「でも、俺もりんちゃんのことすごく大事だから、一緒に居たい。お兄ちゃんはとらない、代わりに“凛太郎”の傍には居ても良いかな」

やんわりと握られた手が、震えていた。膝の上で握りしめていた自分の手が震えていたのか、はるちゃんの手が震えていたのか、どちらかよく分からないけれど。
はるちゃんの言いたいことはよく分かる。彼がとても妥協していることも。だって、もしはるちゃんが女の子で、ここが新婚さんのお家だったらまおも来れなかっただろうし奥さんにも嫌がられたかもしれない。でもはるちゃんは笑って歓迎してくれて、まおが責めるみたいなことを言っても怒らない。まおの話を聞いてくれる。

りんちゃんだって、たくさん考えて悩んで覚悟を決めてここにきたのに。まおも納得して送り出したのに。そう、送り出したからこそ我慢したのに、自分の都合で会いたがって、断られたら余計に悲しくなって…まおだけが子供で、堪えていた涙が溢れてしまった。

「あああ、ごめんね、泣かないで」

「うぅ〜」

「どうしよう、あ、目擦っちゃだめ、待って、ティッシュ」

「はるちゃん」

「ん?」

「ごめんなさい」

慌ててティッシュを差し出してくれたはるちゃんにそう言えば首をかしげられてしまった。彼の背後に見えるテレビ台には、二人の写真が飾られている。幸せそうに笑う“兄”は、確かにまおと居るときと同じはずなのに少し、ほんと少しどこか違う。
生で見たことだってある、その照れたような微笑みはけれど写真で見ると少し違うのだ。一瞬の映像と、今じっと見つめられる写真の二つが重なってとてもキラキラしたものになる。

「鮭、焦げてるかも」

「あっ!ほんとだ、臭い!ごめん、ちょっと待ってて、火だけ止めてくる」

バターの焼ける匂いはいつの間にか焦げ臭さに変わっていて、バタバタとキッチンに戻るはるちゃんの背中は心なしか情けなく見えた。

「うわー、やっちゃった」

「少しくらい焦げてても大丈夫だよ」

涙の止まってくれた目元をもう一度拭い、キッチンにいくとほんの少しだけこんがり焼けた鮭があった。これくらい全然大丈夫、むしろ成功だよと言うとはるちゃんは眉を下げて笑ってくれた。
王子さまは何年経ったって王子さまで、でもりんちゃんだけの王子さまはずっと一途に兄を好きでいてくれる。

「はるちゃんの約束、いらないよ」

「えっ」

「なくても、もうまおには分かるから」

「…そう」

「でも、ありがとう。今は覚えてなかったけど、前に言ってくれてたんだったら、そのときは、きっとすごく安心したと思う。言ってくれなかったらりんちゃんをとられるって思ったかもしれないし、言ってくれたからこそ、まおもずっとはるちゃんのこと好きなんだと思うよ」

「まおちゃん…」

「はるちゃんがりんちゃんの好きな人で良かった。ありがとう。まお、りんちゃんにたくさん我慢させたことあると思うから、これから返していきたいって思ってて…だからあんまり甘えないって自分で決めて…」

「そうだね、でも、りんは我慢したなんて思ってないよ。まおちゃんがりんの為に何かしたいって気持ちは喜ぶと思うけど、りんちゃんにとってまおちゃんは宇宙で一番大事な宝物なんだよ。俺だってそう思ってる。だから、今まおちゃんが我慢して辛い思いするのは違うと思うな」

「も〜!また泣きそう」

プロの料理人が焼きすぎたムニエルは、けれどすごく美味しくて作り方を教えてもらった。今度ままに作ろう。

帰ったら、きちんと謝って仲直りをしよう。



/fin


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