「櫂〜」

「はい」

「お前携帯ロッカー入れてる?」

「……あ、はい鞄の中入れっぱなしかもしれないです」

「何かブーブーうるさかったぞ」

「はあ、」

ズボンのポケットに入れているときもあるけれど、基本ほとんど鳴らないから気にしたこともなかった。休憩ついでに見て来いよ急用かもしれないぞ、と店長に促されスタッフルームに入った。
急用ではないだろうなとロッカーを開けて携帯を引っ張り出すと、予想外につぐみからの着信が五件も入っていた。何時間か前に別れたばかりのつぐみから。
何時に終わるか知っていて、それでもダメ元でかけてきたのなら急用かもしれない。その名前にリダイアルすると、呼び出し音が鳴る前につぐみの情けない声が聞こえた。

「もしもし?」

「櫂先輩…」

「何、どうした」

「うぅ…」

「泣いてんのかよ」

ぐずぐず鼻をならしながら、それでもなんとか「何度もごめんなさい」と呟いたのは聞き取れた。一体どうしたのかと問うてもガタガタと震えた声での返答を理解するのは難しく、携帯をしっかり耳に押し付けて今どこにいるのかを聞く。

「バ、バイト先…です」

「まだ店?」

「はい…」

「まだあと一時間くらいかかるけど、迎えに行こうか」

「、」

壁に引っ掛かった時計を見上げ、十時までのシフトだったよな、と一人で確認する。すでにそれから一時間近く経っているというのに、まだ出ていないということは何かあったんだろう。

「自分で帰った方が大分早いと思うけど」

「……」

「つぐみ」

「…お願い、します…」

「待ってられるか」

「はい」

「じゃあ、また出るとき連絡する」

「ごめんなさい」

それじゃあと、締めの言葉を溢しても通話は途絶えず、つぐみはぐずぐずと鼻を鳴らしたまま。彼女、と呼べる関係だった相手にこういう態度をされて、面倒だなとかどうしろというんだと言いたかった気持ちを抱いていた気がするのに、それがどんな風だったか忘れてしまった。
あの華奢な、けれどちゃんと硬い肩を小刻みに揺らして鼻を赤くして泣いているのだと思うと、飛んでいきたいくらいには心配だ。

切るぞ、と携帯を耳から離すタイミングで店長が休憩室を覗き込んだ。

「緊急事態?」

「……はぁ、さあ」

「どっちだよ」

「緊急かどうかは俺には」

「あがっていいよ」

「えっ」

「お前せっかく夏休みなのにバイトしすぎ」

シフトを組んでいるのは紛れもなく店長本人だ。
そんな嫌味はのみ込んで、素直に「ありがとうございます」と返すと呆れるほどのニヤニヤ顔をされた。

「なんすか」

「いやー、彼女かな〜って」

「……」

「図星かあ〜いいなぁ若いって」

「じゃあお先失礼します」

「おー、今度連れてこいよ」

「考えときます」

バイト漬けにしていることは一応悪いと思っていたのか、店長はあっさり帰るのを認めて店内へ戻って行った。その背中を見送ってから繋がったままの電話に「今から行く」と告げると情けない返事が聞こえた。ここからつぐみのバイト先までは自転車で十分ほど。汗ばむには充分なその距離を進み、夏の夜によく映える青い看板のコンビニで自転車を止めた。



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