風邪の日 (TigerxLotus)
リクエスト:虎蓮風邪ネタ
***
蓮が、
「とら」
風邪をひいた。
‘風邪の日’
「どうした」
「バイト、休んだの?」
昨夜、蓮が珍しく熱を出してダウンした。
季節の変わり目は体調を崩しやすいから気をつけて、なんて言っていた本人が。突然、「なんだか寒気がする」と言い出して、熱を測ってみれば高熱で。
しかも蓮が風邪で寝込むなんて希だ。これは自分にも言えることだけど、基本的に風邪をひいても寝込むほどこじらせたり酷くなったことがない。だからこんなことになると正直戸惑ってしまう。
「いいから、寝とけ」
「でも」
「いいから」
学校もバイトもない、完全に自由な休日に風邪で動けないなんて災難なはずなのに、蓮は「学校もバイトも休みでよかった」と笑った。休むことも、迷惑をかけることもないから、と。どこまでお人好しな人間なんだと、その頭を撫でれば、やっぱり相当熱くて。
俺は布団に蓮を押し込んで、バイトも休みをもらって看病することにした。
「何か食べれるか」
「作ってくれるの?」
「出来るもんなら」
「じゃあ虎の出来るもの、食べたい」
「……」
熱で紅潮した頬に、風邪独特の弱った目。
可愛い、って言葉だけじゃ全然足りないし少し違うけれど、ぽそりとそうこぼしてみた。
「ん?何か言った?」
「なんでもない。ちょっと、待ってろ」
「ん、」
「寝れそうなら寝ろよ」
「うん」
ベッドに横になる蓮にキスしたいって衝動をなんとか抑えて、後ろ髪をひかれる思いで部屋を出た。階段を降りてキッチンへ入れば、人の家ではあるものの立ち慣れたそこは特に違和感もなく。
俺の家のキッチンにいたっては、俺より蓮の方がよっぽど把握できているんだろうけど。
そう思いながらお粥を作り、火にかけている間に洗濯機を回した。それから蓮の部屋へ戻ると穏やかな寝息が響いていた。昨日から今朝まで熟睡し、更にこの短時間でまた眠れるのだ、体は相当辛いんだろう。汗もかいている様だったから冷えピタを剥がし、タオルで拭ってから新しいものを貼り直してやった。
「ん、」
「悪い、寝てていい」
「……」
一瞬薄く開いた目を撫で、その手を頬へ滑らせれば、無意識に擦り寄ってくる熱い体。ああ、たまらない。こんなに無防備な蓮、本当に珍しい。寝顔をこんなにじっくり見ていられるのも、滅多にないし。
俺はベッド脇に腰を下ろし、しばらくその寝顔を拝むことにした。
お粥は冷めてしまうだろうけれど、また温め直せばいい。無駄な肉のついていない、けれど健康的な頬を撫でていると、その体温と呼吸の心地よさに瞼が重くなるのを感じて。
うとうとしながらも、スポーツドリンクや食べやすいゼリーなんかを買いに行ってこようかと思い至った。蓮が寝ている間に、と。でも何となく、本当に何となくだけど、蓮が起きたときにそばに自分がいないって、嫌だな、なんて。
でも一番近いコンビニなら、自転車で往復10分もかからない。
すぐに行って帰ってこれるか。
一応携帯も上着のポケットに押し込んで、もう一度蓮の頬を撫でてから、妙に重い腰をあげて家を出た。予想通り、15分後には蓮の家に戻れて、そのまま部屋へあがった。
すると、部屋に入るなりベッドの軋む音が響いて。
「……と、ら」
「、蓮?」
「……」
「どうした」
熱に浮かされたような瞳が、ゆっくりとこちらを見る。
「どこか、行ってたの」
「ああ、コンビニ」
「そ、う。お帰りなさい」
「起きてたのか」
「今、ね」
へらりと笑う蓮は、やっぱりいつもより無防備で、幼さない。
「お粥、作ったけど食えるか。今飲み物とかも、買ってきたけど」
「ありがとう、飲み物、ちょうだい」
「ん、スポーツドリンクだけど」
むくりと起き上がった蓮に青いラベルのついたスポーツドリンクを手渡し、けれどキャップを上手にとれない様子に、思わず手が出た。
「ほら」
「ごめん、ありがとう…」
力が入らないのと、頭がボーッとして回す位置がしっかり確認できていなかったのだろう。そんな風になった蓮なんて本当に貴重…希で、どうしようもなく世話をやきたくなる。
いつもは俺が蓮に何でもしてもらっているから、そのお返し、もいうわけではない。そういうの蓮は嫌いだし、俺もそういう取引とか駆け引きめいたことは好かない。ただ単純に、傍についていたいだけ。
「あ、」
「ん?」
「洗濯…」
「回した」
「えっ」
「終わったら干しとくから寝てろ」
少し強引に布団へ押し込むと、蓮はそっとその手を掴んで俺を見上げた。
「とら」
「どうした」
「……ううん」
なんでもないと言いながら、けれど名残惜しそうに離れていった蓮の手。
風邪の所為で体だけじゃなく心まで弱っているのだろう。なにか言いたげなのになにも言えないでいる、蓮のそんな姿にたまらなくなるのは仕方のないことで。
「ここにいるから、寝ろ」
冷えピタを貼った額にキスをおとし、布団をかけ直してやれば。蓮の物欲しそうに潤んだ瞳が俺を射止めた。
「蓮、」
たぶんそんな気はないだろうし、無意識なんだろうけれど。それでも俺には充分すぎるくらいの誘いにしか見えなくて。我慢できなくて、そのまま頬に唇を押し当てた。
「、くすぐったいよ─」
ふふ、っと小さく漏れた笑いを塞ぐように、今度はその唇へ。
いつもより温度の高い唇は、少しだけスポーツドリンクの甘さをそこに残していた。
「こら、とら…」
触れたり離れたり、柔らかく重なる唇。絡まる呼吸の隙間を縫う蓮の声が、いつも以上に色っぽくて。頭ではやめておけと、分かっているのに…
「ふ、ぁ…」
触れてしまった舌の熱さに、自制がきかなくなってしまって。
「ん、だめ、風邪…うつる」
仕方がない。いつだって、蓮に触れていたいし、重なっていたいし、その体温が離れていればもどかしくなる。キスのひとつで欲情するくらいには、蓮は俺のなかを支配しているし、こんな蓮がこの先見れる可能性なんてゼロに近いだろうし…
「その時はそのとき」
「と、」
うつったって、たいした問題じゃない。それで蓮が治るなら、むしろその方がいい。俺が看病されるほどの状況になるのは避けたいけれど、まあそれもそうなったときだ。蓮が悪化したら、それこそ俺が付きっきりで看病するし、あとで蓮に怒られたってかまわない。
今は、理性なんてどこにないんだから、負けてしまえばいい。もちろん、無理はさせたくない。ただ、今の蓮はむしろ、誘うような目で見つめている。熱い蓮の体には、俺の少し温度の低い舌が、息が、心地いいのかもしれない。
「ん、ぅ…あ、」
きっと、この手の温度の低さも。
証拠に、蓮は体を這う俺の指に、ぴくりぴくりと熱に浮かされるからだを揺らした。
「蓮…」
可愛い。可愛い、俺の蓮。
「……れん?」
真っ赤な顔に、虚ろな目。荒い呼吸を繰り返す蓮は、静かにおちた。
惜しい気もするし、やっぱり勿体無い。けど、こんな日も…
「あり、か」
「…」
「おやすみ、」
眠る蓮に手を出すのなさすがに出来ない。大人しく、回復するのを待とう。熱が下がったらまた、その体温を俺に分けてもらおうと思いながら。
“おやすみ”