友人が花を買いに来た。

中学の頃、どうしようもないほど荒れて勉強も全くできず、それでも顔だけは誰もが認めるほど整っていて今後どうするのか友人として心配はしていたものの、きっとなんとか生き抜くのだろうと漠然を思っていた。その友人がまさかの高校進学をした。それも彼の学力では到底合格しないような学校へ。そこで出会った一人に「プロポーズするから」と、大きな花束を注文しにうちにやってきた。

「プロポーズ、ね」

「うん」

「いつ?大きさとか予算とか、あと入れたい花とかラッピングとか、どうする」

「全部希望通りにできる?」

「ここで出来る範囲なら」

「来週の日曜日」

「なら仕入れも出来るし大丈夫だけど…」

友人の志乃遥はある日突然金髪にして、最初は馴染んでいなかったはずのそれが成長とともに“王子様”みたいだと女子からは騒がれ、それが気に入らない男子からは喧嘩を吹っ掛けられ、非行だと叱るばかりの大人からはいつの間にか疎まれ、遥は自分の殻に閉じこもってしまった。自分から喧嘩を始めたり、無差別に絡んだり犯罪行為をすることはなかったけれど、何度か補導をされ彼の父親は祖父母の家に遥を預けたまま顔を見せることもなくなった。

俺は遥のそんな過程をずっと見てきて、それでも俺が友達としてやってきただけでは今こんな風に遥を笑わせてやることは出来なかったと思う。

「どんなのがいいんだ?」

「どんな…」

「バラ108本とか」

「えっ、出来るの?」

「結婚してくださいって意味」

「そんな意味あるんだ…」

「他にも色々あるけど、プロポーズならそれがインパクトもあるし豪華な感じするかなあ」

「そっか〜でもイメージ的にはバラ!!って感じじゃないんだけどなあ」

「ピンクとか白混ぜてもいいし、他の花も混ぜたり、ユリとか胡蝶蘭とかも良いと思うし…時期的にマーガレットもいいな」

「言われても分かんないし」

「店内見ろ。今ここにはないのでも言ってくれれば仕入れるし…ん、花束の見本とかもあるし」

母親の経営していた小さな花屋を正式に継いだのは数年前。高校を中退したあと店を手伝いながら通信で高卒をとり、花の勉強をして資格を取って。どうしても手放せないと無理をして続けていたこの店は、今はもうすっかり母親が手伝いをしてくれる程度でまわせている。

遥はたまにフラりと現れて適当に話をして花を買って帰っていく。少し前に引っ越し、自分の店を開くことになってからは顔を見る回数が減ったけれど、それでもわりと会っている方だろう。
学生時代よりグッと落ち着いて男前に磨きがかかった顔を見る度に「王子様ねぇ…」と思ってしまうのは、もう王子様の雰囲気ではないから。けれど、相変わらず顔は綺麗で中身も、その“プロポーズ”の相手に出会って変わってからのまま。

「あ、樹!これがいい」

「どれ…オール4 ハート」

「オール…?あとこれとか」

「スウィートアバランチェ…ああ、淡い系な。ちょっとくすみがかったピンクだから、葉っぱも少し見えるようにするといいかな…カスミソウとか白い小さい花も混ぜて」

「……」

「お前の注文だろ、決めろよ」

「いや、初めて樹がお花屋さんに見えた」

「ああ?こちとらもう何年もやっとるわ」

「でも顔怖いし花似合わないじゃん」

「蹴り出すぞ」

「だから誉めてるって!」

誉めてねぇだろと軽く肩を押して花や雰囲気を決めさせ、ラッピングにどんな柄の何色を使うのか、リボンはどうするか、「いくらで、お祝いの、ピンク系の可愛らしい感じで」と電話一本で済んでしまうものを、こうして直接話し合うのは楽しい。まさかここまで自分が花屋を楽しめるようになるとは、俺自身が一番びっくりしている。
遥は薄い茶色と白の包装紙、リボンには一番細いクリーム色を選んだ。

「受け取りは来週の日曜日…時間は?」

「三時とか」

「三時な」

「ね、それ買ってから夜まで置いといても大丈夫?」

「はあ?」

「夜、お店終わるまで」

「あ、ああ、それくらいなら大丈夫」

「じゃあ、ランチ終わって片付けしたら取りに来る」

「了解」

志乃遥様、受け取り15時。
いつもは店内の花を、夏ならひまわり秋ならダリア、その時旬のものを数本買っていく。きっと、それをもらう相手や飾られた店内は花と同じように顔を綻ばせるのだろう。花の匂いを落として。
花言葉に拘ったり、本数に拘ったり、渡す相手の趣味好みに合わせたり、花を贈るというだけでたくさんのことを考える。現に、今遥が時間を割いて相手のことを考えながら花を選んだ。それは言葉にしてもすべて伝わりきらないほどの気持ちを秘めている。

「おばさんは?」

「配達」

「そっか、元気?」

「まあ、ぼちぼち。遥がプロポーズするって言っといてやるよ」

「だ、ダメ!返事貰ってからにして」

「なんでだよ、大丈夫だろ」

「分かんないじゃん…いや、うん、何て言うか…やんわりとはいつでも来いって感じだけど、実際男にプロポーズされてどうやって返事するんだろ…」

「今さらかよ」

「俺は、りんちゃんと家族になりたいからでもでもりんちゃんには─」

「じゃあお前がいれてもらえば」

「え、」

「おとは、はるか」

「わー!!!」

「っん、だようるせーな!」

「ダメダメダメダメ恥ずかしい」

「だからなんでだよいまさらだな。まあしのりんたろうもしっくりくるよな」

「ほんとにやめて、余計に緊張するから…おばさんにも自分から言う」

「その方が勇気いるだろ」

「返事は樹のセンスによるかも」

「それはまじでやめろ」

随分と丸くなった遥に、ここまで遥を変えてしまった音羽ってすごいなと素直に思う。花だってそうだ。そもそも遥は花?なにそれ興味ないってタイプだったのに。音羽が桜が咲いたとかひまわり畑に行ったとか、遥に語りかけた賜物だ。
面倒をみていた、までは言わないけれど確実に俺が隣に居た時間は長くて、音羽が現れてそこは音羽の居場所になった。子供が親離れした感覚だろうかと思ったことがもう十年も前なのだ。音羽と居ればここまで変われるのか、すごい。それを少し、羨ましいと思う。自分もそういう相手と巡り会ったら何か変わるだろうか。

「はぁ〜緊張する」

「分かったからもう帰れよ。夜の仕込みしてこい」

「分かってるけど〜」

うだうだと頭を垂れて帰っていく背中を見送った翌週の日曜日。遥は約束通り三時を少し回った頃やってきて、店に飾る用の花を選び、花束と合わせた金額を出した。
花束は遥のリクエスト通り、音羽らしい色合いと柔らかさや優しさを含んだ仕上がり。ぱっと目を大きくして「ありがとう」と反射的に発せられた言葉が、どうしようもなく胸に響いた。単純に、喜んでもらえたことが嬉しかったし、こんなに幸せそうに抱えられてはもうこの仕事を辞められない。
相手が遥だから、というのは多少あるものの、これが他の誰かでも同じ事を思うのだろう。

「俺は人事を尽くしたからあとは遥次第」

「うん、頑張る」

情けなかった背中が急に凛々しくなった気がした。遥が、家族がほしいと音羽に出会って感じたのなら、それを叶えるのも音羽であってほしい。
世間がどう思っても、二人が幸せならそれで。俺は良いと思う。少なくとも俺や、音羽の家族は心からの祝福をするし、遥が思っているより音羽は遥のことを大事に思っているんだから。

翌日の夕方、店のドアが開いてカラン、と小気味良い音が店内に響いた。

俺は緩みそうになる口をなんとかしめて「いらっしゃい」と声をかける。それから泣きそうな顔でありがとうと言った彼に「おめでとう」と、軽く肩を叩いた。

「花束を、お願いしたいんだけど…いいかな」

「喜んで。どんなの?」

「遥みたいに、大きくて、心が温かくなるなるような、優しい花束」

店の中が、春の色と幸福の匂いに満ちる。

「賜りました」



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