いないきみと真っ暗闇
一目惚れをしてしまった。
わたしは今日、探偵をしている友人のヘビと一緒に、とある旅館に泊まりにきていた。
チェックインしてからすぐ停電や地震や雪崩(しかも大増量)などに見舞われ、その上凶悪犯が旅館に潜伏しているとかで警察まで来ることとなってしまった。
そこに…彼がいた。
眼鏡をかけて、青髪で知的な雰囲気のある彼は、警察関係者で刑事さんの助手をしているらしい。
名前はブラックドクターさん。
どこまでが名字か分からないが、とっても素敵な響きだと思う。名前もかっこいい。
わたしは彼を一目見て目が離せなくなった。
結局その後はもう、各自部屋に帰って戸締りを忘れずに寝ろということだったが、ブラックドクターさんのことが気になってしかたない。
…しかしいきなり彼の部屋へ押しかける勇気は無かったので、まず旅館の人にいろいろ話を聞くことにした。
「…あら、確か1号室のヘビと一緒に泊まってた人ね」
「あんたまだ起きてたのかい?もう遅いから寝た方がいいよ」
「えっと…おかみさんと従業員さんに聞きたいことがあるんですけど…」
「なんだい?」
「今日来たブラックドクターさんってどんな人か分かりますか?」
「そうね…彼は刑事さんと違って、失敗や失言ばかりしてお詫びばかりしてるイメージね」
「え!!」
あんな頭良さそうなのに?可愛すぎる、それは。
「あの人は無敗の刑事のような推理力はないけれどお客さんの体調を気遣ったり、私は優しい人だと思うよ」
「ちょ、ちょっとそれ以上言うのは良くないよ!このお客さんになんでそんなに詳しいか聞かれたら終わりだよ!」
「へぇー…!!」
ヘビ従業員がなぜかあわてているが、私はそれどころではない。
会って話してみたくて仕方ない。
わたしは3人にお礼を言ってロビーを後にした…
確か警察の人だから、vipルームに泊まっているはずだ。
…
vipルームは綺麗な場所だった。
ここは従業員の人も泊まっているらしいけど、わたしたちの部屋よりちょっと広い。
どこが彼の部屋だろう…
部屋の前に刑事さんが立っていたので聞いてみた。
「なんだね君は。もう夜だから、早く部屋に帰って寝たまえ」
「すみません刑事さん。ブラックドクターさんの部屋ってどこですか?」
「助手か?助手の部屋は右側だ」
「ありがとうございます!」
言われた部屋の前に警察犬がいたが、わたしが来るとどいてくれた。
「…はい?どなたですか?」
彼の声が聞こえる…!!!
「え、えっと、1号室に泊まってる人間です。ブラックドクターさんに用があって…」
口走ってしまったが用なんてない。どうしよう。
ガチャ、と扉があいた。
「どうぞ、入られますか?」
「は、はい…!」
彼はわたしを部屋の中に入れ、椅子を勧めてきた。
「それで、用とはなんでしょう?」
「その…実は、用っていうのは…」
着くまでは凶悪犯についてとか言おうと思ってたけど、ブラックドクターさんの前で嘘とかつけるわけもなく、わたしは固まってしまった。
「その、用はなくて…ただ、あなたと話したくて…ごめんなさい」
「フフ、それはそれは…光栄ですね。私も話したいと思っていたんです、名前さん」
「…え!わたしの名前ご存知なんですか?」
「えぇ、名簿をおかみに見せてもらった時にね。良い名前だと思いましたから。私も貴女とはぜひ話してみたいと思っていました」
「そ、そうですか…」
彼の言葉に頬が熱くなるのを感じた。お世辞だと分かっているけれど嬉しい。
「しかし、貴女も嘘がつけない人ですね。理由なんて適当に言えばいいものを」
「…考えたんですけど、何となく言えなくなりました。それにブラックドクターさんに嘘は通用しない気がして」
「そうですか。思った通り、名前さんは可愛らしい女性ですね」
「え、えっと…」
どうしよう。結構こういうこと言える人なのかな…心臓が持たない…
「ブラックドクターさん、聞きたいことがあるんですけど」
「何ですか?」
「ブラックドクターって本名なんですか?」
「もちろん違いますよ?」
「そ、そうですよね…」
「貴女はずっとその名前で呼んでくれますね。他の人は『助手』と呼ぶのに」
「はい、かっこいいと思ったので」
「そうですか…本名、知りたいですか?」
「えっ教えてくれるんですか?」
「ええ。…しかし、今すぐには駄目です。私たちは警察関係者として凶悪犯を追って、この旅館に来ていますから。
おそらく3日後には帰ることが出来るでしょう。その時に、」
「おい助手!!こんな夜中に女性を連れ込んで何をしている?」
「これはこれは無敗の刑事。何か御用ですか?」
「我々はあくまでも任務で来ているのだ!仮にもこの無敗の刑事の助手としてそのような行為は…」
「…チッ そうですね。すみません名前さん、ではこの続きは明日でも。名前はこの事件が終わったあとに教えますよ
もう遅いですから気をつけてお帰り下さい」
「は、はい!夜分遅くにごめんなさい。刑事さんもすみません。帰ります」
「うむ、早く帰りたまえ」
そこから火事があったりヘビが死んだり色々あった。ヘビ殺しはハンターの仕業だったけど、本当に凶悪犯はいるのだろう。
そして2日目の夜、わたしはブラックドクターさんに呼び出されていた。
「どうも、来てくれてありがとうございます」
「はい!それで…ご用事というのは…?」
「大したことでは無いですよ。初日の貴女と同じ理由です」
「それは…えっと、嬉しいです」
ブラックドクターさんは飲み物を持ってきてくれた。
ホットココアが入ったコップに手を当てて暖める。
「…その、大丈夫なんでしょうか?」
「心配ですか?」
「はい…たった2日で人間もヘビもたくさん死んじゃいましたし…」
「そうですね。ここまで凶悪とは、名前の通りです」
「それに爆弾もあるし…わたしたち生き残れるのかなって思ってしまって…」
「大丈夫ですよ。我々はそのためにここに来たんです。…それに名前さんは私が守ってみせます」
「あ、ありがとう…ございます。あなたに言われると安心します」
「…さ、それをどうぞお飲み下さい。きっと貴女の不安を取り除いてくれますよ」
言われるがまま口にする。丁度いい甘さでとても美味しい。
しばらくして、身体が暖かくなりなんだか眠くなってきた。
「ごめんなさい、眠くなって…わたし、部屋に帰ります」
「眠っていただいて結構ですよ。部屋まで送りますので」
「そんな、わけには…」
寝顔を見られるのは恥ずかしいという思いとブラックドクターさんに甘えたい気持ちが同時にある。
…そしてわたしは結局意識を手放した。
…
変な音がする。
何かが燃えている音と、水温。
熱い感じはするのに、湿気も感じて、その変な感じでわたしは目覚めた。
…気が付く。わたしは外にいて、燃えているのは旅館だということに。
「…ようやく目覚めたか?どうだ、気分は」
「え…?ブラックドクターさん…?」
「見てみろ。燃えた後に温泉が吹き出るなど、傑作だな。ククッ」
「え…なんで、旅館が…みんなは…?」
「みんな?ああ、あの馬鹿どもか。清々するな、きっと全員火の海だ」
おかしい。いつもの丁寧で優雅な彼はそこにはいなかった。
彼の歪んだ顔が火に照らされて不気味な赤色を放っている。
「あ、あの、彼は…?1号室の…」
「…あぁ…あの探偵ヘビか…燃えているんじゃないか?良い気味だ、俺の邪魔ばかりしていたからな」
「…っ」
「どうした?喜ばないのか?お前は助かったんだぞ。俺に気に入られていて良かったな」
「なんで…酷すぎます、ヘビも人も死んじゃったのに…」
ヘビだけど、大好きだった。
彼だけに関わらずこの旅館のヘビはみんな優しかったし、その他の人たちも面白くて好きだった。
「なんだ…何故泣くんだ。ヘビ共も、あの無能な人間たちも、俺とお前の命よりも遥かに軽い」
「そんな!なんでそんなこと言うんですか…わたしは彼のこと大好きで、」
「それ以上あの凡種ヘビのことを話すな。…イライラする」
「…え、」
彼は顔を掴み無理やりわたしの顔を彼の方へ向かせた。
「いいか?お前はもう俺のものだ。あのヘビのものじゃない。
…残念だったな、お前が好意を抱いていた『BLACKDoctor』は最初からいないんだ」
「…ブラックドクターさん、」
「考えてみるとその名前長くて鬱陶しいな。…そういえばお前には俺の本名を教えてやると約束したんだったな
教えてやろう。俺の名前は、」
名前を言われた。しかし、彼の本名なんてもう頭に入ってこない。
「…笑えよ、俺の名前が知りたかったんだろ?嬉しいよな?
もしかして、この口調が気に入らないのか?」
わたしの顔は彼の方をむいていて、確かに彼の目をみているはずなのに、その後ろの空を見ているような錯覚に陥っていた。
「安心しろ。お前以外の人前では、お前の大好きないつものクソ丁寧な言葉で話してやる」
…わたしはきっと、彼に逆らえない。これからもずっと。
わたしだけ生き残ってしまった。
最初に彼に話しかけたことから始まった悲劇。
しかし、ウンメイなのだろう、これも。
わたしは彼のモノなのだ、これからずっと…死ぬまで。