「かき氷だ…」
「じいちゃんがくれたんだ、かき氷機」
遥の部屋に引っ越した夏、はにかんでかき氷を差し出した彼は真っ赤なシロップと練乳を冷蔵庫から取り出した。
「これも買ってきた」
「かき氷なんていつぶりだろ…」
テレビや雑誌で見るようなふわふわなかき氷ではないし、トッピングがあるわけでもない。お世辞にも「美味しそう!」と言えるものではないけれど、それでも充分嬉しくなった。
「りんちゃん食べたいって言ってたでしょ」
「う、うん」
「美味しいお店あるかなってじいちゃんに話したら、機械あるから作ったらって言われて」
へらりと笑った遥は僕の向かいに座ってにこにこと食べるのを待っている。
久しぶりに食べたくなった、と口にしたのは先週のこと。ニュースの中で見かけたかき氷特集に、今はこんなに進化してるのかと言いながら食べたいね、と。それをまさか家で出してくれるとは思ってもみなかった。
視線に促されながらイチゴ味のシロップと練乳をかけてスプーンを差し込む。ザリ、と夏祭りを彷彿とさせる音に心が踊った。
一緒に住んでいるのだと思うと恥ずかしくて、同じベッドで寝起きするのも出掛けるのを見送り合うのも、まだ全然慣れない。覚悟してここに来て、それでもまだ遊びに来たという感覚との違いに焦っている。遥と居られるならそれで、という幼い感覚を残しながら。
「美味しい」
「ほんと?良かった〜」
「遥は?食べないの?」
「先にりんちゃんに食べてもらおうと思って」
「あ、今から削る?」
「うん」
「僕にもやらせて」
「うん!」
ゴリゴリと氷を削る音が部屋に響き、それにあわせて笑う遥の声が心地良い。相変わらず僕は遥のヘラッと笑う顔が好きだし、僕を好きだと何時でも精一杯伝えてくれるところが愛しくてたまらない。
出来上がった二杯目のかき氷には鮮やかな青のシロップをかけた。ブルーハワイ!と、懐かしさに目を細めて購入したのだと思うとそれさえ愛しくて、舌が真っ青になった遥に微笑んだ。
「妖怪みたい?」
「あはは、寒そう」
「りんちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「え?」
「来てくれて。ここに」
「どうしたの改まって」
「ん〜?嬉しいなあって。りんのこと幸せにしたいって思ってるのに、自分が一番幸せになっちゃってるから…」
「……ふふ、」
「えっ、なに?」
「ううん、分かってないなーって、思って」
「ええ?」
「幸せだよ、僕」
赤い液体に姿を変えてしまったかき氷をスプーンで掬いながら、もう一度「幸せ」と呟くと遥は俯いてしまった。
黒くなった髪に、もう高校生の頃の金髪の面影はない。つむじが可愛いとか、赤くなった耳がよく見えて良いとか、そんなことを思うようになって、それも個人的にはすごく好きで。
「遥に申し訳ないくらい」
「そ、それはない!」
「まおに会えなくて寂しいとか、母さん無理してないかなとか…そういうこと考えるけど、僕は遥と居られて幸せだよ」
「もー…なんでそんなに男前なの。ずるい」
さらっと言ったことを覚えていて、こうして叶えてくれる遥の方がよっぽど男前じゃないか。もう絵本の中の金髪の王子様ではないけれど、それでも整った顔と花が咲くような笑い方は変わらず、どうしたって“王子様”を思わせる。
出会って十年以上経って、今も変わらず遥は格好良い。その隣に自分がいることが不思議で、キスだけでドキドキして真っ赤になって、耐えられなかった頃が懐かしくて、でもそれだって今も同じだ。今でもドキドキする。けれどそれとは少し違う、もっと本当に恥ずかしくて、自分が自分でなくなってしまうみたいだったのだ。
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