どいつもこいつも。
同じような顔して馬鹿の一つ覚えみてぇに寄ってたかって喚いて。お前らみたいな馬鹿がどれだけ必死こいて媚売ったところで俺は誰のものにもならない。俺のすべてを知った気になった女だとか、勝手に友達ヅラした男だとか。揃いも揃って馬鹿しかいないのか、ここは。今日もただ単純に相手からボール奪ってシュートしてやっただけなのに、一々気色悪い声出しやがって。耳障りったらない。すごい?何が?できないお前らが普通じゃないんだ。さすが?馬鹿なお前らと俺を同等にするな。何なんだ、こいつらは。良い顔したら俺に寄生して、ちょっと悪い顔したらしたで笑えるぐらい怯えたツラなんかして。笑っちまうぜ、どいつもこいつも。

「何や花宮、今日は一段と機嫌悪いなあ」

うるさい黙れ妖怪。いつものように気持ちの悪い笑みを顔に貼り付けた妖怪が俺を見る。ああ、苛々する。部活が終わったんならさっさと帰らせろ。何が新入生の顔合わせだ。ただの足でまといが増えるだけだろう。誰が喜んでへったクソな野郎を入部させるかって話だ。一様に幸の薄そうな奴らが挨拶していく中、更に俺を苛立たせるものを見つける。ああ、あれだよ、あれ。一番ムカつく奴らだ。ただ男と居たいだけで何の役にも立ちゃしない、謂わばバスケ部の錆のようなもの。
マネージャー。俺らのサポートをしようだなんてこれっぽっちも思ってない、ただの男好きな女共。見ているだけで潰したくなる。何と最悪なことに今年もマネージャーは増えるらしい。手が汚れることが嫌いなくせに、わざわざ。今年はどうやってあいつらを減らしてやろうか。自分から行動は起こさずにあいつらを潰す方法を考えているうちに、その顔合わせとやらは終わったらしい。一年のマネージャーが気に入った男に話しかけていく様子を視界の端で嘲ながら部室へ戻る。途中で。

「あ、あのっ!花宮先輩…ですよね」

ほら、早速お出ましだ。意味不明に顔を赤らめた女に、無難な表情で視線をやった。俺の視線が自分に向いたことを確認した女は大して面白くもない笑顔を俺に見せつけながら自分の名前を述べる。そんなもの教えられたところで覚える気などさらさらないのだから無駄な行為だとは思うが。ただここで泣かれるのも面倒なので適当に返事をしてやった。内心舌打ちしてから振り切るように部室に戻る。多分あの馬鹿な女はああ、忙しいんだなと勝手に良い方へ解釈しているんだろう。そこまではまだいい。これから、仲良くなった気になって話しかけてこられることが一番、最悪だ。ああ面倒くさい。部室に誰もいないことを確認し、当たるようにパイプ椅子を蹴り飛ばす。
部室の外で未だに中身の無い話に花を咲かせているおめでたい奴らにひしひしと嫌悪感を感じた。ああ、馬鹿、全員救いようのない馬鹿。もう今日はとっとと帰ってやる。ひったくるようにロッカーにあった自分の鞄を取って、立ち上がる。また帰り際に変な奴に会わなきゃいいけど。はああ、と深いため息をついてから勢いよくドアを開けた。その瞬間、何かの手応えがあったことに気づく。

「…何で外確認しないで開けるんですか」

お前こそ何でドアの前に突っ立ってんだ。とりあえず部室から出てドアを閉めると思いっきり顔を歪めて自分の頭をおさえる女が居た。ドアを開けたときに物凄い音がしたのはこいつの頭がぶつかったかららしい。ここのドアは外開きだから気をつけろとは常々言われているはずだろうが、馬鹿かこの女。改めてその女を見てみるとあまり見覚えがない。単に俺の視界に入ってこなかっただけなのかもしれないが、と思ったところで先ほどこいつが俺に敬語を使っていたことを思い出す。ああ、なんだ一年か。顔をしかめそうになるのを抑え、とりあえずその女に声をかける。

「…ごめん、大丈夫?ここは外開きだから気をつけて」
「だからってあんな勢いで開ける人がいるとは思いませんでした」
「………」

なんだこの女。ぶつけた頭を手で擦りながら俺をじとりと睨みつけてくる。思わず舌打ちをしそうになりながら、平静を装った。生意気な女。…もしかすると、だ。考えたくない話だが、さっき俺が椅子を蹴り飛ばした音も聞かれていたかもしれない。単純な興味と、その真相を確かめたかった為に俺はこいつの手首を掴んでやった。それを見た俺に興味があるだけの女がこちらへ寄ってきてこの一年の馬鹿女に大丈夫?だなんて言ってきている。全然心配なんかしてないくせによく言うもんだ。掴んだ手首を少し引っ張って、馬鹿女との距離を縮めると寄ってきたほうの女は一層目つきを厳しくした。ふはっ、まったく恐ろしいもんだな。

「俺のせいだから、この子は俺が保健室に連れて行くよ」
「いや、別にだいじょう、」
「え、花宮くん!?」

人あたりの良さそうな笑みを浮かべて言ってやるとまだ頭が痛いらしい女は嫌そうに顔をしかめた。悔しそうな声をあげる女に背を向けて歩き出すと頭をおさえながら渋々着いてきたが、多分こいつには色々と聞く必要がありそうだと思う。まあ、別にバラされたって信じるやつなんか居ないだろうし、構わないといえばそうなのだが。ただの暇つぶしにはなるだろうと、普段は滅多に使わない教室にそいつを連れた。

「私にはここがどう見ても保健室には見えません」
「大丈夫、俺もだよ」

にっこり。反吐が出るほどに爽やかな笑みを浮かべて女を見る。女は怪訝そうに俺を凝視した。そう警戒しないで、と言う俺に対して更に警戒した体勢に入るあたり、多分あの蹴った音は聞いていたと見る。ふはっ、タイミングの悪い女だな。同情する気にもなれねぇぜ。笑いをこらえながら適当な椅子に腰を降ろして、名前は?と尋ねるとおずおずと口を開いた。

「みょうじなまえです是非みょうじさんと呼んでください」
「みょうじな」
「さん付けをお忘れですよ」
「誰が付けるか」

椅子に座る俺の1.5メートルほど前に立つ女、もといみょうじが俺の垣間見せた本性に顔を引きつらせた。…なかなか悪くない、と思う。ふっ、と自然と溢れる笑いを見たみょうじは摩っていた手を離し俺から距離を取る。こいつには馬鹿なりの野生の勘というやつが働くのか、さっきから俺への警戒が半端じゃない。まるで新しい玩具を見つけたかのように笑った俺につられてみょうじが目の笑っていない笑みを返した。馬鹿の馬鹿だな、と心中嘲笑いながらも何故かこいつに興味が湧いた。そうだな、たまにはこんな馬鹿を弄って遊ぶのも良いだろう。

「花宮だ。まあせいぜいよろしく頼むよなまえちゃん」
「死ぬほど嫌です、花宮って人は怖い人だって聞きました」
「……誰から聞いた?」
「今吉さんです、三年の」

あの妖怪何を言ってくれやがる。口元がひきつるのを感じながら今吉への殺意を放つ。というか、何でこいつはあいつの事を知っているんだ。まさかこいつ、今吉目当てでマネージャーになったとか言わないだろうな。最悪な予想を胸に思いとどませる。いや、待て。今吉がわざわざそんな女に俺のことを言いふらすなんてなんのメリットもないはずだ。そんなことをヤツがするとは考えにくい。なら、何だ?俺がこうしてこいつと接触するのを分かっていて…、いや、そこまでくると流石に妖怪以上の何かだ。まさかそんなはずは。

「ふはっ、まさかあいつの女だとか言わねぇよな」
「うわっやめてくださいそういうの。今吉さんとはちょっと親同士仲が良くてちょっと話すだけです」

それも十分たちが悪いがな。何だ、そういうことか。あいつに何らかの関係がある以上、関わらないほうが自分の身のためだが。でもどうせヤツはあと一年足らずで引退、それを考えるとそこまで重要視する必要も無いはず。…って、何を真剣に考えてんだ。ああ目の前にすごい馬鹿がいるせいで馬鹿がうつる。もっと簡単に考えろ。どうせこいつはただの暇つぶし。遊びたい時に弄り倒して、消したくなったら潰してしまえば良い。飽きたらさっさと何処かへ行ってしまえば良い。単純なことだ。最初から俺が一人の人間に潰す意外のことで執着することなんて無いのだから。そう、それで良い。

「ところで花宮先輩はどうして猫かぶってるんですか?猫好きなんですか?にゃーんって言ってみてくださいにゃーんって」
「ブッ殺すぞ」
「すみません」

一瞬にして手のひらを返したように謝るみょうじに呆れに似たようなものがこみ上げてくるのを感じる。ああ、どうもこいつといると訳が分からなくなる。怯えていたかと思えば急に馬鹿なことを言い出したり、生意気な言葉を述べたり。これが正真正銘の馬鹿ってやつか。新たな発見に僅かな驚きを得た。ああ、それはそうと。さっきのみょうじの質問の答えを言ってやろうか、この際。俺から3メートルほどの距離を保っていたみょうじの意識が一瞬それた隙に、素早くみょうじの二の腕あたりをぐっと引き寄せる。呆気にとられたまま抵抗する間もなく俺の胸に倒れ込んできたみょうじに口角が上がりつつ、逃げられぬようにもう片方の手で腰をおさえてやった。

「何でイイコちゃん面するかって?どうしようもなくくだらないからだよ、この学校も部活も友達とやらも、全部。謂わばゲームなんだよ、こんなもん。イイコ演じてりゃ攻略なんて簡単、その裏でそのゲームを掻き回すと、これがまた最高に笑える。誰も俺がこんな一面隠し持ってるだなんて思わねぇ、誰に操られてるかも知らないまま馬鹿みてぇに必死こいて生きてる。ふはっ、滑稽すぎて涙も出ねぇよ」

至近距離のみょうじを見ながらただ恍惚とそれを語る。でも喜べよ、お前は俺の話を一番に聞けた記念すべき人間だぜ。まあ、その代わりこれから俺がお前をいたぶるって決めたんだけどな。どうしようもなくおかしくてたまらない。ああ、本当に嫌になるね。こんなに人生が簡単で良いのかよ、ってな。愉快そうに言った俺をみょうじがなんとも言えない表情で見ていた。軽蔑するならそうしろ、怯えるなら勝手に怯えろ。さあこいつはどんな反応をするのだろうか。興味を胸に抱えて目の前にある瞳を見た。しかしみょうじというやつはどこまでも馬鹿な人間だった。

「あ、うん、…八割は理解できた」
「一割も理解できてねーだろ」
「とりあえず花宮先輩がゲスいってことはわかりました!」
「自慢げに言うなお前」

拍子抜けした。まさか、日本語すらも通じないとは。行き場がなくなった両手をみょうじの頬に添えた。一瞬驚いた顔をしたみょうじに内心笑ってやってからありったけの力で頬を両側に引っ張る。案の定暴れるみょうじを鼻で笑いながら、それと同時に今日の苛々が消えていることに気づいた。どうしてなのかなんて知るわけがない。知らないことは、知る必要がある。完璧なイイコちゃんを演じるためにも、こいつを攻略するためにも。ああ、そうだ、こいつを攻略してやろう。分からないことは直接教えてやらねければ。俺が如何に簡単に人間を攻略できてしまうのかどうか。みょうじの頬から手を離す。

「ああ、そうだ…みょうじ」
「なんれすか…というかほっぺ伸びたらどうしてくれるんですか」
「お前今日から俺の専属マネージャーだから、頑張れよ」
「……んっ!?」

疑うように俺を二度見するみょうじの肩をぽん、と叩いてから教室を去る。ふはっ、面白いったらねぇよ。お前はいずれ俺が潰してみせる。そう、潰して終わりにさせる。いつものように、再起不能に陥れてやろう、と。それだけ、それだけだ。俺がこいつに執着する事なんて無いし、妙な感情を持ち出すことも無い。ただのゲーム。

だったはずだ。
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