二月十四日、深夜零時。
バイブが鳴る携帯で目を覚ました。チカチカと目障りな光に眉を寄せつつ携帯を手に取る。…メールだ。送信者は福井。思った通りだ、とぼんやり思いながらメールを開けばそれも思った通りの内容であった。

「誕生日おめでとう」

…寝た。



「なまえさーんおはようございまっす」
「…おはよう高尾」
「バレンタインデーっすね!」
「虫歯菌にまみれろ!」
「エッ」

登校早々私の理不尽ともいえる暴言を浴びた高尾はピシャリと固まった。
…いや、いいのだ。私は悪くない。バレンタインだかチャランポランだか知らないけど朝から浮かれまくっている高尾が悪い。我ながらめちゃくちゃな話だとは思う。しかし今日の私はそんなことを気にしない。
既にちゃっかり貰っているチョコやらクッキーやらの箱が入ったバッグを引っさげた高尾の横を通り過ぎる。すると今度はまた別の声がかけられた。

「ようなまえ、荒れてんな」
「…宮地」

何のつもりなのかひらひら手を振りながら近づいてくる宮地。この男も今日というチョコレートカーニバルに浮かれているのだろうか。宮地ってそんなタイプだったかな。やけに上機嫌な宮地をじとりと睨みつけるとポン、と頭に手を置かれた。悪そうな笑みもプラスで。

「聞いたぜなまえ、今日が誕生日なんだってな?おめでとさん」
「どうもありがとう」
「そして。このオレ様が今日お前がどうしてそんなに苛立っているのかを当ててやる」

アホなのかこの人。最近彼女にドルオタすぎてキモイという理由で振られたからきっと人の不幸が嬉しいのだとは理解している。そこを考慮したうえで、私が仕方なく聞いてやろうとした。そんなところで先程までフリーズしていた高尾が復活したらしい。なんだなんだと好奇心にまみれた瞳を私たちに向ける。お前はその大量のチョコレートを全身の穴という穴に詰めてなさいと言いたいところを抑えて。
満を持して宮地が口を開いた。

「バレンタインデー、挙げ句誕生日だってのに恋人に会えない!」
「ピンポーン正解の宮地にはこの私の芋けんぴを贈呈」
「痛ッ」

むき出しの芋けんぴを宮地の手の甲に突き立てる。案の定手を押さえて悶える宮地を鼻で笑いながら視線を高尾に移した。今のでちょっとだけスッキリしたような気がする。ちょっとだけ。
高尾は未だ状況が理解できていないのかキョトンとしたままである。なのでとりあえず、残りの芋けんぴを高尾に渡すことにした。二度見をしないでほしい。

「高尾にはチョコレートの代わりにこれをあげます」
「オレ、バレンタインに芋けんぴ貰ったの初めてっス」
「他のマネージャー達はみんなオシャレなやつくれてたのにお前…しかも刺すってお前な」

だって今年は一つの例外を除いて、チョコレートは作っていないから。あげないチョコレートよりあげる芋けんぴだと思う。
はあぁ、と溜め息をこぼす私を見かねた宮地は高尾をシッシッと追っ払った後比較的小さめな声で言った。

「福井と何かあったのかよ」

福井というのは私の交際相手、つまりは彼氏というやつである。改めてその名前を聞いて落ち込むのも無理はない。秋田と東京という遠距離がつらいというのも確かにある。バレンタインならまだしも、私の誕生日ですらも会えないのだから。しかし今の私にとって一番の問題はそこではないのだ。
ぐっ、と拳を握りしめながら無駄に背の高い宮地を見上げる。

「いらないって言われました!」
「……は?」
「チョコレート!」

ヤケクソと言わんばかりの勢いに宮地はたじろいだ。
もはや笑うことすらもできないほど哀れだとでも言うんでしょう。こんなバレンタインデープラス誕生日という二重イベントのときに。なんて可哀想な女だと。そんな、死にかけの蝉を見るような目で私を見ないで宮地。
「……福井が?」
「…………」
「……………」
「……………」
沈黙に耐えられなくなった私が逃走したというのは言うまでもない話だ。

事の発端というか、経緯というか。それは大体四日前に遡る。
いつものように、普段通り。何て事はなくヤツと電話をしていたまでは良かった。チームメイトのゴリラがどうのとか雪が如何にヤバイかとか云々。中身の特にない話をするのも今に始まったことではない。だから私も、ふとした思いつきで話を切り出したにすぎない。本当に、軽い気持ちで。
なのに。
「そういえば、今年のバレンタイン何がいい?」
「いやいらん」

切った。
…いや、さすがにそれはないだろう。ただの聞き間違いだろうと思ってかけ直してみたらまたも同じことを言われた。そのときの私の顔といったら、保存版である。
こういったわけでなぜかバレンタインを拒絶された私は荒んでいるのだ。身も心ももれなくすれっからし。バレンタインだなんだと浮かれているカップルはみんな円形脱毛しろと、私は声を大にして言いたい。



「どっひゃ〜、見てくださいよなまえサン雪!雪降ってますよ!」

今日1日まるっとテンションの高い高尾がボールを器用にくるくる回しながらそんなことを言った。体育館の窓から外を覗いてみると見事に真っ白。ここに雪が降るなんて珍しいなぁ。ホワイトバレンタイン。なんてロマンチックなんだ。一面白に染まった外を眺めながら少し寂しい気持ちになった。
「そういえばなまえサン誕生日なんですってね!おめでとうございまっす!」
「ありがとう」
「プレゼントと言っちゃあなんすけどコレ!じゃーんホッカイロ!」
相変わらずの調子でカイロをポケットから取り出した高尾はそれを私へ握らせた。使用済みのカチカチになったやつだったらどうしようかと思ったけど絶賛ぽっかぽかだった。疑ってごめん。

雪のおかげで部活も早く終わった。中には選手にお菓子をあげたりなんだりする人もいたみたいだけど私はソッコー帰る。早速高尾からのカイロが役立った。なんというか、雪というのは傘をさしても結局雪まみれになる。帰り道だしもういいかという結論に至り、もはや傘をさすことをやめた。
…寒い。唇にカイロを押し当てながら堪える。寒さから感覚も麻痺するし、だから私の携帯が震えていることに気付くのにも時間がかかってしまった。仕方ないね!
画面に映る名前に少し考えてから、渋々通話ボタンを押した。足下に積もる雪を軽く蹴飛ばしながら。

「…はぁい」
「なまえ、おまえ、何でメール返さねーんだよ」
「…えぇ、なんのことかな?」

わざとらしくとぼけるとため息をつかれた。

「なんだよ、怒ってんのか?せっかくの誕生日だってのによー」
「あとバレンタイン」
「今日はお前が主役だぞ」
「バレンタイン」

強調である。電話の向こう側の福井は詰まったような声をあげて分かってるよと決まり悪く言った。…福井め。
髪についた雪を払いながら白い息を吐く。

「福井チョコ何個貰ったの」
「…はぁ?」
「怒らないから。ほら。言ってみて」
「いやワケわかんねーよ」
「私のはいらないって言っておいてそんな」
「あー…、それは違ぇよ」
「ちげくない」
「…ちょっと今の可愛い」
「ちゃんと言葉のキャッチボールして」

スマン、という福井の声を聞きながら木の上に積もった雪を触る。もうこの際とことん雪まみれになってやろうではないか。帰ってもどうせ今日はお母さんも遅い帰りだろうから。雪だるま作りに奮闘しつつ福井に耳を傾ける。

「だから…、な?聞けよなまえ」
「聞いてます」
「チョコは誰からも貰ってねーし、お前のいらないっつったのも訳があってだな」
「手短に」
「…じゃあまず一つ」

不格好なミニ雪だるまが完成した。

「雪だるまぐらいもっと上手に作れ」
「ゴメン…………え?」
「それともう一つ」

今の私の状況なんて知るはずもないのに。どうして雪だるまを作っていると分かったんだろうか。時折福井ってエスパーなんじゃないかと薄々思ってはいたけどやっぱり本当だったのか。なんて、そんなはずもなく。
ぱっと顔をあげると、顔面に雪を思い切り浴びた。…なんで。

「傘ぐらいさせ」

私に雪を投げつけた福井はしたり顔で、すぐそこに立っていた。
マッチ売りの少女さながらに幻でも見ているのかと思ったけどそうではないらしい。真っ白い雪を踏みながらこちらへやってきた福井の手は確かに温かかった。顔に雪をつけたまま呆けていると一層笑われる。…いやいや笑ってる場合じゃないでしょう。何でここに福井がいるんだろう。

「…なにしてるの?」
「あ?なにって、会いにきたんだけど」

それは分かる。私が聞いてるのはそこではなくて…ああ、もう。
けらけら笑いながら私に積もる雪を払っていく福井の手が温かくて心地よい。今日は部活ナシっつー話だったから前から来ようと思ってた、とケロリとした様子で言う福井に私は何も言えなくなった。どうしてそんな急な…。というか来るなら最初から言ってほしい。寂しがってた私がアホみたいだ。

「だって今日はなまえの誕生日だろ」
「…バレンタインは」
「それも分かってた、けどやっぱオレが祝いたかったんだよ!」

照れ臭そうにそう言いながら私を抱き締めた。…あったかい。久しぶりに感じる福井の体温に今までの不満と寂寥が一瞬にして溶けて消えたような気がした。私の肩に顎を乗せたまま福井は口を開く。

「誕生日おめでとう」
「…ありがとう福井」

少しの間その体勢のままでいた後、さすがに恥ずかしくなったのかそろそろと福井が身体を離した。…本当に、突拍子ないし不器用だしアホだけどこれほど愛しいと思うことは他にない。…嬉しい、と思う。

「…まぁ、でもここまで来るので金は使い切ったからプレゼントは買えてねぇけどな!」
「えっ」
「芋けんぴなら駅で買った」
「芋けんぴ…」

でもなにより、彼の体温を感じながら祝いの言葉を貰えたことが、一番の幸せだと思うのだ。
この世に生まれて、出会えたことに感謝したい。



>烏賊墨さんお誕生日おめでとうございます!
合図のころから通ってくださってたんですか〜!ありがとうございます!
どうしてもお誕生日の日のうちにお祝いしたかったので何かと大急ぎになってしまいましたが何とかできて安心しております(笑)
この度は企画参加ありがとうございました。
良いお誕生日をお過ごしになられることを願って!

2014.02/14 秋津

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