沈黙も長くて…実際はほんの数秒だったと思う…緊張と不安で足元を見下ろす目に涙が溜まっていくのを感じだ。段々滲んで、瞬きをしたらそのまま涙が落ちてしまうくらい。

「は……」

「……」

「はい」

ぽとりと、一粒、涙がカーペットに落ちた。
俺は慌てて頭を上げて、花束を受け取ってくれたりんちゃんに「本当に?」なんて間抜けなことを問うた。疑うならもう答えない、なんて意地悪をされては困るから、間髪いれずに「ありがとう」を付け加えた。

「、う……」

「なんで遥が泣くの」

「う〜…だって、なんか、力抜けちゃって…緊張した…うわ、手もめっちゃ震えてる」

カタカタと掌が、自分のものじゃないみたいに揺れている。花束を抱き抱えたりんはその匂いを嗅ぎながら「こんな花束初めて貰った」と、とても嬉しそうに笑った。もう、それだけで、その顔が見れただけで、俺は幸せで。

「樹くんのお店だ」

「うん…」

「そっか、じゃあ樹くんは僕より先に知ってたんだ」

「えっ、」

「遥の気持ち」

「あ、そう…や、でも樹は」

「ううん、嬉しいんだよ。遥の気持ちを込めた花束を、樹くんがこうやって素敵に作ってくれて」

「……」

「遥」

「、はい」

「よろしくお願いします」

今度はりんちゃんが、深く深く頭を下げた。照れ臭そうにはにかんで。
まだなにも、具体的なことは決まっていないけれど…まずはここで二人で暮らす。それから籍やパートナーシップのことをお互いの意思でどうするか決めて、二人で指輪を選ぼう。

「はい」

「…ふ、」

「どうしたの」

「ううん、なんか、胸が一杯で苦しい」

「俺も」

「遥と会うまで、自分が、こんな風に幸せになるって、想像したことなくて…母さんやまお以外に家族が出来るって、こんなに…、っごめ、」

「なんでりんちゃんまで泣くの、泣かないでよ」

「うれしいんだよ」

真っ直ぐ俺のことを見てくれる目から、大粒の涙がポロポロと溢れていく。こんなに綺麗に泣けるのか、と、息が止まりそうになる。まだ震える指先でその涙を掬うと、温かくて、優しくて、りんちゃんの一部が自分の中に溶け込んでいくみたいで、ぴたりと振動が治まった。
大人になったら泣くことなんてほとんどなくて、それでも振り返ればりんちゃんより俺の方がたくさん泣いたに違いない。けれど、こんなに愛しくて堪らない気持ちになる涙は初めてだ。

「ありがとう、遥」

「ううん、俺の方こそ…ありがとう、」

「好きになったのが遥で、本当に…」

「俺を見つけてくれたのはりんだよ。救ってくれたのも、大事なことたくさん教えてくれたのも。俺のこと、世界で一番幸せにしてくれたんだよ、りんちゃんが」

「それは遥も同じだよ」

「ううん、この先の人生全部かけて、りんちゃんのこと幸せにするし、大事にする。絶対、約束する」

涙に濡れた頬へキスをして、細められた目元にキスをして、ふっくらと柔らかい唇に触れるとお互いの熱がそこで交じって、余計に涙が溢れた。涙の味がするキスを何回も何回も交わして、花を潰してしまわないようテーブルに置いてから、その体を思い切り抱き締めた。

「はるか、ダメだよ、スーツ汚れる」

「いいよ、普段着ないし」

「でも」

「お願い。抱き締めさせて」

ぎゅう、と少し窮屈で硬い服越しにりんを抱き締めて、手に収まりそうな後頭部をやんわりと押さえて鼻先を柔らかい髪に擦る。りんちゃんの匂いだ。優しい匂い。でも、胸の奥がきゅっとする。
スーツに涙や鼻水がつくくらいどうってことない。むしろこの日のためにクリーニングに出して、気合いを入れたのだからそれくらいの方がスーツも報われる気がする。ず、と鼻をならしながら、俺の背中に手をまわしたりんは、「遥のスーツ、いつぶりだろう」と、小さく笑った。

「凛太郎」

「はは、そうやって呼ばれると、余計に緊張する」

「凛太郎」

「うん、」

「はぁー…苦しいね、幸せって」

「そうだね」

「でも、なんだろう、ふわふわして気持ちいい」

「うん」

「指輪、今度見に行こう」

「ん、」

「仕事の時ははめれないけど…」

高校を卒業したときに渡したリングは、細かい傷が入って、色もくすんでしまっている。それでもりんちゃんは当たり前みたいに仕事以外ではつけてくれて、俺にとってももちろん大事で。
利き手とは逆の、きっと利き手より僅かに細い左手の薬指。そこにぴったりの指輪を、二人で。

「遥」

「なあに」

「…幸せにする」

「うん…でも、」

「ん?」

「んーん、何でもない。よろしくお願いします」

好きになった人が、俺を好きになって、この先ずっと一緒にいることを受け入れてくれた。口では簡単に約束出来るけれど、この手を離したり、泣かせたり、傷つけることは絶対にしないと誓おう。

俺が今どれだけ幸せか、この一生をかけて伝えていこう。




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