関谷くんと生徒会長 (狼の飼い慣らし方)



リクエスト:狼の飼い慣らし方より関谷くんと生徒会長

***

なんというか、理由が分からないのだ。

「悪いな〜、いつも」

「いえ、失礼します」

この辺りではずば抜けて評判の悪い男子校で、生徒会などまるで機能しないはずのここで、それでも“生徒会長”をくそ真面目につとめている彼が、どうして俺なんかを見つけたのか。そして、

「ああ、せきやん!会いたかったよ!」

真面目で優等生な見た目に反し、とんでもなく変態である理由が。

関谷くん生徒会長


関谷くんと生徒会長

「うざい!ついてくんなよ!」

「今日も可愛いね、関谷。あ、寝癖ついてる。寝坊したから?夜更かしするからだよ。あと、バイトもしすぎだからね。校則無視して夜間バイト続けてるの、そろそろ見逃せないんだからね。ああ、朝起きれないなら僕が迎えに行こうか?うん、そうしよう。おはようのキスから着替えから食事までなんでもお手伝いしてあげるよ」

この、一つ言えば十返すような男は、我が校が誇る数少ない優秀な生徒の一人、成川成一。もう名前からしてよく分からないのは親御さんの所為だけど、俺としてはどうやって育てたらこの仕上がりになるのかが一番の疑問だ。

「関谷のパジャマ可愛いよね、ほらあの白猫のワッペンが着いたグレーのスエット。あれを堂々と拝めるうえに、運良くおっきしてる関谷の可愛い可愛い息子ちゃんを抜いてあげたりなんかして…ね、だから安心して寝てて良いからね、僕が起こしにいくから」

「なんで知ってんだよ!まじで滅べ変態!」

「もー、ツンデレなんだから。あ、そういえば関谷、テスト勉強してないでしょ?ダメだよ、サボっちゃ。分からないところあったら僕に聞いてね。いつでも教えるし、なんならテストまで毎日勉強付き合うし」

「いらねー!つかなんでついてくんだよ」

「え?教室まで送るからでしょ」

「…」

つくづく分からない。
整えた髪に、正しく着込んだ制服に、優等生の象徴みたいな眼鏡。素行の良くない生徒が八割を占めるこの学校で、生徒会長なんてして教師たちから絶大な人気を得ていて。俺は二割に入る普通の生徒で、ただ頭が悪くてここしか受けられなかったような一生徒だ。成川に目をつけられるようなことをした覚えはないし、そもそも接点もなかったはずなのに。

「関谷、」

「うわ、なんだよ!ちけーな」

「あー、残念。チューしようと思ったのに」

「ちゅ…近寄んなばかなり!」

「痛いなー。あ、ちょっと生徒会室寄ってい?」

「勝手に行けよ」

「関谷も来て」

「はあ?もう昼休み終わるし俺教室─」

「おいで」

突然だ、本当にある日突然。成川は俺に向かって嬉しそうに駆け寄ってきて、「関谷」と 確かめるみたいに名前を呼んだ。一体生徒会長様が俺に何の用かと身構えつつも返事をした俺は、まさかこんな素顔を隠しているなんて思ってもなくて。簡単に成川を自分のテリトリーに入れてしまったのだ。

「ちょっ、おい、押すなよ、ばかな…」

「しー。副会長寝てるから静かにね」

生徒会役員が生徒会室で堂々と昼寝とは。ずるい。なんて、考える間もなく成川は素早い動きで大層なデスクから何かを引っ張り出した。

「これこれ。はい」

「……は?なに」

「テスト対策」

「はあ…?」

ノート一冊分ほどの紙の束を差し出してきた成川は、にこりと微笑んで俺に受けとるよう促した。こういう表面だけを見ていれば本当に普通の人なのに。まあ、本性を知ってしまえばいくら見た目が普通でも関わりたくないと思うんだけど。

「俺に?」

「他に誰がいるの?内容全部一年生のだから、僕は使わないよ」

「……え、どういうこと?誰が用意したわけ?…まさか、先生から聞き出してコピーしたとか?」

「馬鹿だなー、関谷は。そんなことしなくても満点とれるんだから八百長なんてしないよ」

「じゃあ、これ…」

「勉強が苦手な関谷の為に、僕が用意したんだよ」と、成川はそう言ってまた普通の人みたいに微笑んだ。それから俺の頭を軽く撫でて、本当に教室まで一緒について来た。始業のチャイムはもう鳴っていて、遅刻扱いにされるところだったけれど、成川が一緒、というだけでそんなものはつけられなくて。
それに感謝をする余裕もないくらい、俺は受け取った紙の束に動揺していた。いや、そりゃ自分が破滅的に勉強が出来ないことは分かってる。でもそれをどうして成川が知っているのか。知っていて、たかが一後輩に、ここまで大層なテスト対策を作るって…

「解せない、よな」

「は?なに?」

「、なんでもないです」

「あっそう。てか、関谷そろそろ上がって良いぞ。テスト前なんだろ?」

「あー…はい」

「お前頭悪いんだから勉強しろよ。ほら、帰った帰った」

「すいません、じゃあお先に失礼します」

「おう、気を付けて帰れよ」

高校生になってから始めた居酒屋のバイトは、そもそも店長が母さんの知り合いで。だからわりと融通もきくし、けれどこういう事情もバレてしまう。まあ、ありがたいと言えばありがたいのだけど。
店長に頭を下げてから着替えを澄まし外に出ると、梅雨独特の湿気臭さが鼻をついた。

街灯でそこそこ明るい夜道、鞄に押し込んでいた成川から受け取ったものを手にして、思わず足が止まった。

「……」

すごくすごく分かりやすかったのだ。もちろん、きちんと机に向かって、ペンを持って、脳を動かしているわけじゃないからはっきりとは言えないけれど。サラッと目を通すだけで、すっと頭のなかに入ってくれる気がした。

「あれ、関谷?」

「っ!?」

「どうしたの、道の真ん中で立ち止まって」

「うわあ、ばかなり!な、なんで…まさか、お前ストーカー…」

「え?あはは、やだな、違うよ。偶然。そりゃあ、この道は関谷が使うって知ってるから、会えないかなー、とは思ったけど。本当に会えるとは思ってなかったよ。バイト帰り?ちゃんと早くあげてもらったんだ?いつもより早いね」

「俺はお前が心底気持ち悪いわ」

「もうこのまま帰るんでしょ?送ってあげたいけど、僕まだ帰らないんだよね、だから一人で帰ってね、ごめんね。何かあったら大声出すこと、いい?噛みついてもいいけど、きちんと口ゆすぐんだよ?関谷のお口が汚れたら大変だし」

「俺の話を聞けよ」

時間は九時で、今から塾とかにでもいくのだろうかと、一瞬でも成川のことを考えた自分が気持ち悪い。もちろん、送ってもらおうとは毛頭思っていないし、そもそも家を知られるなんて勘弁してほしい。

「じゃあ、僕こっちだから。気を付けてね。分かんないとこあったら電話してね。番号いれといたから。ほとに、気を付けて帰ってね」

「はっ!?え、いつ…」

「じゃあね、おやすみ、また明日」

「ちょっ、おいばかなり!!」

にこやかに手を振って去っていく背中をしばらく見つめ、慌てて携帯をつかみ電話帳を開くと、確かに“成川成一”という名前が入っていた。いつの間に。ほんとにいつの間に…怖すぎる。
どこまでもキモくて怖いやつだと身震いしたのは言うまでもなかったのだけど、その日から数日間、悔しいことに成川のおかげで勉強が捗った。結局、頭の悪い俺にとって、教え方、が一番大事らしい。成川の対策プリンとはまさにそれで、頼ってなんかやるもんかとゴミ箱に突っ込んでは引っ張り出す、というのを何度か繰り返した。

その結果、あ、すごいじゃん、俺。
と、テストの結果を見て純粋に喜ぶことになった。それくらいには、成川も役に立ったんだなと気づいたのはしばらくその余韻に浸った後で。どっかで顔でも見たらお礼くらいは言ってやろうかなと、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、思った。のに…

「関谷ー?帰んねーの?」

「え?あ、うん、帰るけど」

「何、誰か待ってんの?」

「違う違う、もう帰る」

なんでこういう日に限って会わないかな。
いや、会わないに越したことはないというか、それが一番ありがたいくらいだけど。毎日数回は見るあの変態の顔を、一日見かけないというのは逆に不自然だ。
テスト前も期間中も、成川からの連絡はない。もちろんなくていい。し、俺からもするわけはない。ならなんで勝手に番号登録したんだよあの変態。

“成川成一”

明日。明日で良い。明日は顔くらい見るだろ、さすがに。うん、だから、今わざわざ電話なんかしなくて良い。しなくて良い。そう言い聞かせてみても、開いた電話帳から選択したその文字に、けれど迷っていて。

「はぁ〜…」

一言、一言だけ。
役にたったよ、少しだけって、そう言えばいい。発信ボタンを押した次の瞬間に後悔したのは言うまでもない。接続音の前に成川の声がして、たぶんこれは成川の戦略だったんだろうと気づいてしまったのだ。

「関谷のでれ、いただきました。今夜のおかずにするね。せきやんだーいすき。早く僕の胸に飛び込んで来てね」

電話の向こうで成川がどんな顔をしていたのか、知らないけれど。誰が飛び込むかばーかと叫んだ俺の負けだった。




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