本気の日 (TigerxLotus)



リクエスト:蓮くんの本気の日

***

日曜日。
AM8:00

トントン、ジュー、シュシュシュ…

「……八時…」

何となく、そんな予感はしていた。
昨夜、蓮とこのベッドで抱き合った。お互い社会人になり、朝起きて出ていくまでと夜帰ってきて寝るまでのほんの数時間一緒に過ごせたら良い方になった。土曜は仕事があったりなかったり、日曜は接待があったりなかったり。蓮は蓮で部活や試合で出かけて行ったり。だから二人一緒の休日というのはあまりなくて、その貴重な休みをどう過ごすのか、決めたり決めなかったり。
昨日は決めなかった。二週間ぶりのセックスに流されて、快楽にのまれてしまった。けれどそうなったときにはもうなんとなく感づいていた。夕方帰ってきた蓮が少し買い物をしてきていた理由に。

「…んん」

今日は、あの日だ。

‘本気の日’


「あ、おはよう」

布団の中で少し微睡み、何とか体を起こしてリグングへ行くと案の定蓮がキッチンから爽やかな顔を向けた。

「…はよ」

「シャワー浴びるよね、タオル置いといたから使って」

「ああ…ありがと」

「ご飯は?コーヒーだけ?何か食べる?」

「…蓮と、一緒のにする」

「分かった」

無地の紺色エプロン姿の蓮の手元には、大きな鍋が一つとフライパンが一つ。キッチンカウンターにも鍋が一つ。それを横目にシャワーを浴びに風呂場へ行くと、タオルどころか着替えまでご丁寧に畳んで置いてあった。シャンプーリンスボディソープ、シェービングジェルにカミソリの刃、全て完璧に補充してある。それを申し訳程度使い、換気の為浴室の窓を開けて風呂場を出ると、洗濯機がぐるぐる回り始めたところだった。中にはさっきまで自分が着ていた服と、自分のベッドシーツと枕カバーが入ってる。体を拭いたタオルをその中に放り込み、洗濯機の蓋を閉めてリビングに戻ると、みそ汁と鮭の塩焼きと卵焼き、小松菜のお浸しが並んでいた。

「……」

「ごめん、そんなにお腹すいてない?」

「いや、減ってる」

一ヶ月か二ヶ月に一度、こういう日がある。

「いただきます」

「どうぞ」

朝から一日中、蓮が本気を出す日。
完璧すぎる朝食を済ませると速やかに食器は片され、その傍らのコンロにはやっぱり鍋。その中身が何なのかとか、もうすでに出来上がっているらしいカウンターに置いてある鍋の中身は何なのか、ベランダに干された二人分の布団はいつ外に出したのか、俺はその日が来るたび思うのだけど、思うだけで一日が終わる。というか、聞いても返事は返ってこない。蓮にとってはこういう日もリフレッシュというものだろう。

AM10:00
ちょっと本屋に行ってくると言って家を出た。一時間半ほどで帰ってこれば、玄関から廊下からトイレまでいつも以上にピカピカで、帰ったらやろうと思っていた靴磨きやシャツのアイロンがけもされている。けれど蓮は相変わらず涼しい顔でキッチンに立っていて「おかえり」なんて微笑むのだ。

「虎、お昼食べたら買い物行くけど、何か必要なものある?」

「あー…車出す」

「ありがとう」

お礼を言うのは俺の方だけど、今言っても蓮の耳は聞き流すだけだろうからまだ言わない。
こういう日の蓮は俺を空気みたいな存在にしているからとても暇で、今から外で走るのは面倒だしジムに行くのも時間が微妙。じゃあルームランナーでもしようかと悩み、けれどまたシャワーを浴びたくなるだろうし洗濯物も出てしまう。やっぱりおとなしくしていよう。

PM0:00
昼食はとろとろ卵とチーズの乗ったオムライスだった。味付けは普通のオムライスなのに、蓮が作るそれは店で食べるものより断然おいしい。何が違うのか分からないけれど、とにかく違う。それから中途半端に残ったという野菜で作ったサラダと、玉ねぎのスープ、手作りのコーヒーゼリーのデザートまでついていた。俺だけ甘いミルクかけで。何がすごいって、二人分のスープを作ったり、栄養バランスを考えているところ。もちろん、外で済ませることもあれば俺が用意する簡単なものだけの時もある。毎日じゃないにしてもすごいものはすごいのだ。
昼を食べ終えてから俺の車で薬局とホームセンターに行き、スーパーを二件回って最後にコーヒーショップに寄る。いつもの買い物コースだ。日頃こまめに買い物に行く時間がないから一週間分をまとめ買いする。足りなくなればその都度買い物はするけれど、大体は蓮の計算通りで、一週間もつ。俺がその計算を知らないで食材を使っても、だ。

「あっ、持てるよ」

「俺手ぶらだしいいって」

紙袋二つ。胸に抱えていた蓮から一つをさらい、空いているもう片方の手で蓮の頭を軽く撫でる。緩やかに微笑んだ蓮は、俺の手をとって車までのほんの数メートル、時間にして数秒、指を絡めて歩いた。

PM3:00
蓮が洗濯物を取り込み、几帳面に畳む横でパソコンを開く。
仕事は持ち帰れないけれど、家で打ち込んだものを会社のパソコンへメールで送ることは出来る。書類の下書きを適当に打ち込みながら畳み終えた服とシーツをそれぞれの部屋へ持っていく蓮を確認し、休憩のコーヒーでもいれようと腰を上げると湯を沸かそうとする俺の手を、戻ってきた蓮が止める。

「いれるから、休憩してて」

休憩しかしてない。
これくらいのこともさせてもらえない、のもこの日はいつものこと。正直、コーヒーに関しては蓮の方が格段に上手だからいれてもらえるならありがたい。そんな甘えで用意されたコーヒーを啜りながら、隣に座った蓮に触れるとやわらかく目を細めて口元を緩めた。

「いい天気だね」

「…ああ」

「今日は布団もしっかり干せたし、いい匂いするよ」

「そうだな」

「でも、明日はもう雨だって。今日の夜から降るかな…」

少しも憂鬱そうな顔をしないで、蓮は雨だと寝坊しそうだなあと溢した。寝坊なんてしたことないから大丈夫だろとか、それはそれで楽しそうなんて言い出しそうな顔をしているぞとか、言いたいことはいくつもある。けれど、今はそれより触れたい

「明日のお弁当はサンドイッチだよ。タマゴサンドと、ハムカツとー…あ、あとレタスとツナ。虎、これ好きだよね」

「うん」

「水筒にスープも入れたいけど、荷物になるかな」

「別に、気にしない」

「じゃあ、作るね」

「蓮、」

「あっ、ごめん、仕事の邪魔だよね 」

触りたい欲求にかられながらも、離れ際に蓮が一つ落としていった子供をなだめるようなキスにめまいがして引き止められなかった。ほんのり残された、コーヒーの苦い匂いをしばらく鼻の奥に感じながら邪魔されるほどでもない仕事に集中した。その途中、キッチンからは絶え間なくいい匂いが漂ってきて、我慢できなくなったころ、蓮がご飯にしようと言った。

PM6:30

「……」

豚の角煮、牛すじと大根の煮込み、茄子と鶏のみぞれ漬けしゃぶ、ポテトサラダ、水菜としらすとツナのサラダ、金目鯛の煮つけ、豆腐のだし餡かけ、ほうれん草のくるみ白和え、トマトとオクラのポン酢ジュレサラダ、蛤の酒蒸し、赤だし、あさりとホタテの土鍋ごはん。

実家から持ってきたもの、蓮が大学のサークルで作ってきたもの、高い食器はほとんどないのに、それでも全てが高価で品のある料理に見えるのはセンスだろう。実際味は料亭に劣らないほどなのに、さあ召し上がれと堂々と言うわけでもなく「このジュレ学校の調理実習で作っててね、美味しかったんだよ」と何でもない顔で言う。もっと他に自信満々に言えるところがあるのに。

「虎?お腹すいてなかった?」

「いや、いただきます」

確かにこれは作りすぎで、いつものバランスやカロリー的な計画性はない。ただ蓮が作りたいものを作りたいだけ作った結果がこれで、その材料の中には俺の苦手なものもあったりする。けれどそれを美味しいと思って食べてしまうくらい、蓮の本気はヤバイ。

「……うまい」

「ほんと?良かった。調理実習で作れるくらいだから、失敗したら悔しいと思ってたんだよね」

「いや、……全部」

「ふふ、ありがとう」

箸を綺麗に持つ手、行儀よく咀嚼する口、妙な色気を滲ませる伏せられた目。がっちり胃袋を掴まれているうえ、これだけ綺麗な人間と過ごせるのだから、そういう店に行く必要もなければ他の誰かに飯を作って欲しいと思うこともない。朝から晩まで、抜かりなく完璧に過ごした蓮に、敵う奴が居るなら見てみたいと思う。そんなことを考える俺は、きっと一生蓮以外誰とも一緒にはなれない。なる気もないから良いのだけれど、惚れている、というのは怖いもので蓮が休日を一日寝て過ごしたとしても、それを愛しく思えてしまう。

「本当に、まじでうまい」

「良かった」

ゆっくり、話をしながら、日曜日が夜になる。
まだ明るかった空が徐々に群青に染まり、温度の低くなった風が開けたままの窓から吹き込んできた。

PM10:00
二人で食器を片し、明日の弁当の準備をして、二人で湯船に浸かる。大学の時より広い部屋、とはあまり考えなかったけれどキッチンとバスルームはもう少し広いところが良いなと、部屋探しのとき蓮が溢した。じゃあそうしようと決めたここは、それでも大人の男二人は少し窮屈だった。けれどその窮屈な湯船も、今ではちょうど良い。
そして、この日の蓮の集中力はそろそろ切れる。湯船に浸かりながら濡れた髪をかきあげ、うとうととまばたきをする顔を覗き込むとほんのり頬を赤くして、隙だらけの声で「とら」と呟く。
「のぼせそう」となんとも色っぽい声で続けた蓮に、じゃああがろうと手を差し出すと素直に握られた。それから体を拭いて髪を乾かして、そのまま俺の部屋へと誘導したのは蓮だった。

「部屋、」

寝るにはまだ早いけれど、もうやり残したことはない。このまま明日まで寝てしまっても何の問題もない。それくらい片付けも準備もやりつくした。干したての布団はきちんとベッドメイキングされていて、もぞもぞと潜り込む蓮に手を引かれて隣に横になる。湯上がり独特の匂いと温度に、一日かけて積み上げられた欲が一気に傾くのが分かった。

「蓮」

「…ん、」

「ありがと」

「何が」

「全部」

小さく笑った声を聞き、部屋の電気を消す。寝るかと聞いてもするかと聞いても返事は曖昧で、俺の腕を枕にして正面から抱きついたと思ったら少し離れて顎にキスをする。ペタペタと顔を触って背中を触って、しばらくすると俺の枕と顔の隙間に額を押し付けて動きを止めた。

「なに」

「……する」

俺もそういう気分になった。
一日触れたくて“溜まっていた”けれど、それとセックスがしたくてたまらないとは少し違う。それでも蓮の一言で高まってしまった。熱を帯びた唇にキスを落としたところで、雨音が聞こえ始めた。あんなに天気良かったのにねと囁く唇を途中で塞ぎ、そうだなと返す。
蓮が本気を出した日のセックスはどろどろに甘くて、このまま目が覚めないんじゃないかと思うほど、このまま一つになってしまうんじゃないかと思うほど、幸せな気分で眠りにつく。

君を追う終日
(例えばその体温が隣にあること)
(例えばその声が僕を呼ぶこと、)






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