「はるちゃん、あのね」

「うん」

「ままと喧嘩したの」

「珍しいね。どうしたの」

「分かんない。なんか、ちょっとしたことだったんだけど、段々口が悪くなっちゃって…今朝、それで怒ったまま学校行って、なんだか帰りづらくて…そのままりんちゃんのとこいこうと思って」

「そっか」

「でもりんちゃん、今日は無理かもしれないって…そう言われたのに、来てごめんなさい」

「りんちゃんはだめだったかもしれないけど、俺は居たからいいんじゃないかな。俺じゃ全然話にならないかもしれないけど」

これは意地だ。
りんちゃんがまおのお願いを断ったことなんて、今までなかったのに…離れて暮らし始めたら、その距離が邪魔をする。二人の同棲に、自分は嫉妬しているのだ。りんちゃんをとられた、とまでは思わないけれど、とにかく寂しい。


「りんちゃんが家出てから、ままとよく喧嘩するようになっちゃって、なんか…でも、りんちゃんには頼らないで頑張ろうって…」

「うん」

「ままと喧嘩する度にりんちゃんに電話かけそうになるの我慢して、でも今日はなんか、ダメだったから…」

「まおちゃん」

バターの焼ける匂いがふわりと空気を揺らした。はるちゃんはフライパンに蓋をして、タオルで手を吹きながらまおの前に来た。そのままソファーの下に膝をついて、「ごめんなさい」と、申し訳なさそうに眉を下げて言った。

「っ、え?なに、が?」

「俺が、りんちゃんをここに連れてきちゃったから」

「ちがっ…違うよ、はるちゃんのこと責めてる訳じゃないよ!ごめんなさい、言い方悪かったかな…ほんとに、はるちゃんに嫌な思いさせたかったわけじゃないよ」

「まおちゃんさ、俺がずーっと前に言ったこと、覚えてる?」

「?」

「覚えてないか〜そうだよなあ…じゃあ、もう一回、きちんと言うからよく聞いて」

「は…い」

テレビのついていないリビングはとても静かで、なのに全然寂しさを感じない。鮭の焼ける音と、換気扇の音と、恐らく乾燥機を回している音が聞こえるからだろうか。

「俺、まおちゃんから“お兄ちゃん”はとらないって約束する。絶対。だから、まおちゃんが辛いの我慢するのはやめて」

「……」



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