カイリとユキ



リクエスト:年の差、切甘、受溺愛、クール 受

***

「カイリ、ミルクティーいれたよ」

「ありがとう、ユキさん」

俺の恋人は、まだ大学生だ。

「少し休憩」

「はい」

有名な大学を首席で卒業し、それなりに大きい企業に就職し、それなりに出世して。間違いを起こさなければ将来を約束されたも同然の、そんな道の上に俺はいて。もう30を過ぎた俺にとって、高校を卒業したばかりのカイリはまだまだ若い。若くて、子供だ。
いや、近所に住んでいて、子供の頃から知っているからそう思うというのもある。

それより何より俺は、そんな子供の頃からカイリのことが好きだった。


「眉間にシワよってるぞ〜」


なんて言うと誤解を招きそうだけど。少なくとも、俺がカイリをそういう意味で“好き”だと自覚したのは、彼が16の時だ。元々、きれいな顔だったし、高校生ともなれば恋人ができたりもして。でもなんとなく、カイリは彼女なんて作らないんだろうなと思っていた。思っていたのに、ある日俺は見てしまった。

カイリが女の子と、手を繋いで歩いているのを。

カイリはどこか冷めた子供で、友達はいるけれど群れることはあまり好きではなさそうで。そんなカイリにも恋人ができるのか、小さくて柔らかそうで、可愛らしい“彼女”が。
そう目の当たりにしたとき、俺ははっとしたんだ。

それからすぐ家を出て、会社の近くのマンションで独り暮らしを始めた。それは就職したときから考えていたことだったけれど、その時やっと踏ん切りがついたんだと思う。

「ユキさんも」

「え、うそ、ほんとに?」

「うそ」

その日から、顔を見る頻度はグッと減った。それでも、会うたびに俺の胸はざわついて、狂いそうで。
それなのに…今、カイリは俺の部屋で居候として住み着いている。

半年前、志望校に合格したカイリは実家から通うには少し遠いその大学の近くで部屋を探していて。それがまさに俺のマンションがある付近だった。偶然道端で会って、住むところ探してるならうちに来れば、なんて…言い出した自分が恨めしかった。

恨めしかったのだけれど、そのおかげというのかなんというのか…

「嘘つきは泥棒の始まり」

カイリは今、俺の恋人だ。きっかけは簡単なことで、でもそれを思い出すと今もまだ胸が痛む。


「……嘘、じゃない。ほら、触ってみたら」

「いや、これ老化…」

「あ、ごめん」


それは、カイリがここにきて一ヶ月が過ぎた頃のこと。まだぎこちなく大学生生活を送っていたカイリは、なんだかよくわからない電話を掛けてきた。夜中の一時半に。

「カイリ?どうした」

残業で疲れた体をお風呂で休め、髪を乾かし、もう寝る寸前のところだった。カイリはその日バイト先の飲み会で、きっと帰りは遅いんだろうなと、思ってはいた。それにしてももう終電はない時間だし、もしかしたら朝帰りだろうかと、頭をよぎった瞬間だ。

「……ユキ、さん」

「カイリ?酔ってるのか?」

「酔ってない。今日、帰らない」

「何言ってるんだよ。今何処?迎えにいく」

「いい…」

まだ未成年の癖に、酔い潰れているのだろうか。いや、でもカイリはしっかりしている。ハメをはずして酔い潰れるなんて考えられない。そう考え出したら、無性に心配になって、いてもたってもいられなくなった。それと同時に、腹が立った。

「今何時だと思ってるんだ」

「……」

「カイリ、どこ?」

「…公園、大学の近くの」

「すぐ行くから、そこにいろ」

たいした距離ではないのに。歩いて帰ってこれる距離にいるのに、カイリは何をしているんだ。仕事の疲れも眠さも吹っ飛んでしまった体で、俺はそこまで車を飛ばした。車ならものの数分でつく、本当にすぐ近く。

カイリの通う大学近くの公園、と勝手に解釈してしまったけれど、案の定カイリは他に誰もいない、暗い公園のブランコに腰かけて空を仰いでいた。

「カイリ!!」

「……」

ゆっくり、本当にゆっくり、カイリはこちらを見て、けれど気まずそうに目を逸らした。月明かりだけが照らすそこで、カイリは…

「なに、泣いて…」

泣いていた。

「見ないでよ、ユキさん」

「カイリ、」

濡れた頬を隠すように俯いたカイリは、触れようとした俺の手をやんわり拒絶して、深呼吸した。吐き出した息が僅かに震えていて、まだ泣き止みきれていないのだと悟る。
長く一緒にいたつもりだったけれど、それは初めて見るカイリの涙で。

拒否された自分の手が、行き場をなくして落ちるのを俺はひどく情けなく感じていた。素直にショックだと思えたら良かったのに、それだけではなかったから。カイリの泣き顔は怖いほどに綺麗で、でもその理由は俺ではなく、俺の知らないところにある。それがとてつもなく、憎らしかったのだ。


「帰るぞ、風邪引く─」

「ユキさん、俺出てく」

「は、」

「ユキさんち、出てく」

掴んだカイリの腕は想像していたより太く、そして冷たかった。

「なんだよ急に。話は家で聞くから」

「行かない」

「カイリ」

「俺、ユキさんのことが好きだから」

それは、あまりにも唐突な言葉だった。カイリは嘘をつくような人間じゃないから…日常のくだらない嘘を除いて…俺は動揺してしまって、何も返せなかった。特に言いづらそうな顔もしないでそう口にするものだから、余計に。


「ほら、気持ち悪いだろ。だから、もうユキさんちには、帰らない」

「か─」

「分かってるから。ユキさんは誰にでも優しいってこと。近所のよしみで俺の面倒見てくれてるだけってことも、恋人がいるってことも」

“恋人”その単語に、無意識に息がつまった。

「……」

「だから出てく」

確かに、その時俺には“彼女”がいた。まだほんの数ヵ月の恋人だったけれど、カイリが来てすぐに別れ話を切り出していた。それが長引いて、事実上はまだ“恋人”で。

「カイリ、待てって」

しかもそれも、自棄になって作ったようなものだった。頭の中で何度も何度も再生されるカイリの記憶を消したくて、他の何かで埋めたくて…やっと少しは落ち着くだろうかと思った矢先のことだった。カイリがやって来たのは。一緒の部屋に住み始めたらもう、他の何かじゃダメだって思いしらされて…すぐに別れようと思った。

「どこ行くんだよ」

「……どこか、適当に」

いつだって、カイリは冷たい目をしていて。窮屈な家庭で育ち、感情を出すこともできないでこの歳になって。笑うことなんてまれで、あとは泣きも怒りもしない、そんなカイリが…今、泣いて、自棄になって、そして無理矢理な笑みを浮かべようとしている。

「ダメだ。帰るんだ」

「だから─」

「頼むから。カイリ、どこにも行くな」

愛しい。愛しくてたまらなかった。
四月とはいえ、夜はまだ少し冷え込む。それに冷やされたカイリの体もずいぶんと冷たく、どれだけここにいたのだと、俺が泣きたくなった。そんな顔を見られたくなくて、カイリを抱き寄せてその肩口に顔を埋めた。

「ユキさん、やめてよ」

「やめない」

まだまだ子供だと思っていたカイリは、やっぱり想像していたよりずっと大きかった。しっかりと、男の体に成長していた。それでも俺は、カイリが好きで…

「カイリ、好きだよ」

「…そういうのさ、やめた方がいいよ。俺言ったじゃん。ユキさんのこと好きって。でも、こんな同情向けられたくて言った訳じゃない」

「本気だよ。俺はさ、カイリが高校生の時から好きだったよ」

「嘘」

「嘘じゃない」

「俺が高校生の時、ユキさんはもう家にいなかった」

「違う、あれはカイリが…」

カイリが…

「俺が、なに」

「……彼女、居ただろ?二人で手繋いで歩いてるの見て、耐えられなねえやって。それ見た瞬間、俺すげぇカイリのこと好きだったんだなって。バレる前に、離れたいなって」

「彼女…」

「俺カイリより15も年上だし、そもそも男だし。嫌われたくなかったし。だったら近所のいいお兄さんとして、カイリのなかにあってほしいと思った」

柔らかく肩を掴み、少しだけ距離をとってカイリの顔を覗き込んだ。そこには、珍しく驚いた顔をしているカイリがいて。

「彼女も…最低かもしれないけど、カイリのこと忘れないとって、そう思って付き合い始めた。でも、カイリが傍にいればいるほど、カイリのことしか考えられなくなって…」

「ゆ…」

「カイリは人より無口だから勘違いされることもあるし、人を寄せ付けないオーラも出てて、ずっと気にかけてたんだよ。頭よくて、しっかりしてて、そこばかりが秀でて、だから心配だった」

月明かりに照らされたその顔は、本当に完成した男の顔だ。どちらかと言えば可愛らしい方ではあるけれど、立派な男の子。

「今さらさ、なに言っても伝わらないかもしれないけど…これだけは言わせて。俺は、カイリのことが好きだよ」

「……」

「帰ろう。俺、まだカイリに話したいことあるから、帰って、聞いてほしい」

本当は、もっと抱き締めたかった。キスをしたかった。手を繋ぎたかった。でも、それはちゃんと俺が彼女と別れて、カイリに告白して受け入れてもらえてからじゃなきゃダメだから。

「帰ろう、」

俺はそう言って、頭を撫でた。
傷みを知らない柔らかい黒髪は、子供の頃と、変わっていなかった。



「…さん、」

「……」

「ユキさん」

「っ、ん?」

「レポート、再開するから離して」

あれは春の話。
季節は秋を通り、もうすぐ冬を迎える。その日帰ってからたくさんの話をした。手を繋いでいた女の子の話も聞いた。カイリがいつから俺を好きだったのかを知った。切なさと幸福で満ちていた。

思い出から現実に引き戻された俺は、やんわりと胸を押されてカイリから身を離した。

「手伝うから、もう少しぎゅーってさせてよ」

「ダメ。レポート、自分でやらないと意味ない」

相変わらず真面目だなあ、なんて笑いが漏れて、そのままカイリの額へキスを落とした。

「キスしていいですか」

「終わってから─」

「今」

呆れ顔のカイリも可愛い。
泣き顔も、怒り顔も、見たのはあとにも先にもあの一度だけ。それが少し寂しいけれど、好きな気持ちは大きくなるばかり。もう俺の一方通行なんじゃない勝手くらいに。

「じゃあ一回だけ」

「うん、レポート頑張ってのキス」

あの日触れられなかったカイリの唇は、今はもう俺だけのもの。

(ユキさん、一回だけって言ったんだけど)
(カイリさん、それは無理だって)
(…ミルクティーおかわりしてもいい?)





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