「じゃん!どうですかこれ美味しそう」
「寒い」
「あれっ私の話聞いてます?」

公園のベンチでさっきコンビニで買ったケーキを広げてみせると予想外な返事をされた。そりゃあ1月の公園なんて確かに寒いけど、家には行きたくないと言った先輩が悪いと思う。私だってもっと暖かいところでぬくぬくとケーキを食べたかったのに。ケーキを見るなりうげぇと顔を歪める隣の花宮を横目に目を輝かせる。ケーキなんて久しぶりに食べる。

「なんでオレの誕生日にお前がケーキ食うんだよ」
「だって先輩ケーキ食べれないっていうから…。だから先輩にも買ったじゃないですか!ケーキの代わりに」
「この茎わかめのこと言ってんのか」
「そのとおり」

ぱちんと指を鳴らす振りをしてみせれば茎わかめの袋を投げ返してくる。せっかく買ってあげたというのに!やっぱりこっちのケーキのほうがいいと思い直したのだろうか。勝手なやつだ。しかし今日は花宮の誕生日。わがままくらい寛大な心で受け止めてあげようと思う。本当はケーキも私が食べたかったけど、ここは譲ってあげてもいい。私って優しい。

「いらねー」

玉砕。人の良心をいとも容易く踏みにじるあたり誕生日であれ花宮は花宮だ。仕方ない。とりあえず茎わかめとケーキは置いておくことにする。気を取り直してさきほど買った双子のテディベアを取り出した。あのビッグテディベアの代わりとして買ったものだったけどよく見れば可愛いじゃないか。片方のテディベアを手にとって花宮に渡す。

「はい、アルテミス」
「何だそれは」
「この子の名前ですよ。アルテミス」

今名づけました。そう言えば花宮は怪訝そうに目を細めながらもそのテディベアを受け取った。花宮がテディベアを持っていることってレアだなと思いつつもう片方のそれを取り出す。うん可愛い。

「なんでお前が片方もらうんだよ」
「え?いいじゃないですか2個あるんだから。あっもしかして先輩、どっちも欲しかったんですか」
「いやどうだっていい…、けど」
「ちなみに名前はアポロです」
「……アルテミスとアポロって、月と太陽かよ」

花宮は彼独特の笑い方をするとどことなく愉しげに言った。さすがは無駄に頭がいいだけはある。私がこの間テレビでたまたま見かけただけの知識をいともたやすく読み取るとは。自慢げに説明でもしてやろうと思ったのに残念だ。まあ、仕方ないか。
アルテミスは月の女神。アポロは太陽の神。それこそ双子らしい良い名前だと我ながらに思う。それに。

「先輩が月で私が太陽!どうです?ピッタリでしょう」

月は太陽がいないと輝けない。つまり花宮先輩は私がいないとダメになってしまうということだ。皮肉をたっぷりこめて言えば容赦なく足を踏まれた。痛い。踏むだけならまだしも、踏んだあとにグリグリするあたり性格が悪いと思う。そんなことを考えている横で、花宮は悪そうな表情を浮かべて私を見据えた。
あ、何だか怖いかもしれない。

「…ふはっ、アルテミスは純潔の神…所謂、永遠の処女神だぜ。それをオレに捧げるってことはなまえお前、オレに処」
「うわー!誤解です!それはすごく誤解です!知りませんでした!すいません!やっぱりアポロのほうを差し上げます先輩」
「いやぁ、オレは月でお前が太陽らしいからな?お前がいないとオレは輝けない存在らしいし?オレにはアルテミスがぴったりだと思うぜ確かになまえの言うとおり」
「わああ、うそうそ、嘘ですってばー!」

花宮の手中のアルテミスを取り戻そうとするも高くあげられて届かない。…屈辱である。ああ私の処女が。ぎりぎりと唇を噛み締めた。恨めしそうに花宮を見上げても愉快げな薄笑いを向けられるだけでどうにもできない。失敗だった。そう後悔しても遅い。
…というか、これまでになく花宮のやつが楽しそうでやるせない気分になる。そりゃあ最初は誕生日なのだから喜ばせよう、楽しませようと思ってはいたけどこんな楽しみ方ってないよ!これはおかしい。

「何だ、観念したのか?もしかしてお前、オレへの誕生日プレゼントって処女」
「セクハラだーっ!うわああ!私、処女はもっと背が190ぐらいあって童顔の年上のひとに捧げるって決めてます!」
「190あって童顔ってなんだよ」
「と、とにかく…。茎わかめ食べてください…落ち着いて」
「お前がな」

いけないいけない。そんな、下ネタなんて。どくどくうるさい心臓の音を全身に聞きながら茎わかめを押し付ける。よし、気をとり直さなくては。危ない。私はケーキを食べたい。渋々茎わかめを受け取った花宮に一安心してからケーキを手にした。ああ、ようやくケーキを食べることができる。べりりと茎わかめの袋を開けた花宮が冷ややかに私を見つめていた。

「何ですか先輩。あげませんよ。茎わかめのほうが似合ってます」
「はっ倒すぞ」
「すいません」
「許さねぇよ。いちごは貰う」
「あぁ…」

ケーキのてっぺんのいちごが攫われた。なんてことだ…。私の楽しみだったいちごを無残にも咀嚼した花宮はこちらを一瞥すると舌を見せて嘲笑した。その姿に思わずケーキを握りつぶしそうになったのは言うまでもない。
どうにもおかしい。せっかく誕生日を素晴らしいものにしてあげようと思っているのに。これでいいのだろうか。どう考えたって違うような気がしてならないけど。飽くまでも、私の感覚では。…しかし花宮は私と感覚が違うからなぁ…。どうなんだろうか。

「花宮先輩はいま、幸せだって思いますか」

いくら悩んでいても答えは出ないので率直に聞いた。だいたい私に花宮の考えていることなんて理解できないのだから。案の定、私の質問を聞いた花宮は言っている意味が分からないといった様子で首を傾げた。いままでに見たことのないくらい、間の抜けた顔だ。それはそれは今すぐに指差して笑ってやりたいぐらい。でも私も必死で、そんな余裕はない。こんな馬鹿な質問、くだらないの一言で片付けられそうなものだ。

「…何が?」
「だ、だから!誕生日が…幸せなのかって……。誕生日は幸せな日であってほしいと思うんです。せっかくこの世に生まれて…」
「………」
「私にも出会えたのに!」
「ぶっ」

笑われた。いや、そんなこと気にしない。噴き出した花宮が持っていた茎わかめを奪って続けた。

「そんなに素敵な日なのに…特別なことじゃないみたいに!それっておかしいよ!花宮先輩は鬼だし悪趣味だし最低だけど!今日だけは確かに心から私も思うよ!生まれてきてくれて、ありがとうって!」
「………っは…」
「誕生日おめでとうございます!」

呆気にとられてぽかんとしていた花宮の口に、ばっと勢いをつけて茎わかめを突っ込む。これでもくらえ!こんちくしょうめ!はあ、と一息つけば少し落ち着いた。すっきりした。茎わかめを口に咥えてただ私を見つめている花宮に笑いがこみ上げてくるぐらいに。ふ、と息を零して笑うとふと我に返った花宮にがっつりと頬をつねられた。い、痛い。

「いたいれす…すいません生意気言いました…」
「………」
「……は、花宮先輩?いたい…」
「幸せなわけねぇだろバァァカ!!」

ぎりぎりと私の頬を容赦なくつねったまま言い放つ。予想通りといえば予想通りの返事だ、と思いつつ何だか寂しい気持ちになったのはどうしてだっけ。ベンチに座る私に跨る花宮は私の両頬をがっしり右手で掴むと妙に苛立ったような、焦ったような、なんとも形容し難い表情で言葉を吐いた。

「オレは幸せなんて望んでねぇ。んなもん必要ないし無意味だ。オレは他人の…、お前の不幸が見れりゃそれでいい。お前はオレにぶっ壊されるまで、オレの可愛い玩具でいればいいんだよ…くだらねぇことしてんじゃねぇ。誕生日もなにも関係ない」
「特別な日じゃないって、本当にそう思うんですか」
「…ああ……そうだよ。今日も昨日も変わらない。いつもと同じだ」

…それなら。私の両頬にある手を振り払って、花宮の胸ぐらを掴んで引き寄せる。ぐっと花宮との距離を縮めたまま、そのまま噛み付くように。私の唇と花宮のそれが触れ合う。大きく見開かれた花宮の瞳に笑ってから離れた。

「これで、少なくともいつもとは違う日になりましたね」

にっこり。嫌味も先ほどの寂しさも含めて笑顔を向けてやると花宮は一拍間を置いてから、同様ににっと笑った。

「……ハッ、馬鹿が」
「茎わかめの味がしました。誕生日おめでとうございます」
「ふはっ…なまえ」
「ハイ?」
「悪くねぇ」
「エッ」
「…なんて言うわけねぇだろ、バァカ!」

どっちが本心かなんて分からないまま。
それでも私にとって彼は祝うべき相手であったし、祝えて良かったと本当に、そればかりはそう思うのだ。


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