樹の話 (狼の飼い慣らし方)



大橋樹、地元の学区内で下から二番目にお馬鹿な公立高校に通う17歳。
普通、よりは素行のよくない見た目をしているけれど、この真っ赤な髪を除けば別に普通の男子高校生。


そんな俺の、志乃遥についての
【考察】


顔とか髪型とか、佇まいは本当に誰もがみとれるくらい格好よくて。電車に乗れば騒がれ、街を歩けば声をかけられる。女にはモテ、男には羨望の眼差しを向けられる。だけど、遥は、少し頭がおかしい。

「殺すよ」

キレると、人格が崩れる。…滅多にキレないし、俺が知る限り12歳から17歳の今まで、遥が本気でキレたところを見たのは2回くらいなんだけど…
でも、それはまるで感情を持たない人形のような目で、纏う空気さえ全く別物で。

普段、周りから“不良”と呼ばれてはいたけれど、それは目立つ見た目と喧嘩が強いから、それが原因。決して、遥自身が率先して喧嘩したり意気がったりしているわけではないのだ。タバコなんて吸わないし、カツアゲもしない。
言葉遣いだって、日常生活では普通…いや、“普通”ではないけど、他人を脅かすことはない。というのも、遥の思考回路は明らかに変だし、完全に子供なのだ。もともと自由奔放というか、気まぐれな猫みたいな、好奇心旺盛な犬みたいな、そんな性格で。そんな遥に振り回される役目が、なぜか俺なわけで。


「樹なんて嫌いだし」

「……」

「顔もみたくない」

ぷんぷん。
そんな効果音が聞こえてきそうで、イラッとするのはいつものことだ。いつもこんな調子の遥。よく笑い、拗ね、怒る。見た目とは真逆の性格、まんま子供。

ここ5年ほど、俺は振り回され続けてきて。
でもそれも…

「りん〜」

「っ、志乃…苦し……ぅぐ」

「今日もお昼、一緒に食べようね」

「はな…し、」

幕を閉じた。高校2年目にして、突然。

「おい、遥。音羽、死ぬぞ」

いや、まあそりゃ少しくらい、本当に少しだけど、事情はわかっていて。でも、それにしても突然遥は壊れたようにその“りん”にべったりくっついたまま離れなくなった。

音羽凜太郎、黒髪眼鏡、真面目そうな、男。
小柄だけど、別に女みたいな訳でもないし、かといって男前な訳でもない。そこら辺にいる、普通の男子高校生。それのなにがいいのか、遥は「りんちゃんりんちゃん」なんて、学校で一日中そのとなりを陣取っている。

「ちょっ、樹!りんに触んないで!!」

「触ってねえよ」

音羽も、最初はビクビクしてたのにいつの間にか遥の面倒見てるし、おかげで俺は御役御免、ってところだ。でも遥の所為で音羽が怪我したり、眼鏡割れたり、女子たちに影で悪口言われたり、正直あんまり快く見ることはできないでいるけど。

「りん、トイレ行こ〜」

「一人でいってきなよ」

「やだー、一緒がいい」

「さっさといってこい」

「休み時間終わる前に行ってきなよ」

「むー…分かった。樹。りんになんかしたら許さないから」

「なんもしねぇよ馬鹿が」

ちなみに言えば、俺と音羽は明らかに違う。確かに世話焼きなのは同じかもしれないが、遥が俺に抱く気持ちと、音羽に抱く気持ちは全然違うもの。見てればわかるけど、音羽は一ミリも気づいてないし、遥だってこれだけベタベタしといてまるで無自覚な顔をしているから困ったもので。

「なあ、音羽」

「ん?」

「それ素なのか」

「それ、って?」

きょとん、と見開かれた目に、なんだか脱力した。
眼鏡に見慣れていたけれど、最近していない。それで気づいたのは、意外と可愛い目元をしてるってこと。まあ、そんなこと口にしたら血祭りに上げられるだろうから、絶対言わないけど。

「いや、なんでもない」

「あ、樹くんっ」

「ん?」

「ここ、血が」

音羽はシャツの袖をまくって露になった俺の手を凝視し、そっと手を伸ばしてきた。

「あ、ほんとだ。かさぶた剥がれたっぽいな」

「そのままにしてて」

「え、あ」

男にしては小さくて華奢な手に捕まり、けれど俺は抵抗もしないで音羽のもう片方の手の行方を見送る。それは鞄を探り、財布を取りだし、出されたのはそれはもう、ラブリーなウサギさん柄の。

「これくらい、大丈夫だって。別に、痛くもないし」

「でも、そのままにしといたらシャツに付いちゃうから」

絆創膏。
貼るにしても、もっとこう…男子高校生に見あうものにしてほしい。というか、どうして音羽がそんな可愛らしいものを持ってるのかも不可解だけど、こうして深入りしているうちに遥が戻ってきたら厄介だからやめておいた。

「じっとしてて」

「……」

なれた手つきで俺の腕に絆創膏を貼る音羽は、やっぱり別に普通で。普通の男子高校生。そりゃあ、普通の男子高校生らしくないところはたくさんある。真面目でびびりに見えるのに、こうやって俺みたいなやつと何でもないように接して、絆創膏まで貼ってくれて。
俺も、見えないけどそこそこ面倒見がいいってギャップがあると思ってたけど、音羽には負ける。俺こんな可愛い絆創膏持ってないし。

「よし、」

「おお、さんきゅ」

「恥ずかしいかもだけど、少し我慢してね」

「おう」

今すぐ剥がしたい、というのが本音のはずなのに。そんなに悪い気がしないでもないのが不思議だ。

「……」

「なんだよ」

「ごめん、なんでもない」

じっ、と見つめられた腕が、妙な熱を帯びる。
音羽はなにかを考え込むように俺のそこをみつめていて、けれど明確な答えを見つけることのなかった目をして我に返った。

窓から吹き込んできた夏の匂いのする風が、音羽の柔らかそうな前髪を揺らした瞬間、「ああ、普通……ではないか」と、何となく感じた。
別に、それに色っぽさを感じたわけでもないし、むしろまだ幼さの残る目元が露になっただけなのに。

たぶんこれは、音羽の内側からにじみ出ている“人のよさ”なんだろう。
つまりは、“苦労するやつ”だ。

「音羽、」

「はーなーれーてーー!!」

「っ、うっお」

俺の言葉を遮るように、トイレから戻ってきた遥。
それはもう目にも止まらぬ早さで音羽を背中から抱き込み、正面にいた俺を思いきり突き飛ばしたのだ。

「志乃、危ないよ」

「だって〜樹がりんに近づくから」

遥は体がでかくて、力だって強いけど、俺はそれに耐えられるだけの筋力がある、はずなのに…二歩も後退。悔しい。

「でも、今のは危ないから」

「……樹だもん大丈夫だよ」

「音羽」

「、ん?」

むぎゅー、なんて、そんな可愛いもんじゃないけど。音羽を後ろから抱き締めて顔を寄せる遥の顔は、かつてないほどキラキラしてて、甘い。もとがイケメンだから多少にニヤいて崩れたってイケメンだけど、ここまで崩壊するともう見る影もない。

「……」

「なにー、りん口説くなんて、樹には無理だからね〜」

この鈍感ちんを口説ききれていないお前が言うな。

「悪いな、苦労かける」

「?」

「俺がもう少しちゃんとしつけておけばよかったんだもんな、」

「何言ってんのー。ほら、樹はさっさと教室戻りなって。もうこなくていいから!」

「はいはい、じゃあな」

こんなやつが、この辺で一番強い男。
しかも文句なしに格好いいのに。

等の本人はこの調子。
俺と遥の仲を知ってるガラの悪い奴等に志乃はどうしたと絡まれ、知らないと答えれば暴力。やり返せば後から大人数でやって来て、こっちも大人数になって、それはもう大所帯。
遥に相手にしてもらえない派手な女子が近づいてくることもあるし、どうして俺ばっかりこんな苦労しなきゃらないんだ、なんて。

まあでも、遥にだって辛かった時期とか苦しんだこととかあったし、今こんな幸せそうならいいかと、許してしまっている俺は、たぶん。

「あ、樹くん」

「……?」

「これ、予備に」

そんな遥が選んだ相手が、音羽でよかったと毒されてしまったからだろう。

「あー、ありが─」

「だめー!!」


遥がもう少し、大人になってくれればなおよし、なんだけど。
たぶんそれはまだまだ無理で、ずっと先の話になるだろう。

「りんの絆創膏は俺のなの!」

「志乃、そんなわがまま…」

そんな声に背を向けて廊下へ出れば、やっぱりもうすぐそこに夏が来ていて、少し寂しいなんて感じるのを紛らしてくれた。

理不尽だけど、それもなくなると逆に、
恋しくなるのは俺の性分なんだろう。

(馬鹿な子ほど可愛いみたいな)
(手がかかるほど愛しいとか、)





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