冬の話 (TigerxLotus)
「うー寒いね」
そう言いながらそろそろ雪が降りそうだと足を止め。空を仰いだ僕に、虎もつられて足を止めた。それから、「早く帰ろう」と言うように手をひかれ、その冷たさに口元が緩んだ。
「手、冷たいよ」
大きな掌と、長い指。冷たいけれど、その手に触れられるのが好きで。そのまま指を絡めて虎の上着のポケットにお邪魔させてもらった。
「帰ろっか」
「ああ」
冷たい虎の手が、じわりじわりと温かくなっていく。僕の体温に溶かされるように。この感覚もすごく好き。何度だって伝えたいくらいに。
「ご飯何がいい?」
「ブロッコリーの入ってないシチュー」
「それは僕が嫌だから却下」
「じゃあ聞くなよ」
「シチューって言ってくれれば賛成するのに」
「……」
虎は好き嫌いが多いわけではないけれど、偏食過ぎる 。まあ、嫌いな食べ物もあるけれど。それより偏食が目立つ。
ご飯よりお菓子、おかずよりケーキ、とにかく糖分の摂取量が尋常じゃない。それでもここまですくすく成長して、困ったものだ。体に気を遣うこともないのに…
だからせめて、僕が食事を用意するときは気を付けようと思う。
そんなことを考えながら虎の顔を見上げて、ふと気づいた。
「虎、また身長伸びた?」
「…さあ」
「僕も伸びないかな」
「充分あるだろ」
「虎が隣にいたら、小さく見えるから」
結局のところ、遺伝子には敵わないということか。
虎はちらりと僕を見下ろして、そのまま額にキスをした。
「こら、道端でそういうことしない」
「はいはい」
本当はその冷たい唇も好き。薄くて、でも柔らかいそれが。僕にしか触れたことのないその唇が、すごくすごく大事で、愛しい。
「次したら禁止令出すからね」
「……」
「分かった?」
「分かったって」
よし、という意味を込めてポケットの中で繋いだ手に少し力を込めた。そのまま家につくまで指で擦りあったり、繋ぎ方を変えたりしながら歩いた。言葉を交わす代わりの、体温の共有。
「虎、手。離してくれないとコート脱げない」
それも、部屋に入ったところで離すしかなくなって。繋いだままのそれをポケットから出して眺めた虎は、なんだか名残惜しそうな目をした。それさえ可愛く思えてしまう僕はきっと、重症だ。
「虎」
「……」
「、えっちょ…」
諭すように手を離そうとしたら、そのまま抱き寄せられてしまった。ああ、やっぱりまた少し大きくなった、と勝手に確信したのも束の間、虎の手が僕のコートを脱がしにかかった。
「自分で脱げるよ」
「いいから」
なんだか怪しい手つきなんだけど、でも力じゃ勝てないし、大人しく脱がされることにして。虎は自分の上着も脱いでから、二人分のそれを無造作にポールハンガーへかけた。
「虎、ちゃんと─」
かけなよ、と続くはずだった声を遮るように重なった唇。まだ冷たいそれは、離れるなり「もう外じゃない」なんて言い訳をするから。それがおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。
「知ってる」
“禁止令”
そんなもの、本当に出しはしない。でも何より、それを出されたらちゃんと守らないといけない、それは嫌だ、って意識が虎の中にはあるんだと分かったから。だから外では我慢する。
それがおかしくて、嬉しくて、自己中で唯我独尊なんてみんなの偏見だと言いたくなった。でも、僕だけが知っていればいいこと、だとも思えて。
「寒くない?温かいコーヒーでも入れようか?」
「あとでいい」
「プリンもあるよ?」
「……それも、あと」
「ふふ、仕方ないなあ」
プリンと天秤にかけられたけれど、僕を選んでくれた彼の唇の端に自分の唇を押し当てた。
「ブロッコリーも食べてね」
「……」
「返事は?」
「分かった分かった」
その返事を聞いてから、ちゃんと唇を重ねて、そのままベッドに沈んだ。
***
正直、蓮に手懐けられているという自覚はある。けれど、蓮が故意でそうした、というよりは…俺が自ら蓮に手懐けられている、という方が正しいだろう。
乱れた服を直してから、「少し休憩」とベッドに横になる俺の胸に擦り寄ってきた連を抱き締めながら、そんなことを思った。まだ少し熱の籠った体がひどく心地よくて、でもあらぬところがまた反応しそうで困る。
「温かくなったね」
「ん?」
「手」
「…ああ」
「気持ちいい」
「、」
俺の手をとって、自分の頬に押し当てた蓮。
ああ、もう…そういうこと自体が俺にとっては我慢ならないことだというのに。蓮の体温、匂い、それがすぐそこにあると思うだけで触れたくなるのに。
「蓮の顔も、温かい」
「そ?」
蓮はいつだって温かい。
体も心も、戸惑うほど温かくて。
「蓮」
「なに?」
そっと重ねた唇も温かい。触れたのが一瞬でも、その温度はいつまででも俺に残って、だから離れるのが嫌になる。
「あ、唇も温かくなったね」
「……そうか」
「さっきは冷えてた」
「寒かった」
「だから温かい飲み物いれようと思ったんだよ」
そう言って悪戯な笑みを浮かべた蓮は、けれどそれに特別な意図なんてないこともわかっているから。だから敵わない。計算も駆け引きもなく、蓮は俺の中を支配していくから。
「それより蓮の方が、温かいだろ」
「それちょっと照れる」
「んなこと言うな」
こっちまで照れる。
まともに顔を見るのも躊躇われて、抱き締めることで誤魔化した。
好きで好きで、どうしようもない。本当に怖いくらい俺の中は連で埋め尽くされていて、蓮はそれを分かっているのかいないのか、いつだって俺のそばに居る。
「ねぇ、虎」
「ん?」
「雪、降ってきたんじゃない?」
「雪?」
「うん、降ってきた音が聞こえた」
そんなわけはないだろう。音もなく落ちてくるんだから。でも、聴覚だけじゃなく、他の感覚でそれが聞こえたのかもしれない。少し体を起こして窓を見れば、そこは結露してしまっていて。でもなんとか見えたその向こうで白いものが舞っていた。
「降ってる」
「やっぱり。積もったら、雪だるま作ろっか」
「寒いだろ」
雪を触る想像をして、それだけでも身震いがした。
でも蓮はそんな俺の背中を撫でて、「僕は温かいんでしょ?だったら問題ないよ」なんて言うから。
俺は我慢できなくなって、また口づけを落とした。
「、とら」
「そういうの、何処で覚えてくるんだよ」
「そういうの?」
「あー…もういい」
本当に、何も計算なんてしていないんだ。
それ以上にいいことなんてないのに、それはそれでたちが悪い。
「いいよ、作る」
何度触れても、どんなに触れても、満たされることはないのに。それでも俺の中を満たすのは蓮だけで。
「雪だるま」
「文句言わないでよ?」
「言わなねえよ。でも…」
“蓮が温めるんだぞ”
それでいいと思うのだ。
この温かさに満たされ、離れて寒くなっても…必ずこの手に戻ってきてくれるこの存在を、俺から離すことは一生ない。
「うん」
もう一度だけ落としたキスにそんな思いを込めて、小さく微笑んだ。
(こら、ブロッコリー。約束破る人は嫌いだよ)
(……)
(はい、食べたね、よかった)
(………)