例えば誕生日の朝、おめでとうのメッセージがスマホに届いていたら。
そうか、今日は誕生日か、と気付く。けれど歳を重ねる事にそういうものは減ってきた。ただ、ここ数年は変わらず「はるちゃん誕生日おめでとう」と、メッセージをくれる恋人の妹のおかげで目を覚ました時それを実感する。誕生日だから、と特別変わったことはないのだけれど、むしろ、普段と同じ一日であればそれだけで幸福だ。でも、りんちゃんと暮らし始めて、目が覚めて隣にその体温があって、年に一度だけおはようのあとに「誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう」を向けられるのはどうしようもなく特別な事なのだと知った。
数秒前に目を開けて、真っ先にりんの顔が見えて、その言葉を向けられる。俺は、泣きたくなってまだ起き抜けの温かさを保ったつま先を擦り合わせた。
今日は一段と寒い朝だな、と感じるのはだいたいこの日だ。十月が終わった途端、急速に朝の温度が下がる。と、思いながら、もしかしたらりんちゃんのその声があんまりにも暖かいから、空気の冷たさをよく感じるだけのかもしれないとも思う。
「おはよう、ありがとう」
「まおからメッセージ来てる?」
「……ん、きてる」
「抜かりないね」
「ふふ、嬉しいな…でも、りんちゃんと住み始めてね、スマホ見るより先に、りんちゃんの顔みて、りんちゃんが一番におめでとう、って言ってくれるの、すごい幸せだよ、抜かりなく」
「…まだ眠い?」
「んーん、起きてるよ、ちゃんと」
「そう、それなら、いいけど…」
「俺、変なこと言った?」
「変なこと、は…言ってない、けど…」
「良かった…あ
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「うん?」
「生まれてきてよかったな、って。辛いことがあっても、こんなに、こんなふうに…幸せな朝が来るなら」
「そう…」
「誕生日って、特別なんだね…」
自分以外の誰かの誕生日には「おめでとう」を言うし、それがりんちゃんやまおちゃんならどうやって祝おうかとわくわくする。それなのに自分の誕生日は忘れてしまうほどなんでもなくて、でも、こうしてりんちゃんにおめでとうとありがとうを言われると、一年後の今日が楽しみになる。また直前まで忘れていても、この瞬間を迎えるとたまらない気持ちになる。
「今日は、よく晴れるって」
「暑いかな…温かい、か」
「そうだね、気持ちいいくらいだよ、きっと、例年より2℃高いって言ってたかな、天気予報では」
細かい数字は分からない、けれど、心地好い柔らかい声に秋の日差しが重なって、わくわくする。そうか、今日は晴れか…そんな、小さなことがとても幸せで、特別な一日の始まりに胸が高鳴る。
「夜は、ケーキ、食べようね」
「やったあ、でも、昨日も沢山食べたのに」
「今日は誕生日ケーキ。注文したケーキだけど…」
「なんで、昨日めちゃくちゃ豪華なご飯作ってくれたし、生クリームたっぷり乗せたシフォンケーキも作ってくれたでしょ、いちごも沢山添えてあったし」
「やっぱり、誕生日ケーキ、は必要かなって」
りんのそういうところが可愛い。俺の、そういうものへの憧れみたいなのを理解して言っているところが愛しい。誕生日だからケーキ、クリスマスだからチキン、ハロウィンだからかぼちゃのおばけ、お正月だからおせち、お花見だからお弁当、みたいな。当たり前のように俺の誕生日をその中の一つにしてくれている。それがこんなにも幸せな事だなんて。
誰かの特別になりたかった、りんが特別になった、りんの特別になりたいと思った、お互いの特別が重なって欲しいと願った。
幸せで泣きたくなる朝がくるなんて考えもしなかったけれど、誰かを特別に思うのも、誰かの特別になるのも、同じように幸福で、奇跡で、温かい。
布団に潜り込み、隣で微笑む凛太郎を抱き寄せると、昨晩の営みを思い出して体が熱くなってしまった。でも、それ以上に、この日の朝を忘れたくなくて、しっかりと重ねた胸の奥で同じリズムに歩幅を合わせていく鼓動に目を伏せた。
特別な朝の、特別な温度。