「んっ、んぁ…、っぱい」

「つぐみ」

「や、いたぁ、」

昼休み、保健室、ベッドの上。

「つぐみ、動くな」

この背徳感は、けれど、勘違いだ。


感じたこれは


「うあっ、ごめんなさい」

「これはまた盛大にこけたな」

「うう…」

ズボンが落ちてそれが足首に絡まり、前のめりになって一回転。
その光景を見かけた、と言うよりは目の前でまさに俺に向かって走ってきた所為でそうなったのだ。見ていない方が不自然で、そしてそのままにしておくという選択肢も残されてはいなかった。
廊下の床で擦った可愛らしい膝小僧は真っ赤になってしまっていた。痛そうに顔を歪められてはなおのこと。

「ほら、おしまい。もういい」

皮の剥けて血の滲んでいたそこは、確かに消毒がしみて痛そうだった。しかも肌が白いというだけで傷が目立ち、なんだか重症に見えてしまうから困る。

「ありがとう、ございます」

太ももまで捲り上げたスラックスは簡単に足首まで落ち、どこもかしこも細いんだなと改めて思った。でも転んだときに晒された今日のパンツは男らしい黒のボクサーパンツだった。
隣になりがいただけで、他に誰もいなくて心底良かったと思ったのは、たぶんなりも同じだろう。視覚的にあまり健全じゃないあの光景は、変な不安を抱いてしまうから。

消毒をしてガーゼを貼ってやり、上から氷嚢で膝を冷やすつぐみから一歩離れると、「櫂先輩」と、情けない声が保健室に響いた。

「ん?」

「ごめんなさい」

「別に、謝ることじゃないだろ」

「……」

しゅん、と肩を落とす姿に、なんだか俺が悪いことをしている気になってしまった。それを、いつものことだ、と軽くあしらっている辺り、相当ヤバイ。その自覚はあっても、もうなんというか、つぐみが分かってやっているわけではないのだから仕方がないし、回避のしようもない。

「つぐ─」

『コンコン』

「横山先生、いらっしゃいますか」

「……」

下唇を噛んで俯くつぐみに触れるのを止めるように、ノックのあと扉が開かれた。危ない、鍵を閉めていなかった。
俺はベッドを囲うカーテンから抜け、声の主を見つけて「横山ならいない」と、声を掛けた。生徒会室の住人、南條栄里だった。

「自販、だと思うけど」

「そう、ありがとう」

なりとは比べ物にならないくらい、生徒会っぽい雰囲気を纏う彼は、手にしていたファイルを横山のデスクに置いた。そんな何でもない動作の一つ一つが、妙に色っぽく、そしてなぜか艶っぽく見えた。それが南條の特徴だと、俺は勝手に思っていて。
まともに喋ったこともないのに勝手に決めるなよと、怒られるかもしれないけれど。

「高梨」

「何?」

「それ、溢れてるよ」

「……」

それ、と南條の指差した先は俺の足元で、そこにはつぐみに握らせていたはずの氷嚢が中身を床に広げて落ちていた。

「ほどほどにね」

とん、と背中に小さな衝撃。
同時に、「じゃあ」と背中を向けた南條は、そのまま出ていった。何を考えているのか分からない目が、一瞬俺を捕らえた気がしたけれど、なにをほどほどにしろというのか、弁解の余地もなく扉は閉まってしまった。

「つぐみ?」

背中にピタリと額を押し付けていたつぐみは、そっと腕を俺の腹へと回してきた。あー、やばいなと思って、一旦その手を解いてからドアを施錠した。

「つぐみ?どうした」

「あう、ごめんなさい、何でもないです。なんか、櫂先輩の背中見てたら、つい…」

ついってなんだ、ついって。

もう一度カーテンを閉め、薄い青のその生地から透ける光を浴びて佇むつぐみを見つめた。あるのはベッドだけで、小さなその体は自らベッドに腰を下ろした。

「もう、戻りますか?」

「いや、寝る」

ぽとりぽとりと、足をぶらつかせて上履きを脱ぎ落としたつぐみは、「一緒に寝てもいいですか」と、恥ずかしげもなく口にした。ここで拒否する理由がどこにあるというのか。
頑張れ、俺の理性、と頭のなかで繰り返しながらベッドに歩み寄ると、伸びてきた白い腕にカーディガンの袖を掴まれた。

「櫂先輩、」

そのままベッドに手を付くと、つぐみは期待した目で俺を見た。何を期待しているのか、なんて、そんな野暮なことは聞かない。でも、気づかないふりでつぐみを巻き込んでそこに転がった。

「あったかい」

ぴたりと体を密着させると、確かに温かくて抱く腕に力を込めた。顔が見えないように、すっぽり胸におさめると、暖かいのと気持ちが良いとで一気に眠くなった。

「櫂先輩?」

「ん?」

「苦しい、です」

「ああ、悪い」

けれどもぞりと頭を動かしたつぐみを見下ろして、やってしまったと思った。さっきのまま、何かを期待した目をして俺を見つめるつぐみがいたからだ。

「なに?」

「う、あの…えっと……」

やばい。
潤み出した大きな目に映る自分が、なんとも言えない情けない顔をしていた。つぐみは今俺のこんな顔をまじまじと見つめているらしい。
なんて、変なことを冷静に考えて気を紛らそうとした俺の唇に、つぐみはやわやわと指を押さえつけた。中指と薬指で、本当に柔らかくつんつんと。そして、「……ダメ、ですか?」などと、泣きそうな声で呟いた。

「なにが?」

キス以外何があるのか。そんな意地の悪いことをして悪いと思いつつも、うーと困ったように唸る姿がまた可愛らしくて。またもぞもぞと動いたかと思えば、今度は確実に顔を近づけてきた。

「ちゅ、う。ダメ?ですか」

ここまで言うくせに、その理由を口にしない辺り、天然の悪いところだ。もちろん、そんなのは俺の勘違いで、実は魔性の悪魔かもしれない。それでもいいかと感じてしまってはもう敵いようがない。

「どうぞ」

「……」

少し戸惑いを見せたあと、つぐみはふにゃりと唇を重ねた。柔らかいその感覚に目蓋を下ろし、好きなように吸い付いつかせた。
しばらく続けられたそれは、全然快感を与えるようなキスではないのに、体の奥の方がじんと痺れるような感覚をもたらした。

本人も恐らく、ただ唇と唇を重ねたかっただけなのだろう。離れてから落ちるまで、ものの数秒だった。

「……」

満足げに口元を緩め、安らかに眠りについた寝顔をこっそり薄目で確認して泣きたくなった。どうすんの、このやり場のないムラムラ、と。

「はー。おやすみ」

つぐみの寝息に合わせて自分も呼吸を繰り返し、なんとか眠りについたのはそれからかなり経ってからだった。

「芽生えたものに気づいた焦り」



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