遥がチョコレートをプレゼントしてくれた、19歳のバレンタイン。「バレンタインとはなんぞや」だった遥が、ブラウニーを作ったんだととても嬉しそうに僕にそれを差し出した。
お洒落にナッツが乗せられたブラウニーはきれいなチョコレート色、眩しい笑顔を添えた遥に、僕は用意していたチョコを一旦テーブルに置いて両手で受け取った。

「ありがとう。すごい、美味しそう」

「よかったらみんなで食べて」

「うん、ありがとう。あ、僕からも、これ」

「わ!ありがとう!」

「遥のみたいに綺麗じゃないけど…」

「エクレア!?え、作ったの?」

「ほとんど失敗しちゃったから、一つしかないんだけど」

「ううん、すごい!嬉しい!!」

高校一年生の時はバレンタインなど知らないしどころじゃなく、二年の時はバレンタインってこんななんだ…と疲弊しきり、だからまさか遥が用意しているとは思わなかった。しかも、既に社会人で職場は男の人ばかり、高校生の頃のような総攻撃を受けることはない。だからバレンタインの存在事態忘れているのでは、と勝手に思い込んでいたのだ。

「あと、トリュフたくさん作ったから、それも」

「りんちゃん」

「うん?」

「好きです」

「う、え?あ、ありがとう」

「って渡すんじゃないの?」

「えっ?」

「でも俺がりんちゃんのこと好きなのってもう前から言ってるし…でも樹がバレンタインは好きな相手に好きって気持ちを込めてチョコを送るって…」

「樹くんがそう言ったの?」

「ううん、自分で調べろって言うからネットで」

「ネットかい」と思わず気が抜けて笑いを漏らすと遥は少し不安げに眉を下げた。今日はお互いにお店もバイトもないからと、買い物と食事に出かける予定になっている。迎えに来てくれた遥にブラウニーを渡されたのがついさっき。

「違った?」

「ふふ、違わない、あってるよ」

「良かった〜」

これは僕も同じ事をするべきかと悩み、けれど泳がせた視線が遥の手元でとまり、これから出掛けると言うのに食べ物を持っていては不便か、と気付いてしまった。

「あ、荷物になる、よね…置いてく?今食べても良いし」

「帰りに…りんちゃん送ったときに、持って帰る」

「……ご飯、は…食べていかない?」

「いいの?」

「うん、ごめん、そのつもりでもう仕込んであって…」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん」

「あー、一安心。去年も忘れちゃってたから、今年こそはって」

へらりと笑った遥はもうすっかり定着した黒い髪を触りながら「渡せて良かったし久しぶりにゆっくり出掛けられるし今日はもう最高に楽しい」と王子さまを発揮した。僕はくらりとした目をしぱしぱさせて、きっとこんな王子さまなら女の子がこぞってチョコを渡したがるんだろうに、と申し訳なく思った。
高校生、という独特の盛り上がりがないにしてもお客さんからもらったり…勤務中だったら受け取れないか…でも出待ちとか…どちらの可能性も遥なら充分にある気がする。今けろっとしている辺り、なかったとは思うけれど。

「りんちゃん?どうかした?」

「、なんでもない、行こっか」

「あ、待って」

「ん?」

ん、と腰を少し曲げてキスを落とした遥は冷たい手で僕の頬を撫でた。

「っ」

「可愛い」

「か、」

「毎日会ってても可愛いけど、たまにしか会えないと会えたときに余計可愛くて困るね」

「可愛くないよ」

「えー?可愛いよ」

金髪の時ほど“王子さま”な雰囲気はないものの、それでも黒い髪が映える整った顔は変わらない。大人っぽくなったのに、笑った顔は間抜けで可愛い。こんなに格好いい人の恋人が自分で世間に申し訳ないという気持ちはどうしたってなくならない。だけど僕も遥が好きで、多分誰より遥のことを格好良いと思っているからこうして真っ直ぐ気持ちを伝えられるとダメだ。ぽろりと、口から本音が漏れてしまう。

「遥は格好良いよ…」

「ほんと?」

「え、あ…うん」

「好き?」

「ええ?もちろん」

「へへ、」

もう一度、ちゅっと軽く触れるだけのキスをした遥は思いきり僕を抱き締めて「チョコの味がする〜」と楽しそうに笑った。バレンタインは女の子が主役、ということを恋人は知らないのだろうか…知らないだろうな。
そんな抜けたところだって可愛いと思うのだから、抱き締め返して好きだなあと思うしかない。

「はぁ〜大好き」

「も、分かったから」

恥ずかしいからと大きな背中を擦って笑うと、そのまま抱き上げられて遥かを見下ろす形になる。僕を見上げて「バレンタイン成功?」なんてご機嫌で尋ねられ、これが自分にだけ見せる恋人の姿なのかと胸の奥が熱くなった。

「そうだね、大成功」

僕はそう答えてご機嫌な遥にキスをした。



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