「………え?」

何が起こっているのか。
よく理解できなかった。というか、したくもなかった。
ただ、聞いたことのあるような男女の話し声がして目を開けたら、オレの大切なまいう棒が赤ちんの手の中にあって。固まっていたらなまえちんが…ええと。何だったっけ。ああ、もう。寝起きで頭が回らないのに、どうしてこんなにも混乱しなくてはならないのか。
ふと、部屋にある時計に目を移すと針は夜の11時47分。…確かあの二人、0時までに自分たちを捕まえろと言っていた、ような。いやいや、誰がそんな面倒なことをするというのか。赤ちんの言うことに逆らうわけではないけれど眠い。あの二人の行動の意図はさっぱりだが、今は付き合ってやる元気もない。構わず寝よう。そうして再度布団をかぶり直したところで考える。
さもなくば。赤ちんはそう続けていた。さもなくば、つまり、捕まえることができなければ。なんと言っていたっけ…。ええと、オレのまいう棒を持って走っていったわけだから……。
オレのまいう棒が……。あの二人の手によって。

「……………」

行かねば。
勢いよく布団から起き上がり部屋を飛び出すのに、そう時間はかからなかった。
0時まで、後12分。

消灯時間もとっくに過ぎて暗く静まり返った館内はどことなく不気味だ。それに、見回りの先生に見つかればただじゃ済まないはず。その二つから柄にもなく早鐘をうつ自分の心臓に笑いすら起きなかった。
ああ、憂鬱だ。どうしてこんなことに。僅かに差し込む月の光だけを頼りに、魔の二人を探す。なるべく足音を立てないように、息を潜めながら慎重に。ヒントもなにもないままあの二人を探すなんて無謀すぎるけれど、それでもまいう棒を見殺しになんてできない。妙な使命感に駆られて廊下をひたすら進んだ。そのまま、ほとんど光も差さない階段付近にまで来て少し足を止める。さすがに、他の階は。何より真っ暗だし。赤ちんはともかく、なまえちんはこんなところ通れないだろう。そう思って引き返そうとしたところで。
「あいたっ」
「っ!」
びくん、と思わず肩がはねる。な、なんだ今の声は…。
突然の声にひどく驚いたがよく聞いてみればこれはなまえちんの声じゃないか。どうやら上の階へとあがる途中らしい。なんてことだ。いや、仕方がない。まいう棒のため…。意を決して階段の真っ暗闇に足を踏み入れた。怖くなんてない、断じて。ただ見回りの大人に見つかってしまわないか、心配なだけ。変な言い訳をしつつ上へと進む。心なしかなまえちんの声が近づいてきたような気がする。よく見えないし、分からないけど。

「ちょっと待って征十郎。怖い。どう怖いかって言うと虹村さんがロリータ服きて怒鳴ってくるときぐらい怖い」

どんな例えだ。

「それぐらいなら大丈夫だな」
「どこが!」

そんな馬鹿げた会話を続けている二人の声を頼りに足をはやめる。大丈夫、これなら捕まえられる。……どっちを?
新しい疑問が生まれたところで、窓からうっすら月の光が差し込んだ。雲が晴れたのかもしれない。かろうじて前が見えるようになった。これはチャンスと前に目を凝らすと、数十メートル先に二人の姿が見える。喜んだのもつかの間、同じくオレに気づいた赤ちんはなまえちんの腕を引っ張ると走り出した。ああ、あと少しなのに。すぐさま追いかけると驚いた様子のなまえちんと目があった。
「えっ、何!?」
「二手に分かれるぞなまえ。捕まるなよ」
「はいィ!?」
そう言って赤ちんはなまえちんの背中を前に押すと、自分は階段へと曲がっていった。え、どうしよう。どちらを追うべきか。
いや、普通に考えて捕まる確率が圧倒的に高いなまえちんに決まってる。右折した赤ちんを横目に、まっすぐ走るなまえちんの後を追う。案の定なまえちんは情けない声をあげた。

「う、うそォ!ぎゃああ」
「ちょ、なまえちんうるさいってば…!見つかったらどうすんの」
「じゃあ追わないでよ!」
「じゃあまいう棒返してよ」

しょうもない言い合いを繰り返しながらも距離はどんどん縮まっていく。当たり前といえば当たり前だ。あと、少し。わりとすばしっこいなまえちんに多少苦戦した。直線では捕まると考えたらしいなまえちんはロビーと思しき広間へ逃げ込むと、大きめのテーブルまで駆けていく。そのテーブルを二人のあいだに挟んでから、一度息をついた。

「待って!落ち着こう!話をしよう!」
「いや仕掛けてきたのはそっちじゃん…。何でオレから追いかけ始めたみたいになってんの〜」
「ま、まぁまぁ!とりあえずここは10秒待って!いいね、10秒だからね」
「はぁ?」

切羽詰った表情でじゅーう、きゅーう、とカウントし始めるなまえちんに首を傾げる。待つはずもない。テーブルを軸にじりじりと回る二人。これじゃあらちがあかない。うんざりしつつテーブルを無視してなまえちんに大きく手を伸ばすのと、カウントがゼロになるのはほぼ同時。そして、適当にポケットに突っ込んでいた携帯が鳴るのも、ほぼ同時。携帯に気を取られて動きを止めたオレを見計らってなまえちんはここぞとばかりに逃亡。…嘘でしょ〜……。逃げ出すなまえちんの後を追いながら携帯の画面に目を通すと案の定赤ちんの名前。…やられた。時間稼ぎとは。

「ねぇ、ホント、なんのつもりなワケ?」

再び階段をあがっていくなまえちんに尋ねるも逃げることに精一杯なようで返事がない。ただのバカのようだ…。もう、いいや。どうせここは5階までしかないし。それ以上上がったってどうせ行き止まりだし…。若干スピードを落としながらため息をつく。さあ、どういうつもりなのか全部吐いてもらおうか。最後の階段を上り終えたことに安堵しつつ、目の前にいるであろうなまえちんに目をやる、が。
「……あれ、」
いない。

いやいやそんな馬鹿な。だってさっきまでずっと正真正銘なまえちんを追っていたわけだし今更見失うわけもない。ナイナイ、絶対にない。いくらなまえちんが超ド級のバカでもいきなり消えるとかそんなことナイ。そうそう、きっとどこかに隠し穴でもあってそこから逃げたに違いない。
「………あ」
というか、普通に目の前に扉があった。
こんなところに扉があったとは。迂闊だった。つい冷静じゃなかった。数秒前の自分に何となく赤面しつつ扉を開ける。
0時まで、あと、

「ハッピーバースデー!」

0分。

「………………………はっ?」

パァン、と鳴ったクラッカーの紙切れを間抜けに被りながら、これまた間抜けな声をあげた。
…何が、起こったのか。
よく理解できなかった。というか、理解しろというほうが無茶な話だった。
ただ、見慣れた男女が視界にいることと、ここがホテルの屋上だということだけ。それだけは何とか、分かったのは確かで。固まるオレにクラッカーを向けた張本人のなまえちんが満面の笑みで寄ってくると颯爽と手を引いた。いやいや。ワケわかんねーし。なにこれ。なにこれ。声をあげることさえも忘れて困惑したまま赤ちんに目を向けると赤ちん特有の大人びた笑みを返された。何だっていうんだ…。

「ほら、見て!」
「っえ、」

屋上のフェンス付近まで連れられて指さされた先を追うとそこには、まあ、当たり前のように星空が広がっていた。星空…、だけど。未だに状況が把握できていないオレを察したらしいなまえちんは子供っぽい笑みを浮かべたまま口を開いた。

「今日って紫原くんの誕生日でしょ。だから、お祝いしたかったんだよ」
「誕生日…」
「ほらね!」

そう言ってオレに見せたのは10月9日の0時ちょうどを示した携帯画面。ああ、そういう…ことだったのか。そこまで言われて何とか状況を飲み込んでいくことができた。0時までに、と言ったこともすべて。オレの横に立つなまえちんとは反対側に来た赤ちんはやれやれといったようにフェンスに身体を預けると奪っていたまいう棒をこちらへ差し出した。ああ、よかったまいう棒…無事で。

「悪かったね。こんな夜中に。すべてはなまえのせいなんだ」
「そのわりには征十郎、ノリノリだったじゃん!」
「んん?屋上の鍵を巧みにとってきたオレに何か文句でも」
「ありませんとも」
「よろしい」

両側から飛び交ういつもどおりのアホらしい会話。それを聞きながらフェンスに寄りかかって夜空を仰いだ。やっぱりいつもと変わらない、そこにあって当たり前の星空だ。でも何故か、今見ているこの景色は特別以外のなにものでもない。そんな風に思ったのは、どうしてだったか。

「ああ、そうだ。これもあったな」

ひとつの袋を持ち上げた赤ちんに首を傾げる。袋といってもそれはレジ袋だ。なにそれは。なまえちんは嬉々としてその中身を取り出すとオレに手渡した。何だ、と疑問に思う間もなくそれは理解できた。だってこれはオレの好物だから。ねればねるほど色が変わる例のアレ。ぱっと表情を明るくするオレに二人はふふんと笑った後自分たちもそれを手にした。え、嘘。なまえちんはともかく、赤ちんがこの菓子を食べるなんて。考えられないとしか言い様がない。赤ちんは興味深げにパッケージを眺めたあとオレを呼んだ。

「これはどうやって食べるんだ」
「…え、赤ちんホントに食べるの?」
「ものは試しだからな」
「へ、へぇ〜…」
「紫原くん、これってここに入れるんだっけ」
「はぁ?違うってばなまえちんこれはこっちの…」
「おい紫原これはどうなってるんだ」
「ちょっ…順番!」

なんやかんやと。
騒がしく、この、ねってねってねりまくる菓子を作る作業を星空の下で進める、という奇妙極まりない行為を終えていく。
出来上がったものを見てはこれは本当に食べ物なんだろうなと疑心暗鬼に陥る赤ちんの口の中に無理やりそれを突っ込むなまえちんを眺めながら。こんな星空の下でオレらってホント何してんだろうね。妙にそんなことを考えてはアホらしくなってやめてみたり。日常にみえてそうでないこの不思議な自分の誕生日が、少し嬉しく思えた。オレらしくもなく。
ただこのお菓子は美味しい、それだけは確かなことだった。

「…なんだこの味は」
「何かこの味、懐かしい気がする!」
「…っ、ふ、」
「何笑ってんの紫原くん」
「…っふ、わ、笑って、ないし〜」
「笑ってるじゃん!」
「何だ。なまえの顔が可笑しかったのか」
「そんなことがあってたまるか征十郎」

「んふ、…っなんていうか、ん、ん〜…なんでも…な、ぶふっ!」

「笑いすぎでしょ!」

そのあと、何だか本当に、もう笑いが止まらなくなったのは何でだったんだろう。
とにかくあんなに面白くなったのは久しぶりだったし、何より。何よりも。

上手く言葉にできなくて良かった
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