柔らかかった。それはもう、いまだかつてないほどに。柔らかくて、しかもこのフィット感は一体なんだと思うくらい、信じられないくらい、気持ちよく重なった。キスってこんなにもドキドキして、唇が愛しくなるものなのかと、驚いた。
明確にならない
「で、付き合ってるの?」
「……さあ」
「は?でもキスしたんでしょ?」
「なんで知ってるわけ?」
「僕の知らないことなんてないからね。それで?どうしてキスまでして告白しないのさ」
なりは俺の顔を見るなり爆笑して、散々馬鹿にしてからニヤニヤしてそう問うてきた。とりあえず説明するとしたら、衝動的につぐみにキスしそうになった日の帰り道、喧嘩を売られた。と言っても、相手はここの先輩でも、つぐみ関係でもない。見た目は派手に怪我をしてしまったけれど、結果的には俺の勝ちだったと思う。あれだ、俺が本当に秘密兵器かどうか確かめに来た、といったところだろう。
「なりには関係ない」
「あるでしょ、むしろ関係しかないよ。僕最初に忠告したよね、え、もしかして櫂ちゃんそれ無視する気?」
手は出すな、ってやつだろうか。記憶は曖昧で、しかもこれだけ怪我して全身痛いんだ、考えるのも面倒くさい。そもそも、俺が無理矢理強引にその行為に至ったわけではないはず。つぐみは嫌がってなかったし、むしろ先に誘うようなことをしたのは彼の方だ。
そりゃあ俺も耐えきれなかった訳なんだけど。
「付き合うなら付き合う、そうじゃないならそうじゃない。関係ははっきりさせて。そういうの適当にしとくの、櫂の悪い癖だよ」
「知ってる」
「じゃあ直さないと。僕もさ、心配してるんだから。櫂はそういうの面倒くさがって、いっつも相手の子泣かせてさ。分かるよ、分かる。泣き顔にそそられるのも、もっと泣かせたくなるもの、ぐしゃぐしゃにさせたくなるのも解る。でもさ、櫂はそれでおしまいじゃん。そこからでしょ、醍醐味は。え、そうでしょ?いかに自分に─」
「なり、もう黙った方がいい。とりあえず黙って、しっかり座っとけ」
ため息しか出ない。結構ひどい怪我を負ってしまったから学校も少し休んで、そろそろ行こうかと昨日登校してきた。その瞬間につぐみに会う、って。それはもう運命感じるよなって話なんだけど。
とりあえずなりの話には付き合っていられない。どうしてこいつが俺のキス事情を知っているんだ、という疑問はおいといて。確かになりの言うことも分かる。考えなければ、と思い至った自分に驚いているのも事実。今まで考えなかったこと、それをつぐみに対しては考えていて。これってもしかしなくても、めちゃくちゃつぐみのこと大切にしてるってことで…
「……だるい。寝てくる」
「どこで」
「適当に。中庭のベンチとか」
廊下から丸見えなんてのは、今さら気にしない。別に誰に見られようが構わないし、堂々と居眠りしててもなにも言われないのだ、問題はないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「も〜櫂ちゃんの破廉恥。公開羞恥プレイだよー?」
「なんもプレイしてねぇよ」
「櫂ちゃん自分の寝顔見たことある?そこそこ可愛いよ?知らないよ?ネクタイ緩めてボタンも外してさ、色気ってやつが放出されてるし。それでフェロモン香水とかつけてたらとんでもないことになるからね、自覚した方がいいよ。櫂ちゃんたたでさえ図体でかくて目立つんだから─」
「見たことあるわけない」
言い終わるより先に背を向けて、教室を出た。いくら頭が良くたって、ここまで清々しい変態ってどうなんだ。それが生徒会長で、しかも認められてうまくやれてるってどうなんだ。
世の中不公平だなあと思いながら中庭に出て、目当てのベンチへ身を投げ出した。この時間は日当たりがよくて、昼寝をするにはちょうどいい。
そっと目を閉じて、さっさと寝てしまおう。
「……」
そう、寝て…
“櫂先輩”
「……」
ああ、ダメだ。 つぐみが浮かぶ。
真っ赤な顔、濡れた頬、柔らかい唇。簡単に胸に収まってしまう体、精一杯服を掴む小さな手。
これじゃ眠れない。興奮して。
「……」
これ以上つぐみのことを考えたら下半身がやばいことになる。とりあえず暖かいものでも飲んで落ち着こうと、すぐ近くの自販機でおしるこを買った。買って、ベンチに戻ったところで遠くから声が聞こえてきた。
どこかのクラスが体育でもしているのだろう。よくやるなあ、体育なんてだるいだけなのに。しかもこの季節の体育は持久走だ。
運動自体は別に嫌いじゃないけど、体育や自分の嫌いな運動に関しては考えるだけで嫌になる。それに比べてやっと学校の自販機にも登場してくれたおしるこは美味しい。暖まる。眠れそうだ。
「櫂先輩?」
そうだな、つぐみみたいだ。
「寝てるんですか…?」
ふっ、と冷たいなにかが頬を掠めた。せっかく寝れそうだったのに、そう思いながらも目を開いた。
「……」
「ごめん、なさ…起こしちゃいましたか」
「つぐみ、?」
そこにはぶかぶかの体操着を着たつぐみがいた。可哀想に、半袖半ズボン姿なんて寒そうだ。しかも、ズボンなんて今にも脱げてしまいそうなほどずり落ちていて。
「寒そ…」
「櫂先輩も」
ふわりと笑ったつぐみに目眩がして、「体育は」と目を逸らして問うた。
「…ズボン、脱げちゃうからサボろうかなって… ダメ、ですよね」
既製品の体操着とはいえ、ゴムやひもを通せばまだなんとかなりそうなのに。いや、もしかしたらそれさえ取られていたのかもしれない。だったらムカつくな、と握ったままだったおしるこを一口飲み下した。
「つぐみ、おいで」
「?」
見てるこっちが寒いし、先生に見つかって連れていかれるのも嫌だし、まだ体操着姿を拝みたい。不純な思いをこめつつ手を伸ばし、そっと引き寄せた。抵抗なく近づいたつぐみに反対の手でおしるこを渡せば、遠慮がちに一口含んでくれた。
「美味しい」
冷えた体はやっぱり可哀想で、抱き上げて自分の足の上にのせようと思った。けれど、両脇に手をいれて持ち上げようとしたら、つぐみが「だ、ダメ」と呟いて。くすぐったいのだろうかと思ったら、つぐみのハーフパンツが音もなく足首まで落ちた。
「あ、ごめんなさ…」
ギリギリ下着を隠す体操着がなんともエロくて、また目眩がした。顔を真っ赤にして俺の手から逃れたつぐみは、慌ててそれをはき直して、けれどそれはまたすぐに落ちてしまって。まだその光景を見ていたい気持ちはやまやま…というか、見たくて仕方ないけどここじゃダメだと、ズボンを掴んだまま俯くつぐみを横抱きにしてその場をあとにした。
「せ、せんぱ…あの、」
「保健室。ゴムいれてやる」
「あの、でも…」
抜かれないように後ろの一部分を縫い付けてしまえばいい。よしそうしよう、こんなに簡単に足を見せているんじゃたまったもんじゃない。いつ襲われてもおかしくないし、誘拐だってされかねない。そうなれば事件だ。
保健室に入ると、いつものように俺を見てそそくさと出ていく横山先生。別に彼に迷惑をかけたことはないんだけれど。でもこの春からやって来た彼はどうやら俺のことが苦手らしく。
「つぐみ、脱いで」
俺としては都合がいいしありがたいんだけど。何より、今や昨日ほど感謝したことはない。
おずおずとズボンを脱いだつぐみをベッドに促し、風邪を引かないよう布団に押し込んだ。その間に裁縫道具を引っ張り出してきて、適当にウエスト部分にゴムを通してやった。
「はい、終わり」
「ありがとう、ございます」
ズボンを受け取ったつぐみは、パッとベッドから降りてそれをはこうと身を屈めた。その目線の位置が椅子に座っていた俺と同じくらいで、思わず頬にキスしてしまった。挨拶程度の軽い触れ具合だったけれど、つぐみは真っ赤になって。それでも視線は逸らさない。あ、やばいなと思うのと同時に、俺はその華奢な体をベッドへと押し倒していた。
「かい、」
言葉ごとその唇を塞ぎ、戯れのようなキスをしながら。
「ふ、ぁ…」
舌を絡めたい衝動をなんとか抑え込み、唇だけのキス。つぐみはそれだけで精一杯だというように荒い呼吸を繰り返し、必死にしがみついてくる。いつもよりはるかに薄着のつぐみ。心臓辺りに触れれば、その音がはっきりと分かり、こっちまで鼓動が早くなった気がした。そのまま撫でるように掌を下へ移動させれば、滑らかな肌が現れた。あの、細くて白い太ももだ。
「ゃ、せんぱ…」
それも、唇と同じように驚くほど自分とぴったり重なった。この掌はこの足を撫でるためのものなんじゃないかと、そう感じるほどに。くすぐったそうに身をよじった隙に、服の裾から手を入れて腰から背中をゆっくりとなぞった。
「ん、ぁ……だめ、先輩、」
くすぐったがりなのか、感じやすいのか、どちらでもいいんだけど…その際どいラインで背中をしならせる姿は、とにかく色っぽくて困る。逃げるように背中を反らしても、それは逆に胸を突き出して“もっと”と、ねだっているようにも見えて。
「つぐみ」
びくびくと敏感に体を震わせるつくみの耳朶を舐め、そのまま甘噛みすれば、一層大きく跳ねる体。これはやばい、これ以上はやばい、頭のなかで警鐘が聞こえる。でも、時おり漏れてくるつぐみの甘い声に、そんなのは払拭されて。
「ぅ、あ…かい、せんぱい、櫂先輩」
ぎゅぅ、っと、つぐみの手に力が入ったと思ったら、それは次の瞬間にはパタリとベッドの上に落ちていて。
「……つぐみ?」
…また失神させてしまった。キスだけでも気を失い、少し体を撫でただけでまた同じように気を失い。こんな体でよく、今まで逃げ切れていたなと、これまでで一番大きな心配の波に襲われ た。
とりあえず服から手を抜き、ズボンもはかせてやってから布団をかけ直し、若干元気になってしまったムスコをどうしようかと、視線を落とした。
「この頭とからだの矛盾」
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