気付かないふりをしないで

『名前ちゃん、
よかったら今日飲みに行かへん?』

船井さんの連絡は本当に唐突だ。

最後にメールが来たのは数週間前で、噂では色々危ないことをしているらしいと聞いていたから、もしかしたら死んでしまったのではと思っていたところだった。

良いですよ、と返信すると集合場所と時間が送られてきた。



駅前で落ち合って、いつも飲んでいる居酒屋へ行って席へ座った。

「なんや名前ちゃん、えらい久しぶりやなぁ」

「…そうですね。船井さん今まで何してたんですか?」

その聞き方やと俺がなんもしとらんみたいやないか、と船井さんは笑っている。

「まぁ色々やな」

「色々って?」

「色々は、色々や」

「…」

船井さんはいつもはぐらかすような事を言う。
言いたくないこともあるのだと思う。
無理やり聞き出すほど私も子供じゃないけど、気になってしまう自分がいる。

「…連絡無いから心配してたんですよ私」

「ん?あぁ、全然メールもせんかったなそういえば

って俺からメールが無くて寂しかったんか〜
それなら名前ちゃんから連絡、してくれてもよかったんやで?
いつも俺からやないか」

返事の代わりにビールをぐっと飲み干す。

…確かに、私から船井さんに連絡した事はない。
それはなんていうか一種の意地のようなものだった。
船井さんには私のことがどう映っているのだろう。
…きっと知り合い、…飲み友達?それ以上には思われてないだろうし、一歩を踏み込める勇気もない。

飄々としている彼に対して、私は全然興味無いですよ、とこちらから連絡をしない事によって見栄をはっていたのだ。
なんや〜名前ちゃん、無視せんといてや〜、と言ってくる彼に、

「別に、連絡することなんか無いですもん」

と可愛くない事を言ってしまう。

「何拗ねとるんや?」

「拗ねてないですけど」

「こっちみいや」

ほっぺたに船井さんの手が添えられて、彼の方を向かされた。

ちょっとゴツゴツした手で触られて顔に血液が集まっていくのが分かる。

「…別に内容なんかなくてもええんや
あんたが今日あったこととか、仕事でムカついたこととか…道端で見た猫とかでもな。俺たまに写真付きで送ってるやんか〜
とにかく、名前ちゃんの事なんでもええから知りたい」

いつになく真剣な顔でそんなことを言ってくる。

彼はいつも口が上手いけど、いつも以上に饒舌というか…なんていうか口説かれているような気分になってしまう。

「やめて下さい」

手を振り払って、

「ごめんなさい、今日はもう帰ります」

お金を置いて店を出た。

なんか今日の私おかしい気がする。

船井さんのあんな感じも慣れていたはずなのに上手く受け流せなかった。

彼に何日も会えてなかったこととか、私はふとした時に船井さんの事考えてるのに、向こうはそうじゃないんだろうなとか。
別に私たちは付き合ってる訳じゃないんだからそんなこと思うの重いなーとか。
そういう、温度差がつらかった。
色々な感情がいっぺんにやってきてナーバスになってしまったのだろう。

「おーい名前ちゃ〜ん 待ってや〜」

ハッと振り返ると船井さんがこちらへまっすぐやって来る。

「どうしたんや、なんかあんたさっきから変やで」

「…分かってます、おかしいんです今日」

なんだか無性に悲しくなって、目を熱い膜が覆い始める。

「…どうした、なんで泣きよるんや」

「…船井さんのせいです
…私、船井さんに会いたかったのに、船井さんはそんな事ないんだろうなって思って」

あれ。何言ってるんだろ私。こんな事言うつもりじゃなかったのに。

「自分から連絡すればいいのになんか変な意地が邪魔して出来ないし、私に言いたくない事ってなんだろうって思ったり、船井さんは…」

私のこと。

「…俺が、なんや」

「…っ」

言えないよ…だって、

「じゃあ俺から言うわ。あんたは、俺の事どう思っとる?


俺は、あんたが好きや

俺のモンになってくれんか?」

「え、」

私が何か言うよりも早く、彼の手が私の頬に添えられる。
居酒屋の時と同じ。
けど、今は彼の顔が正面にある。

「う、嘘。だってそんな、」

「嘘やない」

「私のことなんて何にも思ってないんだろうなって」

「…なんとも思ってない奴をこんなに誘ったりはせえへん。
俺は、あんたしか興味無いんや」

…なぁ、

熱い視線が向けられる。

そんなの、ずるいよ

「…わ、わたし…」

「…おう」

「…私、船井さんのこと、好きです」

そんなに飲んでないはずなのに、顔が酷く熱い。
頭もなんだかくらくらする。
でも嫌な感じじゃない。

「…そうか」

「わっ」

そのまま船井さんの方に引き寄せられてぎゅっと抱きしめられる。
煙草の匂いとそれに混ざる、船井さんの匂い。

「俺な、ずっと前から言いたかったんや
けどな、あんたの前やと変に照れて真面目に言うことが出来んかった。
あんたと同じや。変な意地が邪魔して、前に進めんかった」

私からは船井さんの表情は見えない。
けど、彼の仮面が外れたのが分かる。
彼の言葉は私の心にすっと入って来た。

しばらく抱き合っていたが、ここが往来の場であることを思い出し急いで離れる。

恥ずかしくて船井さんの顔が見れない。
彼は、そっと私の手を握った。

私も握り返し、
「…今日から、船井さんに沢山メールしますね」

「…そうか」

「…ちゃんと返して下さいよ?」

「…おう、」

私の声も震えていたが、彼もちょっといつもと声の調子が違う。

空を見上げると、ギラギラとネオンの光を放つビルのもっと高くに、星があった。

どうでもいいことでも、彼に言いたいことがあれば言おう。心配なら心配とそうちゃんと伝えよう。
思えば、彼もそうしてくれていた。
意地も見栄ももうはらなくていいのだ。

私の仮面も剥がれたんだろうな、と思った。









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