「びっ…くりした〜どうしたの?あ、寒いでしょ、とりあえず上がって」
「……お邪魔します」
寒いでしょと言いながら、まおの手を引いてくれたはるちゃんの手はとっても温かかった。室内も同じように温かくて、リビングにはシチューの良い匂いが充満していた。それに気付いた途端、急にお腹が空いているなと思った。
「どうやって来たの?」
「自転車で…」
「自転車!?え、一人で?手冷えてるもんね、こっちおいでヒーターつけるから」
「ごめんなさい」
「何謝ってるの、ほらここ座って」
可愛らしいサイズのカーボンヒーターをソファーの近くに移動させ、スイッチを押したはるちゃんに手招きされるままそちらにいくと「温かいココア入れるね」と王子さまスマイルを向けられた。りんちゃんも大概だけど、これで三十路手前と言われても詐欺としか思えない。
暖房の効いた部屋はそれだけで充分暖まっているのに、まおの為にヒーターまでつけてくれたはるちゃんは相変わらず優しい。
「はいどうぞ」
「ありがとう…」
「どういたしまして。りんちゃん、今日はちょっと遅くなるって言ってたからまだ帰ってこないと思うけど…待ってるなら、ご飯も食べていきなよ」
「……」
「手抜きシチューだけど」
りんちゃんには連絡した。でも、今日は早く帰れないから会えないと言われ、それじゃあ、と明日の夕方に会う約束をした。でも、だけど、それじゃ意味がないから。
学校からここまで、一時間半かけて自転車で来た。二人ともいなかったらアパートの前で待っているつもりだったけれど、心が折れそうなくらい寒くて、はるちゃんがいてくれて心底安心した。
「ね、食べていって、それから家まで送るから。自転車は車に積めば良いし」
「……ごめんなさい」
「疲れたでしょ、座ってて。まおちゃん鮭好きだったよね?ムニエルしよっか」
りんちゃんがここに住みはじめて数ヶ月。決して長くはないその時間は、けれどこの部屋にその存在を残すには充分な時間だ。部屋のあちこちにりんちゃんの物が、匂いが、気配がある。それが寂しいと思うまおは、嫌な妹なのかもしれない。
「はるちゃん」
「んー?」
「突然来てごめんね」
「あはは、そんなことで怒らないから謝らないで。でも、この時間は居ないことの方が多いから、連絡くれると助かるかな。そのときは迎えにだっていくし」
「ね」と、本当に気にしていないようにはるちゃんは笑い、きっとりんちゃんと二人で食べるために買ったであろう鮭の切り身を冷蔵庫から取り出した。申し訳なさと情けなさで、出そうになる涙をなんとか堪え、急速に暖めた足の痒さに意識を向けた。
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