「今日って花宮先輩の誕生日なんだってね」

友人から告げられた言葉に私は危うく持っていたタオルを落としそうになった。驚く様子の私をさして気にすることなく、さっさと帰る支度をする友人の後ろ姿をぱちぱちと瞬きしながら見つめる。
…花宮の誕生日、って。なんだそれ。そんな日があったのか。どきどきと、未だに落ち着かない心臓を抑えながらふと時計を見る。ちょうど正午だ。今日が午前のみの練習で良かった、ようなそうでもないような。うーん。それもそうだよなぁ、ああ見えてあの人も人の子なのだから。誕生した日ぐらい、あるのだろう。

「花宮先輩も赤ちゃんの頃ってあったんですよね」
「…はぁ?」
「今日が先輩の誕生日だって聞いたので」

帰り道。いつものように非常に不本意ながら花宮を荷台に乗せて自転車を走らせる。ペダルを漕ぎながらそう言えば花宮は多少納得したようにああ、と声をあげた。妙に他人事のような反応だ。確かにこの人、自分の誕生日なんてどうでもいいと思っていそうだし当然といえば当然か。寂しいやつめ。オレの誕生日なんだから昼飯ぜんぶ奢れよと言われないだけマシだけど!

「それはそうと昼飯奢れよ」

誕生日だとか関係なく奢らされるとは予想外であった。
拒否すると私が大切に集めている猫シールを燃やすと脅してくるので仕方なしに承諾した。背に腹は変えられぬとはよく言うものだ。うんうんと頷きながら涙を飲んでファミレスへ入る。私の財布が花宮の暴虐に堪えてくれるか非常に心配だ。
これみよがしに地味に値段の高いものを注文する花宮を恨みながら私はお手頃価格のカレーライスである。

「遠慮しないでもっと食えよ」
「誰の金だと思って言ってます?」

心からのツッコミにも何てことない涼しい顔で薄い笑いを返されて終わった。本当に嫌なやつだと改めて実感したところで再び誕生日の件を思い出す。カレーのスプーンを口に咥えながら少し悩んだ。
祝うべきなのだろうか。いや、数分前までは少しぐらい祝ってあげてもいいかと考えていた。ちょっとぐらい、誕生日ぐらいは心を寛大に。しかし今のやり取りからして考え直したほうがいいような気がしてくる。誕生日というのは生まれてきてくれてありがとうという気持ちをこめて祝うもの。そこでどうだ。私はこの花宮に生まれてきてくれてありがとうと思う気持ちがあるか。

「いや、ない!」
「何がだよ。金か」

確かにお金もない。というか、分かっているなら奢らせないで欲しい。カレーをもごもご口に運びながら目の前の花宮を見る。やつは大して嬉しそうでも美味しそうでもない様子だ。だるそうな瞳をこちらへ向けると嘲るような笑みを浮かべられた。こんちくしょう、と叫びたいところを堪えてカレーのにんじんを噛み締める。
絶対祝ってなんてあげないんだからね!まさにそれだ。

「というかどうせ家に帰れば美味しいケーキが食べられるんじゃないですか。わざわざこんなところでご飯を食べなくたって」
「は?んなもんねぇよバァカ」
「えっケーキ食べないんですか?誕生日なのに?」
「別に特別なことじゃねぇだろ」
「そ、それは…」

どうなんだろう。
私は誕生日はすごく特別なものだと思っていた。それこそ、その日は自分が王にでもなったかのように。周りからはたくさん祝いの言葉を貰えるし、プレゼントだってある。ケーキももちろん。今日はあんたが主役と言われているような気になって非常に浮かれる特別な日だ。けど、花宮は違うのか。いや、誕生日だからといって浮かれるような純粋な人には見えないけれど。でも。

「………」
「…なに黙ってんだよ」
「…わ、わかったよ。わかりました…」
「はぁ…?」

祝ってあげればいいんでしょう!もう!いい加減にしてよね!誕生日がどれだけ大切な日なのか思い知らせてやるわ。この感情が欠けた鬼のような人間に。大体、そんなのって悲しいと思う。せっかく、この世界に生まれた記念すべき日なのに。この人は今まで祝ってもらえなかったの?そんなことってあるのだろうか。いくら最低で優しさのかけらもない人間であっても、生まれてきた以上価値のないなんてことはない。私はそう思っているので、この花宮にも、生まれてこれてラッキーだったな!と高笑いしながら言ってやりたいのだ。
そんな私の心の葛藤なんて知る由もない花宮は怪訝そうに私を見つめて、口に含んだドリンクの氷を噛み砕いた。氷食症なのかもしれない。

「先輩、いきますよ」
「…あ?どこに」
「あなたの寂しい誕生日の午後は私が貰ってあげますから!」

ばん、とテーブルに手をついて立ち上がるとやはり意味が分からないといった冷たい視線を向けられた。今更それを気にするほどデリケートでもない私は決心して財布を握り締めた。ああ私の大嫌いな暴君鬼畜の花宮真。私はあなたがこの世でトップ3に入るぐらいに嫌いで苦手で怖いけど、生まれたことが悪いなんてことは思わない。だからせいぜい、誕生日のありがたみをこの私をもって知るがいいわ!
なんとか割引券を駆使して昼食の会計を終わらせた。

「で。傲慢にオレの午後を奪った低脳なまえちゃんは一体どこに連れていってくれるんだ?…ふはっ、ウケるな」
「正直決まってないです。花宮先輩って欲しいものありますか?買ってあげないこともないです」
「別にねぇな」
「言うと思いました」
「強いて言うなら土地とか」
「とんでもない人ですね本当」

目的地も決まっていない中、とりあえず街の方へ自転車を走らせる。荷台に乗る花宮が至極めんどうそうで気に食わないけど、まぁ、ノリノリになられるよりはいいか…。うーん、と考えながら周りを見渡す。店なら結構ある。しかしこの人間とも思えない男が何を欲しがるのか皆目見当がつかない。どうせ本当に欲しいものなんて口にしないやつなのだろうきっと。どうしようもないので、欲しがっていようがいまいが勝手にプレゼントと称して適当なものを買おう。
ふと目にとまった店に入ることにした。

「これなんてどうですか先輩」
「それお前が集めてる大して可愛くもねぇ猫のシールだろうが。誰がいるかよ」
「ひどすぎる…」

木っ端微塵の言い様に意気消沈して手にした猫シールを戻す。何でだ、こんなに可愛いのに。さすが花宮なだけあって感覚がおかしいのかもしれない。うん、と納得しつつ他に何かいいものがないか探す。ちらりとパーティーで使われる鼻眼鏡が目についておもむろに手にとればすかさず花宮に肘鉄を喰らわされたので大人しく戻した。おもしろそうなのに。

「じゃあ何ならいいんですか?フィギュア?」
「心底いらねーよ」
「先輩も今日ぐらいはデレてもいいんですよ。もっと、こう…このフィギュアが欲しいなんて思ってないんだからねっみたいな…。ねえ?」
「きめぇ」
「私もそう思いました…」

適当に商品を物色しながらそんな会話を繰り広げる。なんというか、この人を喜ばせてみようと思ったのはいいけどそれって結構、いや相当難しいことなんじゃないだろうか。そんなことを薄々思い始めていた。だって花宮が喜んだり嬉しそうにしているときっていったら。私が苦しい目にあっているとき、とか……。……うーん。冗談じゃない。その路線でいったらとんだSMプレイになりそうで恐ろしいことこの上ない。どうぞ今日は私をいじめてください、なんて。

「おいなまえ」
「しませんよ!SMなんて!けしからん!私はマゾではありませんので!」
「何考えてたのかおおよそ予想がついたがお前マジでしょうもねぇな」
「何この人エスパー」
「いたぶれって言われてからいたぶるのはロマンがねぇんだよバァカ」
「わ〜こだわりを語られた〜」

それはそうと何がいいのか決めて欲しい。とかなんとか思うけど口にはしないでおく。何だかもう既にプレゼントなんてどうでもいい、という雰囲気を醸し出しているような気がしないでもない。せっかくの私の厚意だというのに。やはり無茶だったのかもしれない。と半ば諦めかけたところで。

「…なまえ」
「はぁい?」

私の名を呼んだ花宮のほうへぱっと視線を移す。やけに大きいテディベアを持っていることに嫌な予感しかしないけどまさかそんなことはないだろうと思いたい。だって、そんな大きさじゃかなりの値段がするに決まっている。そんなの、外国のご令嬢のベッドに飾ってあるようなものじゃないのか。ひきつる顔をどうにか繕いながら首を傾げると、花宮は口端を吊り上げてから言った。

「これにする」

うわあああ、と叫びそうになるのも無理はないのである。花宮の抱えているビッグなテディベアと悪魔にしか見えないその当人を交互に見やってから思わず乾いた笑いを零した。すると花宮も嫌な笑みを浮かべてきたので本当に嫌いだと思った。こんな…どう見たって値段が大変でしょう。実に楽しそうな花宮は値札に目を落として八重歯を見せて笑った。

「なぁに、たかだか一万とちょっとだぜ?」
「い、いちまん…?む、無理です!」
「んん?おかしいな、何でもいいんじゃなかったのかなまえよ…。ふはっ、まぁ別にいいんだぜ?買わなくたって。代わりに明日はオレの命令ぜんぶ聞けよ」

それは困る。花宮のことだから今吉さんの前で腹踊りしろとかって言うんだきっと…。それはどうしたって避けなければならない。今までのようなパシリならまだしも、命令となると厄介だ。逆らうにも逆らえないわけだから。
…となると、この一万ちょっとのテディベアを買うしかないというわけになる。しかし。血の気の引いたまま財布の中身を確認する。…何度みても一万なんて金額は入っていない。どうするべきか、と周りを見渡した。そこで。

「せ、先輩!こっちにしましょう!こっちのテディベアのほうが可愛いですよ。しかも双子です!」

咄嗟に見つけた他のテディベアを指差して言う。花宮の抱えているものより小さいし値段もギリギリいけそうなところだ。二つペアになっているわりにこの値段。比べるまでもなくこちらのほうが良い。上司にプレゼンするかのような緊張感に包まれる私を、冷めた目で見つめる花宮に多少心が折れかかる。どうか頷いてくれ、と神に祈った。

「………………まぁ、許してやるよ」

勝った!


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -