「トリックオアトリート」
「……」
「ハロウィンですよ、櫂先輩」
「はあ、」
つぐみは副会長さんはお菓子くれたのに、と少し残念そうに眉を下げてキャンディのような包装のチョコレートを器用に口で剥がして舌に乗せた。
キャンディかもしれない。ころり、小さな口から音がなる。
天使とハロウィン
「櫂先輩」
「菓子ならねぇって」
「むー…日本のハロウィンはちょっと違うみたいで寂しい」
「ああ?」
「ハロウィンなのに全然お菓子貰えないから…あ、でも、仮装がすごいですね!域を越えててコスプレとかゾンビメイクとか、見てるだけでも楽しいです」
そうか、両親の仕事の関係で海外に居たこともあるから…ハロウィンなんて日本には関係のない日なのに、それでも楽しそうなつぐみには「まあいいかな」なんて思ってしまっていて怖い。
甘いチョコレートの匂いがにこりと笑ったつぐみの口元から溢れた。正直昼寝したい俺に顔を寄せたつぐみのその唇はじんわりと濡れている。
「あと、コンビニとかファミレスとか、ハロウィンスイーツたくさん出ててわくわくします」
「あ、」
「?」
「有が昨日買ってきたかぼちゃプリンならあるかも」
「えっ」
「コンビニの。練習終わりにねだって買ってもらったって言ってた気がする。食う?」
「いいんですか?」
「良いだろ一つくらい」
わーい、と無邪気に喜んだつぐみを横目にキッチンに行くとちょうど有が冷蔵庫を開けて立っていた。
「プリンある?」
「あるよー櫂食べるの?」
「つぐみが」
「つぐみくん来てるの!?あ、もしかしてテーブルに置いてあったかぼちゃ型のクッキーつぐみくんが作ったやつ?」
「ああ、そう」
「食べて良い?」
「食えば」
「やったー!はい、これプリン」
「……プリンか?」
「モンブランみたいだよね」
プリンの上にかぼちゃのモンブランみたいなものがのっている無駄に賑やかなラベルの付いたプリンを受け取り、スプーンを一つもって部屋に戻るとつぐみは行儀良く正座して待っていた。腹が減っているというよりは、単にハロウィンを楽しみたいだけだろう。どちらちせよ、つぐみの食欲や食べる量は見た目を裏切っているから分からない。
「クッキーありがとうだって」
「有くん?」
「ああ。ほら」
「あ!ありがとうございます!可愛い!」
チョコレートを食べたばかりの口に、スプーンに山盛りのオレンジの塊を押し込んだつぐみはとろんと目尻を下げて微笑んだ。豪快にものを食べるところは男らしいのに、「おいひいれふ」ともごもご喋るところは女子っぽい。小動物の皮を被った肉食系天使ということを知っていても可愛い。
「櫂先輩もどうぞ」
「俺はいらない」
「美味しいのに…あ、じゃあ副会長にもらったチョコあげます」
「いやいらねぇって」
「遠慮しないで下さい、はい」
つぐみは鞄からごろごろと同じ包装のチョコレートを取り出して机に並べた。一体いくつ貰ったんだとあきれて問うと「半分くらいは食べました」なんて答えが返ってきてため息をつくのも忘れるくらい驚いた。
それだけ食べたあとにまだ甘いものを食べるのか、と。
「一年で今日だけですよ」
「誕生日もクリスマスも食うだろ」
「……三回だけですよ」
「はいはい。てか、お前顔赤いぞ」
「ふえ?」
もうカップの中は空だ。
ごみをきちんとゴミ箱に捨てたつぐみは赤いかな、と両手で頬を押さえた。カーディガンの袖がその手を隠していて、見えているのは指先だけだ。可愛い。
「あ、今日お腹にカイロ貼ってて…」
「はあ?」
指先だけでぺらりとカーディガンを捲ったものの、どこに貼っているのかは分からなかった。しまいなさいと裾を引っ張って整えると、つぐみはむっと唇を突き出してキスを求めてきた。
本当に顔が赤い。いつぞやの酔っぱらいみたいなとろみもある…酔っぱらい…
「あ」
「うー…かいせんぱい、」
「お前、これ酒入ってるやつだろ」
「?」
濡れた唇を摘まんで鼻を寄せると若干アルコールの匂い。こんなもので酔うとは思えないけれど、まあまあな量食べているみたいだし強くはないはずだから…
「かいせんぱい?」
「いや、ダメだわ」
「うぅ、何がですか?」
完全に副会長にいたずらされてんだよと、もう少し酒が抜けたら教えてやろう。そのあと、酔っぱらいつぐみに俺も同じ地獄は味わいたくないし、二人きりで身を寄せ合うのはやめて有と三人でピザを頼んで健全なハロウィンパーティーを開催した。
生まれて初めてのハロウィンパーティーはほろ酔いのつぐみが可愛かった、で締め括られた。
「天使とハロウィン」
「南條、それウィスキーぼんぼんじゃないの」
「やだな、もっとおしゃれなチョコレートだよ」
「お酒は入ってるでしょ」
「うん。でもこれくらい、お酒のうちに入らないよ」
「そうかもしれないけど、糸井にあげて何かあったら困るよ」
「……ほろ酔いの天使くんか〜見たいな」
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