「明日って紫原くんの誕生日なんだって!」

修学旅行。絶賛その青春の醍醐味ともいえるイベント中である私は、家族へのお土産を選びながらそんなことを隣に立つ男に言った。八つ橋の試食品をこちらに差し出していた男、もとい征十郎は一瞬きょとんとしてから納得したようにああ、と声をあげる。
とりあえず私にと差し出したらしい試食の八つ橋を口に含んでもごもごしつつ会話を再開。なんというか、ラムネ味の八つ橋は邪道だと思っていたけれどなかなかに美味しいような気がした。

「どうだった」
「噂に聞いたより美味しかった!」
「そうか、安心した」

あれ、どうしてこうも普通に私に毒見をさせているんだろうこの男は。

「それ征十郎パパにあげるの?」
「まさか。珍しかったから買ってみようかと思っただけさ」

なるほど。ふむ、と再び並んでいる京都ならではのお土産を見つめる。八つ橋はもう大量に買ったから、ああでももう少し買っていこうかと思ってちらりと八つ橋に目を向けるとお前は八つ橋の覇者にでもなるつもりかと征十郎が突っ込んできたのでやめた。
あれ、というかもっとこう、違う話をしていたような気がしたのだけれど。何だったろうか。今度は饅頭の試食を私の口に押しつける征十郎のせいで忘れてしまった。

「ねえ、さっき何の話してたっけ」
「八つ橋の話だろう」
「いやいや、その前だよ」
「…?なまえの茶碗蒸しがないって話か」
「遡りすぎだよ!それは昨日の夜の話で…」

進まない。征十郎といると何故かまったく話が進まない。おかしい、黒子くんたちが征十郎と話しているときは本当に淡々と進むのに。私が悪いのだろうか、いや、そんなことはない。
なんて反語を呟いているうちに征十郎は思いついたようにポンと手を叩いて言う。ようやく思い出してくれたのだろうか。

「饅頭の味を聞こうとしてたんだった」
「美味しいよ!でも私が聞きたいのはそれじゃなくて!」
「紫原の誕生日の話だろう」
「そう!それだよ!」

分かってるならもっと早く言ってよ。とはまあ口にしないでおこう。
ああ、そうだ。そうでした!私に試食させた饅頭を華麗にお買い上げする征十郎の背中を眺めながらうんうん頷いた。ふと目にした桜柄の扇が何だか気に入ってそれを手にしつつ、少し考える。
別に忘れていたわけでなく、修学旅行の数日前まではしっかりと覚えていたことなのだけれど。紫原くんの誕生日。何だか、うっかりしていたなぁ。どうせならもっときちんと祝えたら良い、のだけれど。

「うぅんん」
「また馬鹿げたことを考えているのか」

口元に手を当てて思案する私の目の前に紅葉柄の簪をシャキンと突き出した征十郎はそう言った。目に刺さりそうで非常に安心できないので持っていた扇でガード。そんなシュール極まりない体勢のまま、私たちは会話を続けた。

「いやいや馬鹿げてなんかいないよ!とても大事なことだよ」
「大体時間も何もないだろうよ。修学旅行中で、クラスも離れているのだから」
「そうなんだよね。それが一番の問題なのですよお代官様。どうにかなりませんでしょうか」
「お主もお人好しよのう」

征十郎は手にしている簪を僅かに弧を描く口元に持って行き瞳を光らせる。どうやら私の思案にはつき合ってくれるらしい。やはり持つべきものは征十郎。たぶん。
とにかくこの桜の扇は気に入った。これは買うしかない。よっこらせと会計台に扇を置くとさも当然のようにカランと紅葉の簪も置かれた。買ってくれるつもりなのだろうか。隣の征十郎を無言で見上げるとこれまた無言と無表情で見下げられた。

「…えっ、私が買うの!」
「そうだろう?」
「その簪気に入ったの?」
「木刀はさすがに持ち帰るのが面倒だから」

武器調達か。まあここまで来てケチケチするわけにもいかない。仕方なく、誠に不本意だけれど紫原くん誕生日計画に付き合ってくれる恩もあるので。何故か男に簪を買ってあげるという世にも奇妙な経験をした。満足げに薄く笑って土産売り場を出る征十郎の後を追う。
いやそれにしても。紫原くんは誰と同じ班にいるんだったっけ。せめて黄瀬くんであったら何とかできたかもしれないのに。あの二人はそこまで仲が良いとは言えない。どうしたものかな。今どこにいるのかさえ分からないし。

「夜なら、泊まってる場所は同じだから。…まぁ、不可能ではない」

あ、そう言われてみればそうでした。
…いやいや、待って待って。夜って、何せこれは中学の修学旅行なわけで、当然規律も厳しいわけで。夜に抜け出したりなんてしたら雷が落ちることは免れない。そんなこと、私にとっては大した問題ではなくても、この征十郎が。この、赤司家のご子息が。…良いのだろうか。ハッとしたように明るくなったのもつかの間、何とも言えなく眉間に皺を寄せる私を見た征十郎は馬鹿にしたように笑う。

「何も、バレなければ良い話さ」
「それはそうだけど…うぅん」
「それとも、俺が、規則を破ることなんてできないとでも思っている、そういった所存で?」
「滅相もありません」
「だろうよ」

京都の、情緒ある道を自信過剰もいいところな征十郎と急ぐわけでもなく歩いて。そうと決まれば何をやるか、だけれど。プレゼントといっても紫原くんが喜ぶようなものなんてお菓子ぐらいしか思いつかない。しかし京都に来てプレゼントにお菓子って…。あ、八つ橋。名案か、と思ったけれど考えを察したらしい征十郎がすかさず私のわき腹を肘で小突いた。駄目か。

「それにしても征十郎がこういうことに乗り気なんて珍しいね」
「なまえ1人でやらせるととばっちりを受けかねないからね」
「それはそれで複雑だよ」

と、まあ。それはそうとして、だ。素晴らしく心強い相棒をつけたところで。

「よし、分かった!」
「何を」
「コンビニへ行こう」
「………京都まできてコンビニとは、お前には本当に驚かされるよ」

だからこそ付き合ってくれてるんでしょう。意気揚々として、私たちは修学旅行中なのにも関わらず、京都のコンビニへ足を踏み入れたのである。



何やかんやと、夜。
紫原くんの部屋にこっそりと侵入した男女。それはそれは怪しくておかしくて馬鹿みたいで滑稽な。なんというか、私と征十郎であった。

「…寝てるね」
「ああ、寝てるね」

爆睡している紫原くんの枕元にて、究極の小声で会話を交わす。何だかすごく新鮮だ。少しばかり速い心臓の鼓動を感じながら、さてと時計を見やった。
今、ちょうど11時40分。紫原くんの誕生日まで後20分といったところだ。一度静かに征十郎と目配せをしてから、決行にうつる。

「あったあった、人質」

紫原くんの枕元に置いてある袋をこっそり掴むと案の定大量のまいう棒が入っていた。彼がいつも切らすことなく大切に菓子を持ち歩いていることは調査済みなのだ。ふはは。
というわけで、紫原くんには悪いけれど今回はこれを人質ならぬ菓子質にするという計画である。菓子を無事に奪った私を確認して、征十郎は紫原くんの肩を軽く叩いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…起きないね」
「相当爆睡してるみたいだ。どうやら早くも俺の簪の出番のようだよ」
「早まらないで征十郎!流血沙汰なんて物騒すぎるよ!」
「お前も声が大きいよ。早まるなよ」
「あっ」
ツッコミに気を取られすぎて今の状況を忘れていた。
しまったと口を抑えても出した声は戻ってくるはずもなく、ただ紫原くんがのっそり寝返って唸りつつ、いつにも増して眠たげな瞳をゆっくりこちらに向けただけであった。まぁ、結果オーライだよ。
「う、うぅん…?」
寝起きで頭が完全に働いていない様子の紫原くんは何だか可愛い。ぼんやりと私と征十郎を訳が分からないといったように見つめる紫原くんに、にっこりと笑顔を浮かべた。

「おはよう紫原くん。突然ですけれど君の大事なまいう棒は私たちが預かりました」
「返してほしければ俺たちを0時になるまでに捕まえることだ。さもなくばこの菓子は俺たちが余すことなくこの手で蹂躙してやろう」
「…………………………は?」

案の定、紫原くんは眠気の覚めない顔で精一杯首を傾げて見せた。うん、当然の反応である。それにしても征十郎はノリノリだなぁ。それに越したことは無いんだけれど。
早速まいう棒を持って静かに部屋から出ていく征十郎と、携帯の時計を紫原くんに見せる私と、それを見て未だにポカンとしたまま固まっている紫原くん。
それでは始めます。紫原くんハッピーバースデー計画。

「あと、15分ね。それじゃあ、紫原くん。頑張って私たちを見つけて捕まえてね!」

バチコン、とウインクをして出した星はふわふわ紫原くんに向かって飛んでいった後、こつんと紫原くんの額に当たってから落ちた。

あるツーマンセルの理不尽計画
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