というか、何でこんな面倒な日に花宮のやつは居ないんだ。花宮さえいればこのバカももう少し落ち着いているはず。たぶん。まさか花宮がいないことを確認済みでやっているんじゃないだろうな。だとしたらちょっと昼飯のコイツのパンを平面にしてやる。

「何か用かって古橋あなたって本当に馬鹿ね!誕生日の人を前にして言う事なんてひとつでしょう」
「思ってもないことを言うのは気が引けるな」
「思って!」

…本当に面倒くさいなコイツ。
オレの右手をがっしり握ったまま必死な形相をするので何となく面白いと思ったがやっぱり面倒。というかオレは早く教室に戻りたい。相手にしなくなったオレに埒があかないと思ったらしいなまえはターゲットを原に変えた。やっと着替え終えた原を視界に収めるや否や、期待に満ち満ちた表情でヤツを見つめている。それはいいがオレの手を離せと言いたいところだ。なまえの熱い視線に気づいた原は一度風船ガムを膨らませてからやれやれといった調子で口を開いた。

「っていうかなまえの場合さぁ〜、花宮に祝ってほしいだけなんじゃないの。恥ずかしいからってオレら巻き込むのやめてくんない」

聞いた瞬間、掴まれていたオレの右手が悲鳴をあげた。なまえがとんでもない力で握ったせいである。痛いと苦情を述べようとしたが取り乱したなまえに届くとは思わないので閉口した。

「ば、ばば馬鹿なこと言わないで!そんな、べつに!花宮に一番祝ってほしいとか…全然!思ってない!恥ずかしいなんてひとつも…これっぽっちも思ってないから!」
「いやバレバレだし」
「花宮なら多分もう教室にいるよ」
「やめて瀬戸!違うから!本当に!」

ぶんぶんとオレの手を振り回しながら否定するなまえにイラっとしつつ。手汗の量が半端じゃない上、顔もこれまでになく赤い。これで言い逃れできると思っているならコイツは今世紀最大のアホなんじゃないか。なまえが花宮のことを好いているのはもう部員のほとんどが知っていることだ。その好意の意味が恋愛としてなのか、尊敬からくるものなのかは未だに不明だが。
…いや、それはどうだっていいんだった。

「と、とにかく!おめでとうの一言ぐらいくれたっていいんじゃないかな!」
「あーオメデトー」
「うんおめでとう良かったな」
「原の棒読み具合と瀬戸の子供扱いが腹立たしいけどまぁいいや…。行こうか古橋」

何でだ。
例のごとくオレの手を握ったまま更衣室を後にするコイツに突っ込まずにはいられなかった。去り際に部員たちからの同情をはらんだ視線を浴びてとにかく最低だと思う。何だかんだ言ってうちの部員はなまえに甘い。花宮は別として。好き勝手させて面白がるのはいいがオレを巻き込むことだけは勘弁してほしい。本気で。
教室を目指して歩くなまえに手を引かれながら、半ば諦観して空を眺めた。

「何はともあれ、今日は私が王様だから。古橋は侍女ね」

何で性別が変わったんだ。というツッコミは後回しにしておく。それよりも。

「花宮にやってもらえば良いだろ」
「ぶっ!ふ、古橋まで何を…!」

ばっとオレから離れて顔を真っ赤にする。ああ、やっと手が解放された。また握りつぶされたらどうしようかと思ったが良かった。顔を手で覆ったまま立ち尽くしているバカに大丈夫か(頭が)と多少心配になる。声をかけるべきか迷う。このまま置いていったほうがオレは幸せな気がするからだ。少し悩んだところで、そろりと指の間から瞳を覗かせた。数秒間目を合わせた後。なまえは警戒するように周囲を見回しながら恐る恐るオレのほうへ近寄った。

「古橋…、私のベストパートナーと見込んで頼みがある」
「誰がいつお前のベストパートナーになった」
「いや、頼みというか…願望なんだけど」
「スルーか」

やけに神妙な面持ちで言ったなまえに嫌な予感しかしない。さり気なく後ずさりしたオレを見逃さず、制服のネクタイをがっしり掴まれた。何だこれ、脅迫?通りかかる生徒らからの不審な視線を受けて僅かに顔が引き攣る。なまえはたっぷりと時間を置いた後、覚悟を決めたように真剣そのものの表情で言った。

「花宮に…おめでとうを言ってもらいたい」

正直、笑った。



「あのさぁ…女の子が真剣に言ったことに対して爆笑ってどうかと思う。しかも原ならともかく、普段ニコリともしない古橋がだよ、ちょっとした放送事故じゃん。恐怖と羞恥を同時に味わったよ。すごく屈辱。…ねぇ聞いてる?」
「き、聞いてるから…。やめろ思い出させるな笑う」
「笑うなってば!」

ばん、とオレの机を叩くなまえに噴き出しそうになるのを堪える。いやあれは結構な傑作だと思う。今までになく面白かった。なまえはオレの前の席に腰を下ろすと納得がいかないといった顔で唇をとがらせた。…まぁ、なまえが真剣に言っているのは分かる。しかし内容が内容だけに現実味がない。あの花宮から祝福の言葉が出るとは到底思えないのだ。いくら一日王様のなまえの願いとはいえ、オレがどうこうできるものでも無さそうだ。

「有り得ないのは分かってるんだけど、誕生日ぐらい夢見たいじゃん」
「………」
「来年の今頃なんて、もう卒業だよ!チャンスなんて今年しかないの!分かるよね古橋!」
「…まぁ」

しかしその最後のチャンスとやらを告白に使うでもなく、誕生日を祝ってもらうことだけに使うというところが何とも。馬鹿らしいといえば全くもってその通りだが、可愛らしいといえばそれもまたそうなのではないだろうか。…いや。それはともかくとして。こうも必死に願われては、少しぐらいは付き合ってやらないでもないかと、思う。面白い気もする。断ったら後々やかましそうだからな。

「…仕方ないな」
「さすが私の侍女!」

立ち上がって高らかにガッツポーズを決めた。もう、その勢いで花宮のもとへ行けば良いんじゃないかと思う。…と、いうか。いっそのこと。
「花宮!」
呼べば良いのだ。
ちょうど教室前を通りかかった花宮を見つけ、声をかける。横で面白いほど肩をびくつかせたなまえを鼻で笑いながら、怪訝そうにこちらを見やる花宮に手招きをした。しょうもない予感を察知したのか、面倒くさそうに眉間に皺を寄せる。オレらのほうへ歩んでくる花宮を横目で見つつ、慌てふためくなまえは傑作だ。

「ちょっと待って!私まだなんにも考えてない!」
「祝って、とかって言えばいいだろ」
「そんな図々しい真似できないよ!」
「お前さっきオレらの前でやってなかったか」

あれは図々しいの域を優に超えていた。
ついに花宮を目の前にしたなまえは顔を赤だか青だかよく分からない色にさせて固まった。改めて思うが本当にコイツ、オレたちと花宮でじゃ態度がらっと変わるな。だからどうしたというわけではない、が。動かないなまえを一瞥してから、花宮が訝しげな視線をこちらへ向けた。

「これは何だ」
「花宮に言いたいこと…いや、言ってほしいことがあるらしい」
「は?」
「…おいなまえ、早く言…」

早く言えと言おうとしたところで口を噤む。がたっと勢いよくなまえが立ち上がったからだ。やる気になったようだ。素早く花宮の手首を掴むと一言、来て、と言った後そのまま花宮を引きずってどこかへ走り去っていった。あまりにも急なことで花宮はもちろんのこと、オレすらも対応できずにただ呆然とその光景を見ていた。さながら結婚式に乱入して花嫁を攫っていく第三者の男といった感じ。妙に感心してしまった。

「なまえのやつマジで花宮連れ去ってったけど何あれ、笑うところ?」
「恐らく」

いやーなまえウケるわー、と呟く原の声を聞きながら小さく息を吐いた。静かになって良かった、が…。



「あのねぇ…今日私の誕生日なんだよって言ったら、へぇ〜って返されてね。流れでおめでとうって言ってくれるのかなって思って待ってたんだけど遅生まれだなって普通に感想言われたんだよね。まぁそれでこそ花宮だし仕方ないかって思ったの。その後で何て言ったと思う?古橋と付き合ってたんだな、おめでとうって言ったの!何だかニュアンスが違う気がしたんだけど結果オーライかなって感じだよ」
「それ多分おちょくられてると思うが」
「それでこのラムネ貰った!嬉しかった」
「ああ…そうか」

花が咲かんばかりの笑顔を浮かべてラムネを抱きしめるなまえにそれでいいのかとツッコミたかったが本人が満足げなので良しとした。

「というかあれって軽く失恋してるんじゃないか」
「いやいや、なまえの花宮への好きは犬が飼い主に抱いてるものと同じ好きだし」
「は…」

帰り際にでもおめでとうぐらい言ってやろうかと思った。



五月さんお誕生日おめでとうございます!
非っっ常〜に遅れてしまって申し訳ありません;▽;当日にお祝いしたかったです〜!
ツイッターのパスワード忘れって本当に悲しいですよね。分かります。どうにかご帰還されることを願っております!
キャラを誰にしようか迷った結果古橋になりました(笑)こいつを貰って嬉しいのかなと悩みましたが強行突破です。すいません!
この度はこの度は企画参加ありがとうございました。
良い一年をお過ごしになることを願って!

2014.03/03

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -