好きなところ(狼の飼い慣らし方)



りんこと、音羽凜太郎は、俺の好きな人です。

背はそんなに高くない。細身で、眼鏡をかけていて、艶やかな黒い髪。どちらかと言えば目立たないかもしれない。そんなりんの、好きなところ。

ひとつ目、面倒見がいいところ
「忘れ物ない?宿題やった?」
「汚れてるよ、洗うから服脱いで」
「ブレザー、綻んでたところ直しておいたよ」
でも甘やかしすぎないところ

ふたつ目、意外と男前なところ
「ゴキブリくらいで大声出さないで」
「僕と家族になればいいよ」
さらりと、俺の心も体も拐ってしまう。

みっつ目、くしゃって笑う顔
「ただでさえ子供みたいなのに余計に幼くなるから嫌だ」
そう言いつつも、笑うときは目一杯笑う。そんな可愛いところが好き。

よっつ目、隔てなく優しいところ
「おばあちゃん、荷物持ちますよ」
「ほら、絆創膏貼ったから、もう痛くないでしょ?」
「樹くん、文句言わないで、包帯巻けないから」
道行くおばあさんから子供から不良まで。正直、優しすぎて面白くない。だから自然と口を尖らせてしまう。

いつつ目、頭がいいところ
「全然、普通だよ」
それを鼻にかけないところ。丁寧に教えてくれるところも。

むっつ目、俺を真っ直ぐ見てくれるところ
「遥は遥でしょう」
「今の志乃を見てるよ」

ななつ目、料理が上手なところ
お味噌汁、唐揚げ、エビチリ、カレーにシチューにミネストローネ。肉じゃがに筑前煮、なんでも美味しいけれど、一番好きなのはチャーハン。冷蔵庫の余り物で作ったと言うそれは、愛が一杯つまってて特に美味しい。

やっつ目、家族を大事にするところ
「一に家族、二に家族」
俺は?と聞けば「志乃はまた別の話」と言われた。

ここのつ目、俺のことも大事にしてくれるところ
家族とは違うけれど、“友達”とも違うけれど。
こんなに小さな体の、一体どこにこんなに大きな力を隠しているのか。どこからこんなに愛が溢れてきているのか。俺にはわからないけれど、それでも確かに感じるそれは、気の所為なんかじゃない。

「……」

「…なあに、りんちゃん」

「いや、何を書いてるのかなって」

怪訝そうに眉を寄せたりんは、そう問うてきながら見たくはないといった風に背を反らした。

「しゅくだい」

「…なんの課題?僕そんなの知らないよ」

「え、りんやってないの?レポートだよ、レポート。ほら、最近のニュースで何か書きなさいって。現代文の宿題だよ」

「……」

「りんが忘れるなんて、珍しいね」

「おかしいな、その課題、僕は最近流行りのニュースで書いたんだけど…それ、本当に、現代文の宿題?テーマそれでいいの?」

「ダメなの?」

そもそも“レポート”ってなんなんだろう。そんなの今まで書いたことがない分からない。読んだこともないから、どんなものかも知らない。学年末の課題地獄の時代、書かされた気がするけれどこれはレポートじゃないと言われた。ただの感想文だ、って。でもそれで勘弁してもらえたから、結局分からないままなんだ。

「だ…め、だと思うけど」

「書き直さなきゃだめ?」

「……新しい作文用紙、あげるよ?」

「む〜やだー、これでいいの」

「お願い、新しく書こう。手伝うから」

どうしてだめなのか、教えてくれなきゃ分からない。だけどはっきり言ってくれない。仕方がないからりんが切り抜いてくれた新聞記事でもう一度書き直すことにした。書いてある内容を無理矢理だけど読んで、理解できないところは丁寧に教えてくれて、それでやっと“レポート”なるものを書き上げた。こういうのを、自分だけでやり終えてしまうりんってすごいんだなって思った。それを声にしたら、志乃だってできたじゃんって、ふわりと笑うから。あー、こういうところずるいなって。

「りんがいなきゃ、出来ないもん」

「出来るようになるよ」

「本当?」

「本当。…たぶん、ね」

「え〜」

「頑張ったから休憩しよう。昨日ゼリー作ったんだ、食べる?」

「食べる!」

「ん、待ってて」

自宅で使う用の眼鏡をテーブルに置いて、りんはキッチンへ向かった。俺に背中を向けているうちに、こっそりさっきの続きを書いた。りんにはバレないように、それは綺麗に折り畳んでクリアファイルに挟んで、他の課題と混ざらないように鞄に押し込んだ。

「りんちゃん、なに味?」

「わっ、」

カチャカチャとスプーンを用意していたりんを後ろから抱き込み手元を覗くと、綺麗な赤いゼリーがあった。

「トマト」

「えっ、」

「大丈夫、美味しいよ」

「う〜」

見た目はすごくすごく美味しそうだけど。トマトはあんまり得意じゃない。でもせっかくりんが作ったんだからと、半ばやけくそに口に入れたそれは、想像していたよりずっと甘くてずっとずっと美味しかった。

「りんちゃんりんちゃん」

「ん?」

「だーい好き」

「なっ、突然、なに言って…」

「へへ」

学校には提出できない、夏休みの課題。現代文の先生も担任の先生も見れない俺のレポート。残念だけど、でも誰かに見せたらりんのいいところが全部ばれちゃって、りんを好きになるかもしれない。そう考えたら、これはお蔵入りでいいと思えた。

‘僕の好きな人’

じゅっこ目、音羽凜太郎だから好き。





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